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「性暴力をどう防ぐのか ノーベル平和賞の女性が問いかけるもの」(キャッチ!ワールドアイ)

塚本 壮一  解説委員

イラクで過激派組織IS=イスラミックステートによる性暴力の被害を受けながら、その実態を語ってノーベル平和賞を受賞し た女性、ナディア・ムラドさんを追ったドキュメンタリー映画が公開されています。
ナディアさんの訴えとは。そして、私たちが考えるべきこととは…。

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去年、ノーベル平和賞を受賞した2人のうちのひとりが、コンゴ民主共和国のデニ・ムクウェゲ医師です。性暴力の被害者の治療に尽力する一方、性暴力をもたらす武装勢力の実態を訴えてきました。そして、もうひとりがドキュメン タリー映画の主人公、ナディア・ムラドさんです。
ISから解放されたあと、みずからの凄惨な被害体験を語ってきました。

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ナディア・ムラドさん(ノーベル平和賞授賞式のスピ ーチ)
「きょうは、私にとって特別な日です。善が悪に勝利し、迫害に苦しんできた女性や子どもたちが罪を犯した者に打ち勝った日です。私はさらなる同情は求めていません。行動に変えることを求めています。正義がなされなければ、悲劇が繰り返されます。正義こそが平和を得る唯一の手段です」
ナディアさんはイラク北部で暮らしていた2014年、過激派組織IS=イスラミックステートに拘束され、ISの兵士らに連日、レイプされ、暴力を振るわれ、性奴隷として人身売買されるという体験を強いられました。
ナディアさんはイラクの少数派のヤジディ教徒です。ISから迫害され、ナディアさんの家族は殺害されました。映画は、ナディアさんが2014年にISから逃れたあと、ヨーロッパ各地を回って難民キャンプでの生活を余儀なくされているヤジディ教徒たちを力づけ、また、国連や各国のさまざまなメディアにISによる性的虐待の実態を訴える活動に取り組む姿を追っています。
ISから救出された直後、難民キャンプにいたナディアさんに会ったという日本人がいます。

写真家の林典子さんです。
難民キャンプに3度にわたって足を運び、取材・撮影しました。
ナディアさんは初めは拉致された15人の女性を取材したひとりに過ぎなかったといいます。

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写真家 林典子さん
「ふつうの20代前半の女の子、どこにでもいるような女の子と同じように、家族と笑い話をしたり、ふざけたりするふつうの女の子に起きてしまった悲劇だったんだと感じました。私が疲れからナディアのコンテナハウスで寝てしまったことがあったのですが、そのときにナディアが隣にいて、私の髪をとかしたり、三つ編みにしたりしていたことをよく覚えています。映画のなかで、彼女が美容師になりたかったと話していて、ああ、子どものころから美容師になりたいという夢を持っていたのだとわかりました」

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林さんが多くのヤジディ教徒を撮影した写真集です。
当時のナディアさんは、ISに拘束されている家族が心配だということで、顔を隠していました。いまは覚悟を決めて顔も名前も出して活動しています。
物静かでありながら、国際社会に正義を訴えようという強い意志を見せるナディアさんの心境を、林さんはこう話しています。

写真家 林典子さん
「国連の親善大使になり、各国を回って大統領などの指導者たちと面会を重ねて、ヤジディの悲劇を訴える活動を通して、彼女自身のなかにも、マイノリティや性的暴力を受けた女性たちの代弁者としての責任感が自然に生まれてきて、それが映画の中で描かれている彼女の表情に表れているのではないかと思います」

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ナディアさんのような被害者はどれくらいいるのでしょうか。
クルド自治政府によりますと、ISは6400人あまりのヤジディ教徒を連れ去ったということです。いまもなお3000人に上る人がISに拘束されたままと伝えられています。生還した多くの女性も、拘束中に受けた虐待のトラウマに苦しみ、心のケアを必要としていますが、十分な支援を受けられていません。さらに、ヤジディ教徒が住んでいた村々はISによって破壊されました。映画には、ナディアさんが、かつての姿をとどめない故郷を訪れる場面も出てきます。現地はいまも治安が不安定で、多くの難民が帰還できずにいます。林さんは、ヤジディ教徒迫害の問題を遠い世界の他人事と考えて欲しくないと話します。

写真家 林典子さん
「ヤジディは中東のマイノリティですが、どこの社会にも、日本にも、マイノリティは存在します。多数派による少数派への偏見や差別感情はどこの地域にもありますが、それが大きくなって集団化したときに暴力が起きます。日本を含めてどの地域でも起きてきた問題です。ナディアのようなヤジディの人たちに起きた悲劇は、現代の日本に生きる私たちの社会の中でもひとごととは言えません。自分たちにも直接に関わる問題ではないかと考えています」

いまも世界のさまざまな紛争地で女性への性暴力は起きています。
映画は、少数派やほかの民族への差別感情がエスカレートすることの恐ろしさを私たちに静かに訴えかけています。
ナディアさんとともにノーベル平和賞を受賞したコンゴ民主共和国のムクウェゲ医師は、7年前に暗殺されかけました。ナディアさんもISの残党に命を狙われています。ふたりの勇気に私たちは心を動かされます。

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しかし、こうした個人に問題の解決を背負い込ませてしまってきたのが国際社会です。
ムクウェゲ医師は、コンゴ民主共和国で性暴力がやまない背景として、内戦状態が続くなか武装勢力がスズやタングステン、金 (きん)の鉱山を支配し、世界各国に密輸して資金を得ていることを挙げています。その支配下で住民への人権侵害や女性への 性暴力が起きているというのです。

性暴力は、国際社会全体で取り組まなければ解決できない問題です。
そうした意識をどれだけ共有できるのか、私たちすべてが問われていると思います。

(塚本 壮一 解説委員)

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