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「トルコ クーデター未遂の影響」(キャッチ!ワールドアイ)

出川 展恒  解説委員

【冒頭映像】
今月15日、軍の一部によるクーデター未遂事件が起きたトルコ。
エルドアン大統領は、非常事態を宣言したうえで、
対立するイスラム教の指導者を首謀者と断定しました。

軍人など1万5000人以上を拘束したほか、
公務員6万人以上を解任するなど、
反対派の徹底的な摘発と一掃に乗り出しています。

エルドアン政権の強権的なやり方に欧米諸国は懸念を示しています。
中東とヨーロッパの安定のカギを握るトルコの今後を考えます。
 
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スタジオは、中東を担当する出川展恒解説委員です。

Q1:
トルコのクーデター、起きたのはなぜだったとお考えでしょうか。

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A1:
軍とエルドアン大統領の対立関係が背景にあります。
トルコは、国民のほとんどがイスラム教徒ですが、
1923年の「トルコ共和国」独立以来、
宗教と国家を完全に切り離す「世俗主義」を国の大原則としてきました。

これは、政教分離はもちろん、
宗教が公の場に入ることをすべて禁止する徹底した考え方です。

「世俗主義」を守ってきたのは軍で、
これまでに3回、クーデターで時の政権から権力を奪っています。

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エルドアン氏は、イスラム政党の「公正発展党」の党首として、
2003年に首相に就任し、
軍の発言力を抑えつつ、イスラム教の価値を重んじる政策を徐々に打ち出しました。

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そして、2年前、トルコ初の直接選挙で大統領に就任すると、
政治権力を首相ではなく、大統領に集中させる憲法改正を目指します。
反対派を弾圧し、言論の自由を制限するなど、強権的、独裁的傾向を強めました。

このため、「世俗主義」や「民主主義」が脅かされていると危機感を抱いた軍の一部が、
クーデターを企てたものと、多くの専門家は見ています。

Q2:
エルドアン政権は、クーデターが失敗に終わるや否や、
首謀者はアメリカに亡命中のイスラム教指導者ギュレン師だと断定しましたね。

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A2:
はい。
まず、ギュレン師は、イスラムの教えの実践と、「世俗主義」をともに重んじ、
両者の調和を目指している穏健な指導者です。

各地に学校をつくって教育の普及に力を入れ、
トルコ社会で非常に大きな影響力を持っています。
軍、政府、司法、メディア、教育界、経済界に大勢の信奉者がいます。

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ギュレン師とエルドアン氏は、もともとは、協力関係にありましたが、
3年前に関係を断絶し、今や、「不倶戴天の敵どうし」です。
ギュレン師が独裁的になったエルドアン氏を批判し、
政権による汚職疑惑の追及に動いたのがきっかけでした。

エルドアン政権は、クーデター計画の首謀者はギュレン師だと断定し、
アメリカ政府に、身柄を引き渡すよう要求しています。

当のギュレン師は、クーデター計画への関与を完全に否定しています。
アメリカ政府は、身柄引き渡しに応じる条件として、
ギュレン師が「クーデター計画に関わった明確な証拠」を示すよう求めています。

エルドアン大統領は、20日、3か月間にわたる「非常事態宣言」を発令し、
議会もこれを承認しました。

【エルドアン大統領】
「ギュレンの一派のようなウイルスは根絶やしにしなければ、
 どこで牙をむくか分からない」。

エルドアン政権は、軍人、裁判官、検察官、警察官など、
1万5000人以上の身柄を拘束し、
このうち、8000人以上を正式に逮捕しました。

さらに、公務員や教職員など6万人以上を解任、または、職務を停止し、
1000校を超える私立学校を閉鎖しました。

Q3:
言論統制も進められていますね。

A3:
はい。
24のテレビ局やラジオ局の放送免許が取り消されたほか、
ジャーナリスト89人の身柄を拘束する命令が出されました。
中には、クーデター未遂事件よりも前から政権を批判していたジャーナリストも
含まれています。

こうした措置では容疑の説明や、証拠の提示がないケースが多く、
拷問も行われているという指摘が出ています。

Q4:
トルコ国内からはあまり批判の動きがないようですが。

A4:
そうですね。
トルコ国内では、野党勢力や市民の一部から、
民主主義や基本的人権、報道・表現の自由が失われることへの
懸念がささやかれているものの、
全体的には、反発や批判の声はあまり聞かれず、政権批判を自粛する空気が支配的です。

むしろ、クーデターの企てを非難し、
エルドアン政権を支持する人々の集会が各地で開かれています。

Q5:
それはどうしてでしょうか。

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A5:
エルドアン政権による粛清を恐れているというのが最大の理由です。
その一方で、エルドアン大統領は、
クーデター前に50%前後の支持率を維持するなど、
国民の間に根強い人気があります。

これは、エルドアン政権が、混乱していた経済を立て直し、
めざましい経済成長を実現させて、貧しい人々の暮らしを向上させたためです。
そして、国民の多くは、クーデターによって、
政治や経済が混乱することを望まなかったのです。
軍の反乱勢力は、こうした国民の心を読み誤り、クーデターに失敗しました。

Q6:
強硬なエルドアン政権に国際社会からは各方面から批判が高まっていますが。

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A6:
アメリカのオバマ大統領は、
エルドアン政権が、強権的な姿勢を強めていることに懸念を示し、自制を求めています。

また、EU・ヨーロッパ連合は、
エルドアン大統領が、EU加盟の条件をクリアするため、
12年前に廃止した死刑制度を復活させることを検討していることについて、
強い懸念を示し、トルコのEU加盟の道が閉ざされることになると警告しています。

国連のパン・ギムン事務総長も、
トルコ政府に対し、人権を尊重するよう要請しています。

こうした国際社会の働きかけに対し、エルドアン政権は強硬な姿勢を崩していませんが、
欧米各国は、トルコに制裁を科すなどの強い措置には出られずにいます。

Q7:
それはどうしてでしょうか。

A7:
トルコの安定を重視しているからです。

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中東とヨーロッパにまたがり、シリアやイラクと国境を接するトルコは、
地域の安定のカギを握る国です。

NATO・北大西洋条約機構にも加盟し、
トルコ国内の空軍基地は、過激派組織ISに対する軍事作戦の拠点となっています。
シリアの内戦に終止符を打ち、数百万人にのぼるシリア難民を保護するうえでも、
非常に重要な役割を担っているトルコが、
今後、もし不安定になれば、世界の政治経済にとって極めて大きな打撃となります。
このため、アメリカも、エルドアン政権を支持し、
その強権的なやり方にある程度、目をつぶっているのです。

今回のクーデター未遂事件では、「トルコ社会の分断や対立」が露呈しました。

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▼「イスラム主義」勢力 対 「世俗主義」勢力、
▼エルドアン大統領の権力強化を認める勢力と「民主主義」を重視する勢力、
▼トルコ人と、少数民族クルド人の対立などです。

こうしたトルコ社会の亀裂がますます広がる恐れもあるだけに、
欧米を中心とする国際社会は、
エルドアン政権が、これ以上強権的にならないよう自制を求めつつ、
トルコの安定を回復するにはどのような支援が可能か、対応に苦慮しています。

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