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「新型コロナウイルスの脅威とラマダン」(キャッチ!ワールドアイ)

出川 展恒  解説委員

イスラム教徒にとって重要な宗教行事「ラマダン=断食の月」。期間中、集団礼拝や親族集まっての食事など、大勢の人々が集まります。今年は、先月下旬から行われていますが、この「ラマダン」によって、新型コロナウイルスの感染拡大につながる危険性があるのではないかと指摘されています。宗教行事と感染拡大防止について掘り下げます。

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Q1:
スタジオは出川解説委員です。イスラム教徒の多い中東では、イランでの感染拡大が深刻ですね。

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A1:
はい。人口およそ8400万人、イスラム教シーア派の教えに基づく政教一致のイランは、中東で最初に感染が拡大した国です。2月中旬、中国の武漢から帰国したビジネスマンが最初の感染者と見られ、シーア派の聖地、中部のコムを起点に、瞬く間に感染が拡大しました。

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エブテカール副大統領をはじめ政府高官や、2月21日の選挙で選ばれた国会議員のうち23人も感染するなど猛威を振るい、感染者は、これまでに11万人を超え、犠牲者も、6700人を超えました。

政府は、3月以降、全土でモスクを閉鎖し、企業や商店の営業を停止する措置をとりましたが、ラマダン入り前の、先月中旬、感染がピークを過ぎたとみて、経済活動を段階的に再開させました。

Q2:
ピークが過ぎた後、再び感染者数が増えたのはなぜですか。

A2:
イラン政府によりますと、今月3日から感染者数が再び急増しています。経済活動の再開が時期尚早で、感染拡大への防止策が不十分だったのだと思います。そもそも、アメリカ・トランプ政権の経済制裁で、人々の暮らしがひっ迫していたため、ロウハニ政権としても、経済活動をいつまでも止めておけないと判断したとみられます。
加えて、人々の宗教心が高まるラマダンに入り、信仰を重視する保守派の要求に配慮するかたちで、今月初め、感染者が少ない地域で、モスクの閉鎖を解除しました。
ところが、感染者が再び急増し、イラン政府は、今週から一部の都市で、企業や商店の活動を再び停止しました。

Q3:
次に、トルコですが、感染者数がイランを上回り、中東諸国の中で最も多くなっていますね。

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A3:
はい。トルコは、人口およそ8400万人、そのほとんどがスンニ派のイスラム教徒です。

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3月半ば以降、感染拡大が一気に進み、これまでに、およそ14万人の感染者と、およそ4000人の犠牲者が出ています。サウジアラビアへの巡礼やヨーロッパ諸国に旅行した人々が、帰国後に感染を広げたと見られています。
政府は、3月下旬から、モスクでの集団礼拝を禁止しました。最大都市のイスタンブールのモスクでは、ラマダンが始まった先月24日も、礼拝に訪れる人の姿はなく、宗教指導者が独り、祈りを捧げていました。

(宗教指導者)
「信者が1人も来なくなって、親を失った子どものような気持ちです。ほんとうにさびしく、気持ちが沈みます」。

さらに政府は、週末の外出を禁止し、商店などの営業を規制する措置をとりました。その結果、新たな感染者数が減ってきたとして、今週から営業規制が一部緩和されました。

Q4:
エルドアン大統領は、「ラマダン明けには、通常の生活に戻す」と宣言しているようですね。

A4:
はい。しかしながら、そう簡単ではないと思います。今週、営業規制が一部緩和され、理髪店や美容室などが再開したところですが、予約した客のみ、一定の間隔をあけて受け入れ、マスクや手袋の着用を徹底するなど、厳重な感染防止策を講じての営業再開です。飲食店やカフェなどは、まだ営業が許されていません。もし、再び感染者数が急増した場合には、営業規制も復活することになるでしょう。
加えて、感染拡大の影響で、トルコの通貨リラが大きく値下がりし、おととしの通貨危機で記録した最安値を下回る水準です。大きな打撃を受けた経済を立て直すには、相当時間がかかることを覚悟する必要があります。

Q5:
ラマダンに入って、いずれの国も対応に苦慮しているようですね。

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A5:
ラマダンは、預言者ムハンマドが、神の教えを授かった神聖な月とされ、イスラム教徒は、日の出から日没まで、一切の飲食を絶って神に祈る義務があります。 モスクでの集団礼拝に加えて、日没後は、親族や仲間が集まって、夜遅くまでにぎやかに会食します。いわゆる「3密」の状態が生まれやすい1か月です。ラマダン明けには、日本のお正月のような祝日、大型連休が続きます。
熱心なイスラム教徒は、モスクでの礼拝などは、「宗教的な義務」であるとともに、コロナウイルスが広がる中、心の安らぎを得るうえで欠かせないと考えますので、 政府の力で止めさせるのには限界があります。医学的な知識より、宗教上の教えの方が優先される傾向が強いのです。
人口およそ1億人のエジプトでは、感染拡大とともに、政府がモスクでの集団礼拝を禁止し、夜間の外出も禁止していましたが、先月24日にラマダンに入ると、外出禁止の時間が短縮されました。これは、シシ政権が、人口の3分の1を占める貧しい人々の不満に配慮したためと見られますが、その後、感染者が急増しています。

Q6:
そうした中、感染拡大を防ぐ有効な手立てはあるでしょうか。

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A6:
私は、政府よりも、影響力のある宗教指導者からの指示や呼びかけがカギを握っていると思います。たとえば、サウジアラビアのイスラム教の最高指導者が、先月、ラマダンを前に、「ラマダンでの祈りや食事は、自宅で行うべきだ。自らの命を守る行動こそが神の教えに沿うものだ」というメッセージを出しましたが、こうした、有力な宗教指導者による呼びかけは、非常に有効です。
世界の人口の4分の1を占めるイスラム教徒の間で感染が拡がれば、壊滅的な事態を招くだけに、宗教指導者の協力が重要な決め手になると思います。

Q7:
今年のラマダンは、あと1週間ほどで終わりを迎えますが、感染の抑え込みに向けた今後のポイントをどう見ますか。

A7:
ラマダンの終了後、「イード」と呼ばれる祝日と連休を迎えます。国や地域によって違いはありますが、家族・親族が顔を合わせ、団欒の時を過ごす習わしです。
インドネシアでは、去年、およそ2000万人が、首都から地方に帰省しました。今年、政府は、感染拡大を食い止めるため、ラマダン後の大型連休を短縮し、帰省を禁止すると発表しました。
来週後半、ラマダンが終わりを告げると、人々の移動や集まりが世界各地で繰り広げられます。感染拡大を防ぐためには、政府と宗教指導者が連携協力して、人々に、すべきこと、してはならないことを、わかりやすく説明するとともに、合わせて、暮らしと経済を守る対策を講じることが重要だと思います。

(出川 展恒 解説委員)

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