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「ウクライナ疑惑とアメリカ大統領選挙」(キャッチ!ワールドアイ)

髙橋 祐介  解説委員

アメリカ議会下院は、トランプ大統領が民主党の有力候補に政治的な打撃を与えるため、ウクライナに不当な圧力をかけたとされる疑惑をめぐり“弾劾調査”に着手しました。はたして来年の大統領選挙には、どんな影響が出てくるでしょうか?けさの特集は、“3つの疑問”を通して現状を分析し、今後の展開を読み解きます。

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“3つの疑問”はこちらです。

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① トランプ大統領は弾劾されるか?
② 民主党候補は誰が有力になりそうか?
③ トランプ大統領の再選への課題は?

スタジオにはアメリカ担当の髙橋解説委員です。

【大統領の弾劾は?】
Q1)
まず1番目の疑問。トランプ大統領が弾劾される可能性は現時点でどれぐらいある?
A1)
▼そもそも“ウクライナ疑惑”は共和・民主両党が来年の大統領選挙に向けて何か相手に不利な情報はないか?そう鵜の目鷹の目で探っていたさなかに表面化した政治的なもの。きわめて強い党派色を帯びていることに留意する必要がある。

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現にこちらの最新の世論調査によると、トランプ大統領は弾劾されて罷免されるべきか?そんな質問にYESと答えた人は僅か1週間足らずで10ポイントも増えている。これを根拠にトランプ大統領は窮地に追い込まれた!そうアメリカの大手メディアは報じているが、世調の中身を詳しく見てみると、民主党支持層の90%が弾劾・罷免に賛成しているのは事実だが、共和党支持層の92%は反対している。現時点で共和党支持層に“トランプ離れ”の兆候はみられない。したがって、いまの議会の議席配分を考慮すると、大統領が下院で弾劾訴追される可能性は十分あるが、上院で罷免される可能性はほとんどないに等しいのが現状だろう。

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Q2)
こちらは今のアメリカ議会の上下両院の議席配分です。下院は民主党、上院は共和党が多数を占めています。下院で過半数が賛成すれば、大統領は弾劾訴追され、上院で3分の2以上が賛成すれば、大統領は罷免されます。これを見ますと、確かにトランプ大統領の罷免は考えにくいですね?

A2)
▼下院の過半数ラインは218議席。現時点で民主党議員219人、共和党を離党した無所属議員1人のあわせて220人が、トランプ大統領は弾劾に値すると公に表明しているので、既に弾劾訴追に必要な条件は満たしていることになる。でも、上院で罷免に賛成が3分の2を超えることはきわめて難しい。では、なぜ罷免はほぼ無理とわかっているはずなのに、ペロシ下院議長ら民主党指導部は“弾劾調査”に踏み切ったのか?
▼背景のひとつは“民主党の党内抗争”。トランプ氏の弾劾を求める左派からの突き上げに、これまで民主党の主流だった中道派が抗し切れなくなってきたから。とりわけ、去年、中間選挙でプログレッシブ=進歩派と呼ばれる新人議員らが大量に当選して以来、国民皆保険やグリーンニューディールなど左派色の強い主張を唱え、政権打倒を目指している。
▼ただ、弾劾はあくまで法律上の手続きだ。通常の裁判と同じように“トランプ氏の言動が大統領にふさわしいかどうか?”と“大統領を罪に問えるかどうか?”は全く別の話。
訴追された大統領が仮に無罪となった場合、かつてのクリントン元大統領の弾劾のように、世論は逆に政治を混乱させた側、今回は民主党に不利に働く公算が大きい。共和党は当然、保守派を中心にトランプ大統領のもと結束を固め、バイデン前副大統領の疑惑も追及する。その意味では民主党にとって弾劾は“危険な賭け”になりかねない。
▼当面の焦点は、発端となった情報機関の内部通報者の議会証言。しかし、その人物は、トランプ大統領の電話首脳会談に立ち会ったわけではない。相手のゼレンスキー大統領も「圧力は感じなかった」と明言した。内部告発文もほとんどが伝聞証拠に基づいている。そもそも電話首脳会談は、機微に触れる会話は公にしないという暗黙の了解があってこそ、相手は胸襟を開いて意味ある会談が出来る。今回はそうした国益にかかわる議論よりも、トランプ叩きが優先された印象が強い。メディアの論調もやや冷静さを欠いている。

【民主党候補は誰に?】
Q3)
では、2番目の疑問。民主党候補は誰が有力になりそうか?やはり“ウクライナ疑惑”で名前が挙がっているバイデン前副大統領はダメージを受ける?
A3)
▼民主党の指名争いで上位5人の支持率がこちら。

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依然バイデン氏がトップだが、2位のウォーレン氏が差を詰めている。3位のサンダース氏は伸び悩み。それ以下の候補は一桁台にとどまり苦しくなってきた。
▼バイデン氏は幾多の悲劇を乗り越えてきた“人情政治家”。人柄は良いが脇が甘い。過去3回大統領選に挑戦したが失敗。そんなバイデン氏を主流の中道派が推したのは、トランプ当選の原動力となった“ラストベルト”各州で支持率が高く「バイデン氏なら勝てる」と踏んだから。でもウクライナや中国との疑惑が深まれば、失速していくかも。
▼これに対してウォーレン氏は少なくともバイデン氏よりイメージは新鮮。党内左派から支持を集める。同じ左派系のサンダース氏より支持層の年齢が高い、つまり着実に投票に行く支持者が多い。女性票にも強い。トランプ大統領にも、他の候補に先駆けて弾劾をいち早く求めてきた。
▼では、現時点で逆転の可能性はどれぐらいあるか?オバマ前政権の副大統領だったバイデン氏は、民主党の伝統的な支持基盤である黒人票に強い。このためウォーレン氏が逆転するためには黒人票と若者層にも浸透できるかが鍵になる。
▼トランプ大統領はバイデン氏よりもウォーレン氏が相手にして組みしやすいと考えている節がある。民主党の左旋回が強まれば、みずからの再選に有利と計算しているのかも。

【トランプ“再選”への課題】
Q4)
では、3つ目の疑問。トランプ大統領の再選への課題は?
A4)
▼アメリカの選挙には“現職有利の法則”がある。戦後の大統領選で現職が敗れたのは僅か3人(フォード、カーター、ブッシュ父)いずれも経済低迷か党内造反が原因となった。トランプ大統領は、いまの好調な経済を維持し、共和党内の支持をつなぎとめることが、再選への必要条件になる。
▼こちらは前回2016年選挙の勝敗を州ごとに示した図。赤色が共和、青色が民主党。トランプ候補はきわめて効率的な勝ち方をした。

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いまのトランプ大統領は、この星取表を再現できるだろうか?楽勝とは到底言い切れない。民主党と共和党の地力を比べると、民主党支持層が数で勝る。再選を果たすためには、前回並みか、それ以上に多くの共和党支持層に実際に投票に行ってもらわなければならない。
▼そのためのポイントはふたつある。
▼ひとつは“上院選との連動”。来年の上院選は定数100議席の内34議席が改選となるが、その34議席の内22議席が共和党、12議席が民主党の現有議席。民主党はこの現有議席を守った上で4議席を奪えば上院をひっくり返せる。逆に共和党は守る議席が多い分だけ不利な戦いを強いられる。

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現に西部アリゾナ、コロラド、東部メイン州で共和党の現職議員は苦戦を強いられている。しかも現職議員の引退に伴って誰を公認するかの判断も難しい、空席となった南部テネシー州にハガティ前駐日大使を擁立したのも一例。

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中西部カンザス州で共和党指導部はポンペイオ国務長官に立候補を要請しているが、“政権のアンカー”となったポンペイオ氏をトランプ大統領がただちに手放すかは疑問が残る。

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▼もうひとつのポイントは、前回の勝利の原動力となったペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンといった“ラストベルト”各州を死守する一方で、“サンベルト”と呼ばれる南部や西部の各州に選挙運動の重点を移していくことだ。アメリカの人口は、気候温暖で税金も安く、暮らしやすい土地を求めて、東から西へ、北から南へと移動する傾向にある。とりわけ南部テキサスやフロリダは人口が急増。大統領選挙人の数もカリフォルニアに次いで2位と3位を占めている。ヒスパニック系の流入などもあり、こうしたサンベルト各州は住民のリベラル化が進み、政治的な地殻変動をもたらしつつある。
▼“共和党の牙城”と言われたテキサスも、前回トランプ・ヒラリー両候補の差は9ポイントだった。この夏の世論調査では、トランプ大統領がテキサスで民主党候補に負けるとの結果が出て共和党陣営を慌てさせた。そこで大統領は先月、国連総会のため訪米したインドのモディ首相をテキサスに伴って選挙集会を開き、インド系の有権者を動員して巻き返しに懸命だ。
▼トランプ時代に入って“白人の党”“高齢男性の党”という印象を強める共和党にとって、サンベルト攻略には未来がかかっている。その意味で共和党の“次世代のエース”と言われているニッキー・ヘイリー前国連大使の去就も注目を浴びている。女性で保守派、マイノリティー出身というヘイリー氏。南部サウスカロライナで州知事も務め、トランプ政権を去った今、ふたたび政治活動に入り、来月には本も出版する。民主党の指名争いでバイデン氏の疑惑追及を求めないと言ったハリス上院議員にもツイッターで早速噛み付いた。共和党はそうしたいわば総力戦でサンベルト各州を制することが出来るのか?それがトランプ再選の成否を分けることになりそうだ。 

(髙橋 祐介 解説委員)

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