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「ロシア対サウジアラビア、原油価格暴落、それぞれの思惑は?」(キャッチ!ワールドアイ)

石川 一洋  解説委員

世界の二大石油大国ロシアとサウジアラビア、この二か国がこれまでの協調体制を破棄、生産の拡大を表明しました。
新型コロナウイルスの感染が拡大する中、世界的に経済の先行きへの不安もあり、原油価格の暴落が続いています。
何故、需要が縮小する中で、二大石油大国は逆に生産の拡大に走っているのでしょうか。それぞれの思惑に迫ります。

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Q もともと世界経済は軟調の傾向であったところに新型コロナウイルスの感染拡大で、中国経済が大幅に減速、原油価格も弱含みとなっていましたが、なぜ今月急激な暴落がおきたのでしょうか。

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A 二大生産国、ロシアとサウジアラビアが、これまでの協調体制を破談としたからです。
3月6日、ロシアとOPECの協調体制の枠組み、OPEC+1の会議が開かれ、サウジアラビアは、コロナウイルスの影響で世界的な需要が縮小するとして、生産の削減を提案しました。これに対してロシアは、今の生産の維持を主張。双方ともに譲らず、会議は決裂しました。

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この決裂をきっかけに3月9日、原油価格が一気に30%以上も一日で下落、WTIで一時1バレルあたり30ドルを切りました。これがNY株式市場で一時ストップ安となる株の大暴落のきっかけとなりました。
現在はさらに原油価格は下がり、ヨーロッパにおける原油価格ブレントでは一時25ドル、今は若干値を戻して28ドル前後、さらにWTIの先物価格では一時20台ドルまで下がり今は24ドル前後、ほんの一か月ほど前には考えられなかった数値となっています。

Q なぜ、サウジアラビアとロシアの交渉は決裂したのでしょうか?
そもそもサウジアラビアとロシアはどのような関係だったのでしょうか?

A ちょっと歴史を冷戦時代までさかのぼらせていただきますと、実はロシアとサウジアラビアの関係は、原油生産においてはライバル同士、政治的には長く敵対関係にありました。東西冷戦の間は、サウジアラビアはアメリカをバックにして、アラブ諸国における反共産主義体制の柱でした。
実はソビエトは70年代のオイルショックによる原油価格高騰で外貨収入が増えて、恩恵を受けていました。このソビエト経済に打撃を与えようと原油を利用したのがアメリカでした。1985年アメリカがサウジアラビアに密かに原油の増産を依頼して、サウジアラビアが応じたいわゆる「リヤド密約」です。この密約によって80年代後半原油価格は低迷、ソビエト財政は外貨収入が減少して破綻していきました。ロシアの経済学者はリヤド密約こそ、ソビエト連邦崩壊の主な原因だとしています。
一方政治的にもサウジアラビアはイスラム教の盟主として、アフガニスタンに侵攻したソビエト軍へのイスラム勢力の抵抗を支援。ソビエト軍の事実上の敗北の原動力となりました。
ソビエト連邦崩壊後もチェチェンの独立を目指すイスラム勢力をサウジアラビアは支援し、ロシアと対立してきました。こうした状況はプーチン政権になっても続いていました。それが大きく変化したのは2010年以降のことです。

Q なぜ変化したのですか

A サウジアラビアのバックにいるアメリカの変化です。アメリカでシェールオイルの開発が始まり、アメリカ自身が原油の輸出国となり、サウジアラビアなど中東の原油を必要としなりました。そしてアメリカはアラブの春など中東での民主化革命を支援し、親米政権が倒されていきました。サウジアラビアの側から見ますと、アメリカ一辺倒では危ないとして、ロシアにも接近してきたのです。そしてロシアとサウジアラビアの間にシェールオイルという共通のライバルが生まれたことによって、原油生産や価格について緊密に協議をするようになりました。そして両国は三年前からOPEC+ロシアとして協調、生産調整をすることで原油価格を60ドル前後で維持してきました。相互利益というわけです。

Q なぜその相互利益、言い方悪いですが談合体制が崩れたのですか。原油の需要が下がるときこそ、生産者の立場に立つとそうした協調が必要となるのではないですか?

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A ロシアの側では最大の石油会社で国営のロスネフチはOPECとの生産調整への不満が強かったのです。膨大な生産余力を活かして原油市場のシェアを増やした方が良いという考え方です。しかもこの間、ロシアとOPECの協調で原油価格が高値で維持され、結果的にアメリカのシェールオイルの生産を伸ばし、アメリカが世界最大の原油生産国となりました。ロシアの石油会社は、アメリカが漁夫の利を得てシェアを拡大したとみていました。
このため一度生産調整の枠組みが崩れますと、ロシアもサウジアラビアも一転して逆に生産の拡大に走りました。値段を下げてでも市場のシェアを取ろうという戦略に転換したのです。ロシアには、アメリカのシェールオイルも価格競争に巻き込むことで、シェールオイルの減産に持ち込もうという意図もあるかもしれません。ただそれぞれには弱みもあり、いわば我慢比べのチキンレースの側面もあるのです。

Q それぞれの抱える弱みとは何でしょうか。

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A 単純に原油の生産コストという面で見ますとサウジアラビアが最も安く、次にロシア、そしてアメリカのシェールオイルは$50くらいでないと苦しいです。この面だけを見ますとサウジアラビアが有利といえます。実際シェールオイルの掘削数が減少しています。ただそれぞれの国の経済全体を見ますと全く逆です。サウジアラビアの国家財政に占める原油収入の割合が最も大きく、原油価格の低下の影響が直撃します。アメリカは経済は多様で底力があります。当面経済全体では原油価格の低下はプラスの面もあるでしょう。

Q ロシアはどうなのでしょうか?

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A ロシアはサウジアラビアよりも強いですが、しかし今の20ドル半ばという価格は苦しいです。というのもロシアの国家財政は、原油の輸出税などを大きな収入源としており、原油価格は一バレル42ドルを基礎に予算が組まれています。今の原油価格は完全に予算割れということになります。ただこれまで42ドルを上回ってきましたので、その分は基金として貯めており、当面その基金を充当すれば予算は執行できます。ただそれもいつまでもというわけではありません。またプーチン大統領はポストプーチンへの主導面を目指して、憲法改正の国民投票をこの4月22日に行うことにしていましたが、それも実施できるかどうか不透明な状況です。大統領としては貯めていた基金を国民にばらまくことで国民の気持ちを掴み圧倒的な支持を得たいところでしたが、その戦略にとっても原油安は大きな打撃です。

Q プーチン大統領はサウジアラビアに勝つ見通しを持っているのでしょうか?

A プーチン大統領はどこかで折り合いをつけたいのだと思います。トランプ大統領もロシア、サウジアラビアに生産調整の復活を働きかけているといわれています。
我々消費国、日本にとっては原油価格の低下は良いことです。原油価格の低下はLNGの価格も下げて電気料金の値段も下がるはずです。新型コロナウイルスの感染拡大が収まり、経済活動が正常に戻った時に、エネルギー価格が安いことは経済活動に追い風になります。
ただ問題は新型コロナウイルスによる世界経済の悪化がいつまで続くのか、まだ誰にも分からないことです。生産国のチキンレースはどこかで終わり、協調体制が復活しても、一度落ちた原油価格が早々戻るとは思いません。原油価格の低迷は、世界経済悪化のいわば指標であり、さらに原油価格の低迷がエネルギー企業や産油国の収益を減らし、世界経済を収縮させる悪循環となりつつあります。この悪循環がいつ止まるのか、まだ見通せないのが現状です。

(石川 一洋 解説委員)

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