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「NPT発効50年~核拡散防止体制の危機」(キャッチ!ワールドアイ)

津屋 尚  解説委員

広島と長崎に原爆が投下され、核兵器の脅威を目の当たりにした国際社会。核戦争を食い止めようと、NPT=核拡散防止条約が1970年に発効し、あす(3月5日)でちょうど50年になります。条約は、アメリカやロシアなど5つの国以外に核兵器の保有を禁じる一方、5つの核保有国には核軍縮への取り組みを義務付けています。しかし、現実は、核軍縮とは正反対の方向に向かっています。核戦力を強化するロシアと中国に対抗して、アメリカも核兵器の近代化を宣言。「使える核兵器」とも言われる、低出力の核弾頭の配備にも踏み切りました。NPT体制は維持できるのか。現状と課題について考えます。

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(Q1)安全保障担当の津屋尚解説委員です。核軍縮の現状は厳しいようですね。

(A1)その要因のひとつが、アメリカとロシアの対立が再燃し、ともに核戦力を強化しようとしていることです。

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世界にはいまもおよそ1万4000発もの核弾頭があり、その9割を米ロが保有しています。去年、両国は、互いの中距離核ミサイルを禁じる「INF全廃条約」を破棄。さらに、「戦略核」を制限する「新START条約」も来年期限を迎えますが、交渉再開のめどが立っておらず、このままだと、米ロの核軍縮条約は全て消滅してしまいます。
ロシアは去年暮れ、音速の20倍で飛行する極超音速兵器「アバンガルド」の配備を発表。
これは、核の搭載も可能な最新兵器で、アメリカの弾道ミサイル防衛網をも突破すると言われています。
もう一つは、アメリカと「覇権争い」を繰り広げている中国です。様々な核軍縮条約の規制を受けてきたアメリカやロシアと違って、中国を縛る核軍縮条約はこれまで何も存在せず、中国はいわばフリーハンドで、質・量ともに核戦力の強化を続けてきました。その結果、極超音速兵器「DF17」や命中精度を高めた弾道ミサイルなどを保有するに至っています。
アメリカがINF条約破棄に動いた理由の一つは、いまや世界最大の中距離ミサイル保有国となった中国の存在ですが、当の中国は「まずは米ロが核兵器を減らすべき」と核軍縮交渉には後ろ向きです。

(Q2)現状は厳しいようですがNPTの役割はどう考えればいいのでしょうか?

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(A2)NPTは、現在、191の国と地域が加盟し、国際社会で核の軍備管理の根幹ともいえる条約だと思います。
条約の前文には、次のように条約の理念が書かれています。▽核兵器が拡散すれば核戦争の危険が増大する。▽人類に惨状をもたらす核戦争を何としても回避しなければならない。
そして、具体的には、米ロ中英仏の5か国を「核兵器国」と定義して核の保有を認め、それ以外の国の核の保有を禁じています。

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5つの国だけを「特別扱い」する不公平な条約とも言えますが、核保有国には核軍縮を進める「義務」も同時に負わせているのです。
ところが、核を持たない多くの国々は今、「核保有国は軍縮の義務を全く履行しておらず、条約違反だ」と厳しく批判しています。

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また、条約に未加盟のインド、パキスタン、イスラエル、それに、NPTからの離脱を一方的に宣言した北朝鮮が事実上、核を保有し、核兵器がすでに拡散してしまっているという現実もあります。

(Q3)アメリカはトランプ政権になってから核戦略を見直しましたね。津屋さんはどのような点に注目していますか?

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(A3)トランプ政権は、おととし(2018年)、「核態勢の見直し」という新たな核戦略を発表。「核なき世界」を訴えたオバマ政権の政策を転換し、核戦力の増強と近代化に舵を切りました。中でも注目すべきは、核爆発の威力をおさえた「低出力核」の導入です。先月、「低出力の核弾頭」が初めて、原子力潜水艦に配備されました。

(Q4)なぜわざわざ核兵器の威力をおさえるのですか?

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(A4)それを読み解くキーワードは、「不均衡の是正」と「使える核兵器」だと思います。
一つ目の「不均衡の是正」。ロシアは、作戦の一部として使う「小型の核兵器」、「戦術核」とも言いますが、これを大量に保有していますが、アメリカはこれに匹敵する核兵器は極わずかです。この「不均衡」を埋めようとしているのです。
もう一つの「使える核兵器」。アメリカの核兵器のほとんどは、広島や長崎型原爆の何十倍、何百倍という威力がとてつもなく大きなものばかりで、破壊力が余りに大きすぎるために、事実上「使うことができない」、相手からすると「どうせ使えないだろう」と見透かされるのではないかとの懸念しているのです。それが、威力を抑えることで「使える兵器」になり、「アメリカは本当に核を使うんじゃないか」と相手に思わせることで、アメリカへの敵対行為を抑止できるとトランプ政権は考えているのです。
しかし、これに対して、核を持たない国々や専門家からは、「核兵器使用のハードルが下がってしまう」「NPTの理念に背を向けるものだ」といった批判が出ています。

(Q5)NPTは今後、どうなってしまうのでしょうか?

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(A5)それを占う重要な会合が来月、ニューヨークの国連本部で始まります。「NPT再検討会議」です。5年に一度、核軍縮の進捗状況を点検し、今後取り組むべき課題などを協議する節目の会議ですが、合意文書の採択が早くも絶望視されているのです。
というのも、去年開かれたこの会議の準備会合で、合意文書の下敷きになる勧告文を合意できなかったからです。この準備会合では、「核保有国は核軍縮に逆行する方向に向いている」といった批判が出たのに対して、核保有国側は「かつてに比べれば核兵器は大幅に減った」と逆に核軍縮の成果を強調しました。さらに「安全保障環境が改善されない限り核軍縮は困難だ」と主張して、議論は全くかみ合いませんでした。

(Q6)核軍縮といいますと、3年前に「核兵器禁止条約」が採択されましたね。

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(A6)NPTが5つ国に核保有を認めているのに対して、「核兵器禁止条約」はすべての国に核兵器の保有や製造などを禁じる条約ですが、肝心の核保有国はこれに強く反対していて条約には加わらない方針です。アメリカの「核の傘」の下にある日本も否定的な立場です。核兵器禁止条約をめぐる議論でもNPTでの議論と同じように、核を「持つ国」と「持たざる国」の間に大きな溝ができてしまっています。
ただその一方で、NPTの枠組みが崩壊することを望んでいる国は核保有国も含めて、ほぼないのだと思います。NPTの存在意義を国際社会全体で再確認し、軍備管理の枠組みが維持されるよう努めることが、唯一の被爆国である日本が最低限すべきことだと思います。

(津屋 尚 解説委員)


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