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「米朝首脳会談の焦点」(キャッチ!ワールドアイ)

出石 直  解説委員

トランプ大統領とキム・ジョンウン委員長による首脳会談が、来月12日、シンガポールで開催されることが決まりました。史上初めてとなる米朝首脳会談。北朝鮮は果たして核を手放すのか。これまでの交渉で、米朝首脳会談の焦点が次第に明らかになってきました。

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ここからは出石 直(いでいし・ただし)解説委員とともにお伝えします。

Q1、きのうになって北朝鮮から米朝首脳会談の取りやめを示唆する発言が飛び出しましたね。

A1、まだ水面下で激しいやりとりが続いているということだと思います。ただきのうの発言で、首脳会談が遠のいたと決めつけるべきではありません。自分達の要求を通すためのけん制という意味合いが強いのではないでしょうか。

Q2、激しいやりとりとは具体的には?

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A2、アメリカが求めているのは「完全な非核化」。頭文字を並べてCVIDと言っていますが「完全で検証可能で後戻りしない非核化でなければ意味がない」と強く迫っています。
一方の北朝鮮は「体制の保証」です。「北朝鮮を敵視しない。北朝鮮の体制転覆は目指さない。軍事攻撃はしない。それを約束して約束を破らないと保証しろ」というのが北朝鮮の主張です。今回交渉は「完全な非核化」を求めるアメリカと「完全な体制保証」を求める北朝鮮のせめぎ合いなのです。

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Q3、そのせめぎ合いの中で、首脳会談ができるまで双方が歩み寄ってきているということなのでしょうか。

A3、首脳会談が失敗に終われば、もう後がありません。その意味で首脳会談というのは失敗のできない会談なのです。先日、北朝鮮に拘束されていた3人のアメリカ人が解放されました。この際、キム委員長は「アメリカが新たな代案を示した」「満足のいく合意に達した」と述べています。双方の間で一定の信頼関係が築かれ、落としどころが、ある程度見えてきたということだと思います。

ここに辿り着くまで、いくつか重要な局面がありました。
ひとつは、3月25日からのキム委員長の突然の中国訪問です。
キム委員長は、習近平国家主席という後ろ盾が欲しかったのだと思います。
「北朝鮮との約束を破ったら中国は黙っていないぞ」という保証を取り付けるための中国訪問だったのではないでしょうか。キム委員長は今月8日にも大連で習近平国家主席と会談しています。この会談の後、すぐに習主席はトランプ大統領に電話をして「北朝鮮の安全保障への懸念も考慮して欲しい」と伝えています。

Q4、習近平国家主席が仲介役として重要な役割を果たしたということですね。

A4、その通りです。今回の米朝首脳会談のお膳立てをしたのは韓国のムン・ジェイン大統領でしたが、習主席も重要な役割を果たしたキーパーソンのひとりです。中国としても、自分達を差し置いて勝手に交渉したり、合意したりはできないぞと、アメリカ、北朝鮮、双方に睨みを効かすことができるというメリットがあったと思います。

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そしてもうひとり、今回の交渉で重要な役割を果たした人物がいます。それがポンペイオ国務長官です。キム委員長が中国を訪問した直後の4月1日、当時CIA長官だったポンペイオ氏が極秘にピョンヤンを訪問してキム委員長と面会しています。この極秘訪問をきっかけに、北朝鮮に意味のある変化が見えるようになりました。

Q5、意味のある変化というのは?

A5、南北首脳会談のちょうど一週間前、4月20日に北朝鮮で朝鮮労働党の中央委員会総会という重要な会議が開催されました。そして核実験とICBM・大陸間弾道ミサイルの発射実験を中止し、北朝鮮北部のプンゲリの核実験場を廃棄することを決めたのです。
さらに重要なのは「並進路線」を事実上、修正して新たな路線を打ち出したことです。

Q6、それはどんな意味があるのでしょうか。

A6、「並進路線」というのは、「経済建設」と「核開発」を並行して進めるというキム委員長自らが打ち出した基本路線です。

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この2枚看板のうち「経済建設」に集中するということは、事実上「核開発」の看板を下ろしたとも解釈できるからです。もちろん北朝鮮はそうは言っていません。「並進路線が達成されたので、これからは経済建設に集中するのだ」というのが彼らの説明です。
しかしアメリカの立場からすれば、北朝鮮が並進路線という看板を掲げている限り非核化が実現するはずがありません。私は、4月初旬にキム委員長と会ったポンペイオ氏が強く迫った結果、北朝鮮が路線変更に応じたのではないかと見ています。キム委員長自らが打ち出した路線を変更したのは大きな意味のある変化です。

Q7、そして4月27日の南北首脳会談へと繋がっていったわけですが、これも重要な転機になりましたね。

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A7、この日、キム委員長は北朝鮮の最高指導者としては初めて軍事境界線を越えて韓国側に足を踏み入れました。両首脳が署名したパンムンジョム宣言は、中身としてはとりたてて新しいものではありませんでしたが、並進路線の事実上の見直しと、この日のパンムンジョム宣言で、北朝鮮の非核化に向けた意思が一定程度、確認されたといって良いと思います。

ただこの後に起こったことと言えば、北朝鮮の標準時を30分早めて韓国と同じにするとか、軍事境界線をはさんで互いに行っていた宣伝放送のためのスピーカーを撤去する、といった象徴的な動き程度で、実質的な歩み寄りというのはほとんど見られませんでした。

むしろここからが胸突き八丁で、この後もアメリカと北朝鮮との間で、中身に踏み込んだギリギリの交渉が続いているのだと推測します。

ひとつは「完全な非核化」の問題です。北朝鮮がもっている核兵器、核施設、核計画、核に関連する資材、さらには技術者などの人材。これらを洗いざらい申告させる。
隠しているものはないかを、誰がどうやって確かめるのか。
さらにはその手順とかける期間。北朝鮮は「段階的な同時的な非核化」、つまり手順を踏んでステップごとに制裁の緩和や経済支援といった見返りを要求しています。一方のアメリカは、2年とか3年とか期限を切って、その間に完全な非核化を実現すべきだとしています。

Q8、もうひとつの焦点、「完全な体制保証」というのも簡単ではありませんね。

A8、その通りです。「体制を保証する」という口約束だけで北朝鮮がOKを出すとは到底思えません。トランプ大統領は先日イランの核合意からの離脱を宣言したばかりです。例え政権が交代したとしても体制を保証するという確約が欲しいはずです。休戦状態の朝鮮戦争を完全に終わらせて平和協定を結ぶ、相互に代表部や大使館を設置するといった具体的な措置で、体制を保証する必要があるでしょう。
ただ、平和協定を結ぶと言っても、国連軍として韓国に駐留しているアメリカ軍の扱いはどうするのか、軍事境界線や海の境界線はどう設定するのかなど、難しい作業がたくさん残っています。

Q9、まだ乗り越えねばならない壁がたくさんありそうですね。

A9、来月12日の米朝首脳会談は、「完全な非核化」と「完全な体制保証」という双方の最終目標を確認し、そのための大まかなタイムテーブルを作る程度で落ち着くのではないでしょうか。米朝首脳会談の前にも後にも、やるべきことはまだまだたくさんあります。紆余曲折もあるでしょう。米朝首脳会談はゴールではなく、あくまでもスタートに過ぎません。

(出石 直 解説委員)

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