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尖閣諸島 攻勢強める中国

津屋 尚  解説委員

絶海に浮かぶ沖縄県・尖閣諸島。新型コロナウイルスの危機がつづく中、中国はこの海域での活動を活発化させています。今月(5月)8日、中国海警局の船が日本の領海に侵入し、漁船を追尾。日本との関係改善を進める姿勢を示しながら、それとはまるで違う“表情”を見せています。強まる中国の攻勢と日本の対応を分析します。

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【中国の攻勢】
Q1:安全保障担当の津屋解説委員です。世界中の関心が新型コロナウイルスへの問題に集中している間に、中国は海洋進出の動きを活発化させているようですね?

A1:そうなのです。世界が新型コロナへの対応に追われる中でも中国は尖閣諸島周辺での活動を緩めていない。むしろギアを一段あげてきているように見えます。
尖閣諸島では海上保安庁の巡視船が365日、現場の海に張り付いて 領海警備をしていますが、中国海警局の船が、日本の領海に接する「接続水域」の内側に常にいるという状況がここ何年も続いてきました。

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このグラフは、「接続水域内」に侵入した数を示したものです。2012年9月に日本政府が尖閣諸島を国有化したのを境に、一気に増えて、頻繁に現場海域に現れるようになりました。そして、ここ1,2年の動きを見ると、10日に1回程度のペースで領海に侵入するという、かなりパターン化した行動が繰り返されてきました。ところが今月になって突如、異例の行動に出てきました。
今月8日、中国海警局の4隻が領海に侵入し、このうちの2隻が、そこで漁をしていた日本漁船を追尾するという行動に出たのです。2隻は、日本漁船の動きに合わせるように、3日間にわたって日本の領海への侵入を繰り返し、漁船に接近しようとした。そのたびに海保の巡視船が間に入って食い止めましたが、現場では一時、緊張が高まったことが想像されます。

【なぜ日本漁船を追尾したのか】
Q2:日本漁船を追尾するという行動、中国側の意図はどこにあるのでしょうか?

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A2:中国外務省の趙立堅報道官が11日、この事件について発言しています。報道官は「日本漁船が中国の領海内で違法な操業をしたため海域から出るよう求めた」と述べています。
これは、日本漁船に対する「取り締まり」だったと言っているに等しい。これは国際法に照らせば重大なことで、取り締まり、つまり、法執行は、本来、自国の領海で行われる主権の行使にあたります。中国は、「主権の行使をしたぞ。そこは中国の海だ」とアピールしようとしているのではないでしょうか。しかし実際には、海保が間に入って防いだので、中国側が言う「取り締まり」は行われていません。
ただ中国では今月から禁漁期間に入っているので、その取り締まりを名目に今後も同じようなことを仕掛けてくる可能性は否定できません。

【コロナ禍でも・・・】
Q3:中国はこれまで新型コロナウイルスへの対応でかなり手一杯だったのではないかと思いますが、尖閣諸島での活動に影響はなかったのでしょうか?

A4:実は、新型コロナウイルスの感染拡大が起きる前から、中国はこの海域での活動のフェーズを上げるような動きを見せていました。中国での新型コロナのまん延が現場の活動にどう影響するかは、私も注目していました。

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こちらのグラフを見てください。接続水域内に侵入した船の数を去年と比較するとどうだったか。今年の方が多くなっています。コロナ危機が発生した後も活動のペースは全く落ちなかったどころか、中国国内で感染拡大が深刻だった1月から3月は大幅に増加しています。

【最高意思決定機関の配下で】
Q4:中国が攻勢を強めてきた背景には何があるのでしょうか?

A4:中国政府内での配置転換が大きく影響したとの見方があります。

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中国海警局はもともと、「国家海洋局」という政府にあたる国務院の機関に所属していたが、おととし、中国を支配する中国共産党の中枢「中央軍事委員会」直属の「人民武装警察」の配下に入りました。
中央軍事委員会は、人民解放軍をも指導する中国共産党の軍事部門の最高意思決定機関です。その指揮系統に入ったことで、より重要な組織として位置づけられた。予算と人員が潤沢になり、船の増強も大きく進みました。この結果、船は「大型化」され、尖閣諸島周辺の荒れた海にも強くなった。いまや尖閣諸島周辺に現れる中国側の船のほとんどは海保の船よりも大型です。大型の機関砲での武装している船もいます。
もうひとつの注目は、「運用能力も向上」です。以前は、悪天候で海がしけると中国側の船は姿を消していましたが、もはや退散しなくなりました。60日以上連続して居座り続けるといったこともおきています。現場を守る海上保安官たちにとっては、その間ずっと張り詰めた状態で緊張を強いられることになります。

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さらに、海保のかく乱を狙うかのような「統率が取れた行動」も目立つようになっています。

Q5:「統率が取れた行動」とは何ですか?

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A5:現場での動きをよくみてみると、以前は、4隻が1つの船団を組んでまとまって動いていましたが、去年の後半ごろから、2隻ずつ分散して、それぞれがより複雑な動きをするケースが多く見受けられるようになりました。この動きは、今年1月以降も頻繁に確認されています。こうした分散行動は簡単ではなく、船同士の通信や指揮系統がしっかりしていないと難しいのです。これを監視する海上保安庁にとっては、4隻が固まって動くだけなら1つの塊を見ていればいいわけですが、分散されてしまうと、当然、同時に2つ以上を見ないといけなくなり、対応はより難しくなります。

【日本の対応は】
Q6:中国の攻勢に対して日本はどのように対応しようとしているのですか?

A6:海上保安庁は、大型巡視船を建造するなど警備体制の強化を進めています。沖縄県の石垣島には、大型巡視船12隻からなる尖閣諸島対応の専従チームを配置して対応しています。これに加えて、今年2月、鹿児島に海保最大級の大型巡視船2隻が新たに配備されました。鹿児島も今後、尖閣諸島警備の新たな拠点としてさらに強化が進む見通しです。
ところがこれに対して中国も、日本を上回るペースで増強を進めていて、大型船の数はすでに日本の倍を保有するまでになっています。

【中国の長期戦略】
Q7:日本と中国の関係は、延期はされたものの習近平国家主席の来日が計画されるなど改善が進んでいた印象ですが、海の上では逆のようですね。

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A7:外交上は確かに、日中関係は改善基調にあります。しかし、尖閣諸島での活動を見ると、中国は明らかに、それとは違う「別の表情」を見せています。中国は10年、20年、それ以上の「長期的な戦略」に基づいて、尖閣諸島を取りに来ていると考えなければならないと思います。この尺度で見れば、新型コロナウイルスの危機も、日中の関係改善も短期的な動きであって、尖閣諸島での活動には影響しないということではないでしょうか。
中国は、アメリカとの軍事衝突を巧みに回避しながら、長い時間をかけて既成事実を積み重ね、徐々に徐々に、中国に有利な状況を作り出そうとしていると考えられます。今は海上保安庁が現場で持ちこたえていますが、少しずつ厳しくなっていく現実に今後どう対応していくのか、日本の知恵が試されています。

(津屋 尚 解説委員)


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