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感染拡大と世界のパラスポーツ

竹内 哲哉  解説委員

日本では先月、プロ野球が無観客で開幕。ドイツをはじめイタリアやスペインのサッカーリーグも再開し、スポーツに復活の兆しが見えています。
一方、新型コロナウイルスの感染拡大で来年に延期された東京パラリンピック。世界の選手たちはどのようにトレーニングを続けているのでしょうか。世界のパラスポーツの現状です。

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Q1.新型コロナウイルスの感染拡大で、世界のパラスポーツの選手たちも大変な状況になっているのではないですか。

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A1.一体、どんな状況なのかということで、6月中旬に世界20か国の競技連盟にアンケートをしてみました。そのうち13か国が回答にバラツキはありますが、返信をくれました。感染の影響や国の対策によって、選手の環境にはだいぶ違うということが分かりました。

Q2.具体的にはどういった状況でしょうか。

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A2.回答があった国で、最も深刻だったのは南アフリカです。15万人あまりの感染が認されており、いまも一部で都市封鎖が行われています。アスリートは自宅のみでの練習、これもコーチは伴わない状況での自主トレしか認められていないということでした。数多くの金メダリストを輩出しているアフリカ屈指のパラリンピック大国・南アフリカですが、資金が枯渇して深刻だということでした。

Q3.新興国や発展途上国ほど、影響が大きいという印象ですか。

A3.確かに厳しい国は多いと思います。国際パラリンピック委員会のホームページには各国の選手の情報が掲載されています。シエラレオネのジョージ・ウィンダム選手、車いすの卓球選手ですが、いまは「最愛の競技ができなくなり収入源を失いました」とその苦境を語っています。この記事によれば、シエラレオネでは感染拡大防止のために最初にスポーツは禁止されたといいます。ジョージ選手はアフリカパラ卓球選手権で、シエラレオネ初の銅メダリストになるなど実績のある選手ですが、競技会やトレーニングで得ていた収入のすべてを失いました。家族を養っていますが、それもままなりません。国のパラリンピック委員会は規模も小さく、選手を支援できる状況ではありません。

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一方、インドでは、感染予防のガイドラインをしっかりと作り、トップパラアスリートに関しては6月からスタジアムでの練習の再開が認められました。ただ、依然として感染拡大は続いていますので、実質的には外に出て練習することには消極的で、自宅でトレーニングに励んでいる人が多いとのことでした。興味深かったのは連盟のホームページに掲載されている“Webinars(ウェブによるセミナー)”の動画です。栄養学やトレーニングの仕方が動画で配信されています。インド政府は「パラリンピックを推進する責務を負っている」としていますので、厳しい状況でもパラアスリートを支援する連盟の姿勢がうかがえます。

Q4.こういう時こそ、どのようにパラアスリートを支援するのか、それぞれの国の姿勢が浮き彫りになりますね。

A4.そういった点から見た場合、ニュージーランドのパラアスリートへの支援は手厚いと思います。もともとニュージーランドは障害者福祉施策が進んでおり、障害者、これはトップアスリートだけではなく、だれもが生涯にわたってスポーツができるように力を入れてきた国です。施設は障害者向けの特別なものは作らず、だれもが使えるように整備されています。そしてコロナウイルスの感染拡大には早い段階から対応して対策が行われました。

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いまは通常通りのトレーニングに戻っていますが、都市封鎖が行われていた間は、パラアスリートが自宅でもトレーニングできる環境を整えました。具体的に何をしたかというと、ジムから無料でトレーニング機器を貸出、各自宅に設置したそうです。コーチや栄養士がオンラインでサポートできるような体制も作りました。そして、ニュージーランドでは、パラスポーツも含めたスポーツ界全体に政府などが様々な資金を投資し、コロナの影響から立ち直るのと同時に、もう一度、スポーツ界を見直してより良い環境を構築しようという動きがあります。この投資について、ニュージーランドのパラリンピック連盟のCEOは、障害者がスポーツができる環境がより良いものになるのではと期待しています。

Q5.ニュージ-ランドは積極的にスポーツ界を盛り上げようとしているんですね。

A5.スポーツを軸にして、コロナの影響から復興しようという国はほかにもあります。カナダです。

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カナダ政府は5月、7200万カナダドル、日本円にしておよそ58億円をカナダのスポーツシステムに投資することを発表。6月にはオリンピック、パラリンピックに関係する3つの団体が、500万カナダドル、日本円にしておよそ3億9000万円を投資するとしています。これらの団体の一つのCEOは、「スポーツは国家をもう一度まとめ、癒す力を持っている」と述べていました。

Q6.ひるがえって、日本の状況はどうなっているのでしょうか?

A6.日本では緊急事態宣言があけた先月から、各競技団体がそれぞれのガイドラインを作成し、練習を再開しています。それぞれの団体が作っているのは、障害特性や競技によって、注意しなければいけないことが異なるためです。私たちが手の消毒をするのと同じ様に、義手や義足、車いすなどは常に消毒をしなければなりません。さらに、床に直接からだを密着させなければならないスポーツ、座って行うシッティングバレーや、ボールに入った鈴の音を頼りに得点を競い合う視覚障害者のゴールボールでは、感染リスクを考えると、床全面を消毒しなければなりません。練習再開に向けての政府からの援助はいまのところありません。

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Q7.東京パラリンピック開催に向けては、どのような課題がありますか。

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A7.大きくは2つあります。一つは練習場所の確保。もう一つは資金確保です。パラアスリートの練習場所は、コロナの感染拡大前から車いすが体育館に傷をつけるなどの理由で利用できる施設が少なかったんですが、パラ選手の練習拠点となっていた施設がコロナに感染した患者の受け入れ施設として提供されたため練習ができなくなっています。いまも第2波、第3波に備えてこの施設は開放されていません。そのため、車いすラグビーなど練習場所が確保できなくなっている競技団体もあります。
もう一つの資金の課題ですが、新型コロナウイルスによる業績悪化で、スポンサーからの協賛金の減額や、減額を打診されている競技団体も出てきています。日本の競技団体の半数以上は、選手の強化や競技の普及に使う資金の80%以上をスポンサーの協賛金や国からの助成金で賄っていますので、スポンサーの撤退は選手の活動を大きく左右し、東京大会に影響を及ぼしかねません。国からの助成金の増額は検討されていますが、いまだ見通しは立っていません。

Q8.状況は厳しそうですね。

A8.練習場所の確保にしても、資金面の援助にしても、私たちがパラスポーツをどうとらえているかという根本的な問いを突き付けられていると思います。練習場所に関しては、そもそも車いす利用者が自由に使える施設が増えれば問題は解消されます。また資金問題も、パラスポーツを通してよりよい社会をつくるための投資と多くの企業が捉える、つまり、競技団体とタッグを組んで社会を変えていくという意識を持てれば解消につながるのでは、と考えます。日本は東京大会のホスト国です。いまこそパラアスリート、そしてパラスポーツを支える仕組みを構築し、世界に発信すること。そして、今一度、パラリンピックの意義とは何かを問い直すことが求められているのではないでしょうか。

(竹内 哲哉 解説委員)


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