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「米軍撤退で混迷深まるシリア」(キャッチ!ワールドアイ)

出川 展恒  解説委員

泥沼の内戦が続くシリア。アメリカのトランプ政権は、先月、軍を撤退させる方針を発表しましたが、その後、協力関係にあるクルド人勢力の安全確保が必要だと条件をつけ、撤退は進んでいません。これに対し、クルド人勢力を脅威と見るトルコのエルドアン大統領は、強く反発。シリア北東部からクルド人勢力を排除しようと、越境攻撃に踏み切る可能性もちらつかせています。こうした中、トルコ軍とクルド人勢力の軍事衝突を回避するため、両者の間に「安全地帯」を設ける構想が浮上しました。トランプ政権によるシリアからの撤退表明をきっかけに混迷を深めるシリア。新たな衝突は回避できるか、その方策を探ります。

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スタジオは、出川展恒解説委員です。
Q1:
内戦が続くシリアに「安全地帯」を設けるという構想が浮上しましたが、狙いは何ですか。

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A1:
はい。シリアとトルコの国境のシリア側に、幅およそ30キロの「安全地帯」と呼ばれる緩衝地帯を設け、シリア北東部に支配地域を拡げているクルド人勢力を国境から遠ざけることによって、トルコ軍との軍事衝突を避けようという構想です。今、トルコとアメリカの間で話し合われています。

Q2:
シリアの内戦が始まって8年になろうとしていますが、現在の勢力図はどうなっていますか。

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A2:
こちらの地図をご覧下さい。
▼アサド政権が、ロシアとイランの強力な支援を受けて、反政府勢力に奪われていた領土を次々と奪還し、圧倒的優勢を保っています。
▼これに対し、反政府勢力は、支配地域を失う一方で、現在、北西部のイドリブ県とその周辺などに限られています。
▼過激派組織ISの支配地域は、ごくわずかとなっていますが、ISの戦闘員らは、国内各地に散らばり、潜伏しているものと見られます。
▼そして、アメリカ軍の支援を受け、ISと戦ってきた少数民族クルド人の勢力が、シリアの北東部に支配地域を拡げ、自治権を要求しています。

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▼ところが、隣国のトルコは、これを大きな脅威ととらえています。シリアのクルド人勢力が、トルコ国内のクルド人武装組織と密接につながっていると見ているからです。いずれも、トルコの安全を脅かす「テロ組織」だと位置づけており、エルドアン政権は、クルド人勢力を排除するため、越境攻撃に踏み切る構えです。すでに、シリア北西部の一角には、トルコ軍が拠点を築いています。

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▼シリアのクルド人勢力は、これまで、シリアに駐留していたおよそ2000人規模のアメリカ軍から武器や訓練などの支援を受けてきました。もし、アメリカ軍が撤退しますと、クルド人勢力は、後ろ盾を失い、壊滅の危機に立たされます。

Q3:
複雑な勢力図ですが、アメリカ軍が撤退するとバランスが崩れることになりますね。

A3:
はい。トランプ大統領は、先月19日、シリア駐留のアメリカ軍を、「完全かつ速やかに撤退させる」と発表しましたが、内外の強い反対や批判にさらされました。

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その理由は、▼ISの復活を招きかねないこと。▼イランやロシアの影響力拡大につながること。そして、▼アメリカに協力してきたクルド人勢力を見捨てることになると言うものです。

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トランプ政権は、NATOの同盟国であるトルコと、ISとの戦いで協力したクルド人勢力の「板ばさみ」に置かれています。トルコ政府は、アメリカ軍のシリア撤退を強く求めていますが、シリアのクルド人勢力は、撤退に強く反対しています。トランプ政権は、今月、「シリアからの撤退は、時間をかけて慎重に行う」、「クルド人勢力の安全が確保され、ISが壊滅されることが撤退の条件だ」などと、大きく軌道修正しました。
これに対し、トルコのエルドアン大統領は猛反発。いったんは延期を表明していたシリアへの越境攻撃に踏み切ると述べました。すると、トランプ大統領は、もし、トルコがクルド人勢力を攻撃すれば、「トルコを経済的に壊滅させる」とまで述べて、緊張が一気に高まりました。

Q4:
アメリカ軍は、シリアから撤退を始めたのでしょうか。

A4:
アメリカ軍主導の有志連合の報道官は、今月11日、「シリアからの撤退を開始した」と発表しましたが、実際には、機材や資材をシリアから運び出す作業が始まっただけで、兵員の撤退はまだ始まっていないと見られています。
そして、その矢先の16日、そのアメリカ軍を狙った自爆テロが起きました。クルド人勢力の支配地域にあるマンビジという戦略的要衝の町で、有志連合の関係者4人を含む19人が犠牲になりました。ISが犯行声明を出し、ISがまだ壊滅されていない現状が浮き彫りになりました。その後、アメリカ軍のシリア撤退は、宙に浮いた形となっています。

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こうした状況の中、エルドアン大統領は、14日、トランプ大統領と電話で協議し、トルコとシリアの国境に沿って「安全地帯」を設置する構想を話し合いました。エルドアン大統領は、「安全地帯はトルコの主導でつくりたい」と表明しました。
エルドアン大統領は、続いて23日、ロシアを訪問し、プーチン大統領と会談しました。プーチン大統領は、「安全地帯」の構想自体には前向きでしたが、誰が設置するかについては、態度を明らかにしませんでした。

Q5:
トルコが、「安全地帯」の設置に積極的なのは、なぜですか。

A5:
エルドアン大統領は、「ISを壊滅させるうえで頼りになるのは、クルド人勢力ではなくトルコだ」と強調し、アメリカをクルド人勢力から引き離そうとしています。そして、「安全地帯」を、トルコの主導でつくることができれば、トルコのクルド人武装組織とシリアのクルド人勢力の連携を断ち切ることができる、さらに、シリア問題でトルコの影響力を確保できるとも考えているようです。
一方、ロシアのプーチン大統領は、内戦を終結させ、シリアの新たな秩序をつくる和平プロセスで、イラン、および、トルコとともに主導権を握りたい考えがあり、トルコの要求にも配慮する姿勢を示したと見られます。

Q6:
「安全地帯」ができれば、衝突は避けられるでしょうか。

A6:
現時点では、「安全地帯」の構想が、トルコによるシリアへの越境攻撃を回避するための唯一の打開策と言えるかもしれません。しかしながら、その実現の見通しは立っていません。「安全地帯」の範囲はどこからどこまでなのか。そして、誰が「安全地帯」を設置し、管理するのかなど、具体的なことについて、関係するプレーヤーの思惑が一致していないからです。
トルコのエルドアン大統領は、「安全地帯は、数か月以内に設置するべきだ。それまでに実現しなければ、トルコ自身で設置する。安全地帯は100万人を超えるシリア難民が戻れる場所にもなる」。このように述べて、トルコの主導による「安全地帯」の設置を強くアピールしています。
これに対し、クルド人勢力は、トルコが主導する形での「安全地帯」には、強く反対しています。一方、クルド人勢力は、アメリカ軍が撤退する事態に備えて、これまで対立関係にあったアサド政権に接近し、保護を求めています。
そのアサド政権は、自国内でトルコが影響力をふるうことになる「安全地帯」には反対する立場です。

Q7:
今後、どこに注目すれば良いですか。

A7:
トランプ大統領が、適切な状況判断や戦略を欠いたまま、シリアからの撤退を表明したことで、内戦の混乱に拍車がかかった形です。しかしながら、内戦を終結させるための和平の取り組みは、一向に進んでいません。トルコとアメリカの両政府は、来週、「安全地帯」の構想について協議する見通しで、関係するすべてのプレーヤーにとって受け入れ可能な妥協点が見いだせるかどうかが当面の焦点です。

(出川 展恒 解説委員)

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