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「ISの脅威に国際社会はどう対応するか?」(キャッチ!ワールドアイ)

出川 展恒  解説委員

(米軍特殊部隊の作戦)
10月26日深夜、シリア北西部で、アメリカ軍の特殊部隊が作戦を実行。
過激派組織IS・イスラミックステートの最高指導者バグダディ容疑者が、死亡しました。

(バグダディ容疑者とIS)
バグダディ容疑者は、5年前、「イスラム国家」の樹立を一方的に宣言。
一時は、イラクとシリアのそれぞれ3分の1程度の領土を支配し、世界各地から3万人を超える戦闘員を集め、数々の残虐行為やテロで世界を震撼させました。

(トランプ大統領)
「臆病者のバグダディは死んだ。これで世界はより安全になった」。

(米国防総省 報告書)
トランプ大統領の声明に水を差すかのように、アメリカ国防総省の報告書は、ISによるテロの脅威は消えていないと結論づけています。

(ISのテロ)
ISは、組織の中核を失ったものの、その過激な思想と戦闘員が世界中に拡散しているため、報復のテロが、いつどこで起きても不思議でない状況です。
国際社会はどう対応してゆけば良いのかを考えます。

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スタジオは、出川展恒(でがわ・のぶひさ)解説委員です。

Q1:
アメリカ国防総省の報告書は、ISの脅威について、どう分析しているのでしょうか。

A1:
報告書は、アメリカ国防総省の監察官が、先月、ISの動向についてまとめ、議会にあてたもので、次のような内容です。

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「バグダディ容疑者の死は、ISにとって重大な打撃だが、組織の復活を妨げるほどの影響はないと見られる。
ISは、10月のトルコ軍によるシリア北部への攻撃や、シリア北部からのアメリカ軍の撤退に乗じて、組織を再構築し、外国でテロを行うための能力を強化しようとしている」。

このように分析して、今後、世界各地で、アメリカや「有志連合」の加盟国を狙ったテロを起こす恐れがあると警鐘を鳴らしています。

Q2:
ISの脅威は、今後も続くわけですね。

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A2:
はい。日本の公安調査庁などのまとめでは、ISは、世界各地にネットワークを広げ、ISの支部を名乗る組織は、中東、アフリカ、アジアなど20か国に、少なくとも14の組織が確認されています。

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ISは、バグダディ容疑者の死から5日後の10月31日、アブイブラヒム・ハシミという後継の最高指導者が就任したとインターネットを通じて発表しました。
そのうえで、世界のIS支部やメンバーらに忠誠を求め、報復テロを行うよう呼びかけました。
新しい指導者の出身地や経歴など人物像は謎に包まれていますが、これまでに、20以上の支部や団体から、忠誠の意思が表明されたと伝えられます。

バグダディ容疑者の死から1か月あまり、報復テロが懸念される背景には、▼このようなISの世界的ネットワークがあることに加えて、▼ISの過激な思想が、インターネットを使った宣伝によって、世界中に拡散していること。
▼ISの外国人戦闘員らが、出身国や敵とみなす国に移動していることがあります。

ISの最高指導者が、直接指令を出さなくても、世界各地に散らばった戦闘員や、ISの思想に共鳴した組織、あるいは、個人が、独自の判断でテロを計画し、実行するケースが後を絶ちません。
加えて、ISの戦闘員の問題で、今、カギを握っているのは、トルコです。

Q3:
どういうことですか。

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A3:
トルコのエルドアン大統領は、10月、クルド人武装組織を国境地帯から追放するためとして、シリア北部に軍を越境攻撃させました。
戦闘の混乱の中、クルド人組織によって身柄を拘束されてきた、およそ1万人のIS戦闘員やその家族のうち、数百人が脱走したと伝えられます。
行先はわかっていません。

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さらに、トルコ政府は、先月11日、国内で身柄を拘束中のISの外国人戦闘員およそ1200人について、それぞれの出身国に送り返す方針を表明し、すでに15人が送還されました。
内訳は、ドイツ人10人、オランダ人2人、デンマーク人、イギリス人、アメリカ人がそれぞれ1人ずつです。

トルコは、ヨーロッパ諸国がトルコによる越境攻撃を非難する一方で、自分たちはISの戦闘員らの身柄の引き取りを拒んでいると批判して、年内にIS戦闘員の大半を出身国に送還するとしています。

このように、収容施設から脱走したり、出身国に送還されたりしたIS戦闘員らが、今後、移動した先で、新たな組織や拠点を築いて、テロを起こす事態が懸念されているのです。

Q4:
国際社会は、なお残るISの脅威に、どう対応してゆけば良いのでしょうか。

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A4:
はい。
▼第1に、ISの戦闘員らが野放しになるのを防ぐことです。
戦闘員らの収容先を確保し、法律に基づいて管理する態勢を確立する必要があります。
たとえば、出身国に送還された戦闘員らを、その国が裁判にかける場合、どの場所で犯した犯罪に、どの法律を適用して裁くかという問題があります。
また、出身国に戻った戦闘員から、過激な思想を取り除き、社会復帰させてゆく取り組みも、あわせて必要です。

▼第2に、新たなISの戦闘員を生まないようにする取り組みが必要です。
各国の若者らが、ISの過激な思想に取り込まれないよう、失業や差別といった不満の種を取り除いてゆくこと、とりわけ、雇用の場を確保することが重要です。

▼第3に、ISがインターネットを駆使して、宣伝活動を行っているので、これを遮断することが大切です。
同時に、サイバー空間を監視し、ISの動向を分析し、テロを未然に防ぐ国際協力の態勢をつくる対策も必要です。

Q5:
具体的な動きはありますか。

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A5:
はい。先月下旬、ベルギーの警察と、ヨーロッパ刑事警察機構が合同で、ISが運営するウェブサイトに対し、大規模なサイバー攻撃を行いました。
ISの掲示板に掲載された声明や画像を削除したり、アカウントを閉鎖したりして、ISの宣伝活動に大きな打撃を与えたと伝えられます。

ISによる報復テロを阻止し、新たな戦闘員を生まないため、こうした措置は有効ですが、言論や表現の自由を制限するという問題も出てくるだけに、国際社会でルールづくりが必要だと思います。

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▼第4に、絶対忘れてはならない対策は、ISが台頭した中東、アフリカ、アジア地域の政治的な混乱を収拾し、秩序を確立することです。
中央政府が統治できない「無法地帯」に、ISの残党が拠点を築いて、復活する余地があるからです。
とりわけ、シリアでは内戦を終結させ、イラクでは政治を根本的に刷新し、長期にわたって安定させることが重要です。

▼最後に、ISの脅威は、日本にとっても、差し迫った問題です。
ISは日本を「敵国」と位置づけており、来年のオリンピックとパラリンピックは、テロの標的となる恐れがあります。
関係する機関が連携して、万全の対策を立てる必要があると考えます。

(出川 展恒 解説委員)


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