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「米朝非核化交渉の行方」(キャッチ!ワールドアイ)

出石 直  解説委員

アメリカのトランプ大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長による2回目の首脳会談が物別れに終わってから一か月が経ちました。両首脳がわざわざハノイまで足を運びながらなぜ合意に至らなかったのか。首脳会談に関わった高官の発言などから、双方の主張の相違点や対立点が次第に明らかになってきました。

ここからは出石 直(いでいし・ただし)解説委員ととともに非核化交渉の行方を展望します。

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Q1、合意に達せず昼食会も署名式もキャンセルになった首脳会談、こうした結果を予測していましたか?

A1、正直、予想外でした。会談の一週間前のこの時間の放送で私は「トランプ大統領もキム委員長もここで“失敗はしたくない”という思いは共通しているはずで、一歩か二歩くらいは前に進むのではないか」と申し上げました。両首脳とも「失敗」とか「決裂」という言葉は使っていませんが、当初の思惑通りには進まなかったことは間違いないと思います。

Q2、会談がまとまらなかった理由についてどう見ていますか?

A2、ひとつは制裁の解除をめぐって意見の隔たりがあったことです。会談終了後に記者会見したトランプ大統領は「北朝鮮が制裁の全面解除を求めてきたからだ」と説明しました。
これに対し北朝鮮のリ・ヨンホ外相は未明になって異例の記者会見を行い次のように反論しました。

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(リ・ヨンホ外相)
「われわれが要求したのは全面的な制裁解除ではなく、一部の解除、民需経済と人民生活に支障をきたす項目だけだ」

「要求したのは全面解除ではなく、国民生活に関わる一部の解除だけだ」と反論したのです。

Q3、両者の言い分はすれ違っていますね。

A3、確かにそうなのですが、実は北朝鮮が言っている国民生活に関わる制裁というのは、北朝鮮産の石炭の輸入禁止ですとか、北朝鮮への原油や石油精製品の供給の禁止といった対北朝鮮制裁の根幹部分を指しています。リ・ヨンホ外相は「制裁の一部に過ぎない」としていますが、事実上の全面解除といっても間違いではありません。何をもって「全面解除」とするのか、受け止め方の違いに過ぎないように思います。
むしろ本質的な対立は、制裁の解除を得るために北朝鮮が行う「非核化」の具体的な中身、何をもって「ゴール」とするのかにあったように思います。

リ・ヨンホ外相の記者会見に同席したチェ・ソニ外務次官の発言です。
(チェ・ソニ外務次官)
「我々はニョンビョンのすべての施設をアメリカの専門家の立ち会いのもと、永久に放棄するというこれまでにない提案をした」

北朝鮮が首脳会談で申し出た「非核化」とは、ニョンビョンの核施設の廃棄だったのです。ニョンビョンには、軽水炉や実験炉、ウラン濃縮施設など300を超える核関連施設が集中していて、北朝鮮の核開発を象徴する重要な拠点であることは間違いありません。北朝鮮としては思い切った提案をしたつもりだったのかも知れませんが、アメリカはこの提案を受け入れませんでした。アメリカが求めていたのは、ニョンビョン+αだったからです。

Q4、プラスαというのは?

A4、アメリカはニョンビョン以外にも核開発を行っている施設があるという確信を持っているようです。アメリカの外交安保専門誌の「ディプロマット誌」は去年7月、ニョンビョンとは別の新たなウラン濃縮施設があることを写真付きで報じました。ピョンヤン郊外のカンソンというところにあるこの施設は、ニョンビョンより大規模で2倍のウラン濃縮能力があると見られています。アメリカの情報当局はさらに3つめのウラン濃縮施設の存在も把握しているとしています。

北朝鮮がニョンビョンの放棄で制裁の解除を迫ったのに対し、アメリカはカンソンのウラン濃縮施設を含むすべての核関連施設の放棄を要求したのです。ニョンビョンプラスαの核施設を放棄しない限り、一部といえども制裁は解除できない、と譲らなかったのです。

Q5、ハノイでの首脳会談の後、北朝鮮が再び核・ミサイル開発を再開しているのではないかという報道もありましたね。

A5、北朝鮮の動きを衛星写真で分析しているアメリカの「38ノース」という研究グループが、トンチャンリにあるミサイル発射場で施設を建て直す動きを確認したと発表しました。移動式の建物が再建され、エンジンの燃焼実験施設でもエンジンを備え付けるための構造物の建て直しが完了したと指摘しています。

さらに最近、衝撃的な報告書が公表されました。
国連による制裁の実施状況について調査している制裁委員会の専門家パネルが安全保障理事会の議長宛に提出した報告書です。

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それによりますと、
▽ ニョンビョンの核施設は今も稼働中で、
▽ 軽水炉近くには新たな施設が確認され、
▽ カンソンのウラン濃縮施設でも大型トラックの動きが確認されている。

北朝鮮の核・ミサイル開発は今も続いている、というのです。

Q6、首脳会談は物別れに終わりましたが、その後は実務者による協議も行われていないようですね。

A6、それどころか今月15日には、北朝鮮のチェ・ソニ外務次官が記者会見して「我々はいかなる形でもアメリカの要求に譲歩する気はないし、そのような交渉をするつもりもない」と交渉の打ち切りを示唆しました。ミサイルの発射実験を再開するかどうか「キム委員長が近く判断を示す」と予告しているのです。

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一方、アメリカのビーガン特別代表も、今月11日にワシントンで行った講演で次のように述べています。
(ビーガン特別代表オン3/11)「朝鮮半島に恒久的な平和をもたらすためには、すべての大量破壊兵器が破棄されなければならない。核兵器だけ破棄されて、生物・化学兵器が残るようなことを、我々は受け入れることはできない」

ニョンビョンプラスαだけでなく、生物・化学兵器を含めたすべての大量破壊兵器の廃棄を求めるというのです。

Q7、非核化をめぐるアメリカと北朝鮮の交渉は、かなり難しくなってきたということでしょうか。

A7、先行きはまったく不透明です。もし北朝鮮が核実験やミサイル発射の再開に踏み切れば、去年から続いていた対話ムードは吹き飛び、再び緊迫した情勢に後戻りすることは確実でしょう。ただ今のところトランプ大統領、キム委員長本人からは交渉に後ろ向きの発言はなく、互いに最高指導者に対する批判は控えています。ぎりぎりのところで踏みとどまっているというのが現状ではないでしょうか。

Q8、韓国のムン・ジェイン政権はこうした現状をどう受け止めているのでしょうか?

A8、内心穏やかでないと思います。去年6月の1回目のシンガポールでの首脳会談の時、トランプ大統領が一度は決まった会談を突然中止すると言い出したことがありました。
キム委員長はその2日後に、予告なしにパンムンジョムでムン・ジェイン大統領と会談し、ムン大統領のとりなしでシンガポールでの首脳会談が実現しました。
今回も、キム委員長が韓国を頼ってくるのかと思っていましたがその気配はありません。
むしろ韓国批判を再開したり、南北連絡事務所から一時職員を引き上げたりするなど、南北関係にも隙間風が吹いています。

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アメリカと韓国の関係もしっくりいっていません。韓国は、アメリカが制裁を解除できないのなら、代わって自分達が経済協力という形で北朝鮮を支援すると申し出ていたのですが、トランプ大統領はこれを受け入れませんでした。むしろ融和に前のめりなムン・ジェイン政権に対して、アメリカは警戒感や不信感を抱いているようです。29日にはカン・ギョンファ外相がワシントンを訪問してポンペイオ国務長官と会談することが決まりました。
米朝協議の再開に向けて、米韓関係も立て直したいというのが韓国政府の狙いだと思います。

Q9、今後の展開をどう見ていますか?

A9、今の段階で、非核化交渉が成功するか失敗するかを予測することは難しいと思います。
シンガポールでの一回目の首脳会談で両首脳は「非核化を実現して戦争のない朝鮮半島にしましょう」という目標を共有しました。しかしこの先の交渉が、非常に困難で時間のかかるものであることは最初からわかっていたはずです。「完全な非核化」とは具体的に何なのか、ニョンビョンだけなのか、ニョンビョンプラスαか、それとも生物・化学兵器を含むすべての大量破壊兵器の破棄なのか。そしてその見返りとして、いつ、どんな形で制裁を解除するのか、本当の交渉はこれから始まると言ってよいのではないでしょうか。

(出石 直 解説委員)

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