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「パレスチナ・ガザ地区の画家 日本の旅」(キャッチ!ワールドアイ)

出川 展恒  解説委員

  パレスチナ暫定自治区のガザ地区で活躍する3人の画家が、先月、日本を訪問しました。イスラエルによる封鎖措置で人とモノの移動が厳しく制限され、「世界最大の監獄」とも言われるガザ地区の現状を訴え、日本の人々と交流を深めた3人を、出川展恒(でがわ・のぶひさ)解説委員が取材しました。

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日本を訪れたのは、ガザ地区で現代美術のグループをつくって活動している40代の3人の画家です。親交があった日本人の画家たちの招きを受け、先月、日本を訪問し、東京をはじめ各地で作品展とトークイベントに参加しました。

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(ラーエド・イーサさん)
「私の家は、イスラエル軍の空爆で、ミサイルを撃ち込まれ、破壊されました。私は痛みと恐怖を乗り越え、アーティストとして自分を取り戻そうとしています」。
実は、3人、日本に来るまでが、まさに苦難の旅でした。

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ガザ地区は、12年前から、イスラム原理主義組織ハマスが実効支配し、イスラエルとの間で、3度にわたる大規模な軍事衝突を繰り返してきました。イスラエルは、ガザ地区を壁とフェンスで囲い込んで封鎖し、人とモノの移動を厳しく制限しているため、ガザ地区は、「屋根のない、世界最大の監獄」とも呼ばれています。

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ガザ地区には日本の大使館や領事館はなく、日本行きのビザを入手するには、4か月を要しました。3人は、エジプト経由で、日本を目指しましたが、まず、ガザ地区とエジプトとの境界にある検問所で一日半も待たされました。さらに、空港のある首都カイロまで、シナイ半島をタクシーで移動しましたが、この地域では、過激派組織ISのテロが頻発しています。このため、エジプト軍の検問を40か所も通過しなければならず、半日以上かかりました。
涙ぐましい苦労の末、ようやく日本にたどりついた3人の画家たちは、トークイベントで、ガザが置かれている厳しい現状を説明し、そのガザで何を目標に芸術活動を続けているのかを、語りました。(東京大学でのトークイベント 2月28日)

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3人のひとり、ガザ地区の難民キャンプで生まれ育ったソヘイル・サレムさんです。

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こちらは、サレムさんの作品、「足」です。イスラエル軍の空爆で多くの人々が命を失い、傷ついているガザ地区の現状を象徴的に描いたものです。包帯が巻かれた足は、同時に、ガザ地区とイスラエルを隔てるコンクリート製の壁も象徴させていると言います。

(ソヘイル・サレムさん)
「芸術という手段で自己表現することで安らぎが得られます。文化というものは、占領に対する抵抗運動となりうるものです。」

(作品 「レッド・カーペット」)

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モハンマド・ハワジリさんの作品、「レッド・カーペット」です。ガザ地区の各地に、外国の要人を迎えるための赤いじゅうたんを配置し、出口のないガザの現実に眼を向けて欲しいというメッセージを込めました。

(作品 「ゲルニカ‐ガザ」)

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こちらも、ハワジリさんの作品「ゲルニカ‐ガザ」です。スペイン内戦を描いたピカソの作品「ゲルニカ」からガザ地区に向けて電線が伸びているのは、発電所が破壊され、停電に苦しめられているガザの人々の窮状を訴える意図があります。

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(モハンマド・ハワジリさん)
「この作品は、外国のアーティストたちに衝撃を与え、ガザの現実を知らなければならないという動機づけになりました。」

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会場に集まった聴衆からは、イスラエルとの対立が解消されないのはなぜか、将来への希望はあるのか、などと質問が相次ぎ、3人は一つ一つ丁寧に、答えていました。
2週間にわたる日本の旅は、この日で終わります。3人は、自分たちのメッセージを日本の人々に伝えることができたという満足感とともに、翌日から、また、あの「巨大な監獄」に戻っていかなければならないという現実との間で揺れ動いているようでした。

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(ラーエド・イーサさん)
「今回、日本の人々と文化に近づくことができました。大きな力をもらってガザに帰ることができます。」

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(モハンマド・ハワジリさん)
「一生忘れられない体験です。私の子どもたちにも伝えたいです。日本が大好きです。みんな、とても親切で、我々に敬意をもって接し、支持してくれました」。
「ガザのことについてもっと知りたいと、大きな関心を示してくれました」。

3人の画家は、今月初め、来た時と同じルートでガザ地区に帰りました。芸術の道を志すことになったきっかけには、日本との縁がありました。

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実は、ハワジリさんとイーサさんは、1990年代、暫定自治が始まったばかりのガザ地区で、日本人の国際支援の専門家、神谷哲郎さんから、街に壁画を描く国連のプロジェクトで、絵の手ほどきを受けました。それが2人の将来を決めたと言います。

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今回、ガザに帰る途中のエジプトのカイロで、神谷さんと24年ぶりの再会を果たすことができ、大喜びの様子です。
「対立と紛争が続く場所だからこそ、芸術や文化が必要だ。それによって、人間は、希望を失わずに生きてゆける」。3人が繰り返し述べたこの言葉が、深く心に残りました。

(出川 展恒 解説委員)

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