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フランスの歴史学者で人口学者、エマニュエル・トッド氏。
乳幼児の死亡率の上昇から予測したソビエト連邦の崩壊は現実のものとなり、
世界におけるアメリカの影響力が衰退することも早くから指摘していました。

出生率の低下と識字率の上昇から、
中東の民主化「アラブの春」も予想していました。

パリのテロ後のヨーロッパ社会をトッド氏はどう見ているのか。

(トッド氏)
「あの事件はフランス人が自分たちの責任について考える機会だったのですが
実際にはいたずらにセンチメンタリズムに陥るだけだったのです」。

世界の知の巨人といわれるトッド氏へのインタビューを通して
テロと社会の関係を考えます。

山澤Q1)
スタジオにはトッド氏にインタビューした広瀬解説委員です。
ヨーロッパでは、パリでのテロを契機に排外的な政治勢力が力を伸ばすなど、
大きな社会の変化が起きているように見えますが、
トッド氏は今の状況をどのように見ているのでしょうか。
 
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広瀬委員A1)

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トッド氏は極めて鋭い指摘をしています。
こちらは、トッド氏の近著です。
タイトルは、「QUI_EST_CHARLIE?」英語でいうと「WHO_IS_CHARLIE?」。
つまり、今の危機について「シャルリとは誰か?」という問題設定から始めています。

山澤Q2)
シャルリというと、去年1月にイスラム過激派の銃撃テロを受けた
パリの新聞社「シャルリ・エブド」のことですね。

【VTR:デモ】
広瀬委員A2)
ご記憶の方も多いと思いますが、シャルリ・エブドが襲われたテロのあとフランスでは、
「私はシャルリ」という言葉が新聞社への共感、同調を表す表現として用いられ、
多くの人々が「私もシャルリだ」として、表現の自由を守るための大規模なデモを繰り広げました。
しかし、トッド氏は、デモが行われた場所を地域別に詳しくみていくと、
必ずしも、そんな単純なものではないと指摘しています。
自由を求める市民とは別の顔が浮かび上がってきたということです。

【VTR:トッド氏と握手】
Q「あなたは本当のシャルリは誰だと思いますか?」

トッド氏「私にとってシャルリとは“集団的存在”です。
具体的には中産階級の高齢者でカトリックの伝統を持っていた人たちです。
私が社会学の言葉として定義したもので、
シャルリとは、フランスのエゴイストな中産階級なのです。
彼らは自分たちが「自由」「平等」「博愛」の継承者だと思い込んでいますが、
実際には「自由」「平等」「博愛」の理想とは正反対にいる人たちなのです」。

山澤Q3)
フランス人が最も大事とする自由や平等といった理念を真っ向から否定する大胆な指摘ですね。

広瀬委員A3)
自分たちがシャルリだと自称して自由や平等を掲げていた人の中には
自由でも平等でもないひとがいたといっているわけです。
トッド氏がその背景として指摘するのは
このタイトルの副題にあるようにヨーロッパにおける「宗教の危機」です。
伝統的な価値観であるカトリック信仰が崩壊し、
実践されなくなってきているという点を指摘しています。
そうした中で、格差の拡大という社会問題への不安が、
市民の心をイスラム恐怖症へと向かわせている。
一方で本来のものとは違う形で伝わったイスラム教が反ユダヤ主義に向かっているといいます。

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これを単純化して、トッド氏は次のような等式を提示しています。
(宗教的空白)+(格差の拡大)=(外国人恐怖症)
つまり、排外主義の根源は、表現の自由とか、
宗教の対立とかといった理念や観念の問題ではなく、
信仰を失った社会、格差を解消できない社会の問題、社会問題として考えるべきだとしています。

山澤Q4)
実際に、テロの背景には差別をはじめとする社会問題があったわけですよね。

広瀬委員A4)
その意味でいまフランスで大きな議論になっているのが国籍剥奪の問題です。
同時テロの実行犯には、フランス生まれでフランス国籍を持つ移民系の人物が含まれていました。
このためオランド大統領は必要であれば国籍を剥奪できるという憲法の改正を提案しました。
【VTR:トビラ辞任】
しかし、改憲案には反対意見も多く、
法務大臣が改憲案は抑止効果がなく受け入れられないとして辞任しました。
自爆テロを行うような人物が国籍の剥奪を恐れることがあるだろうかというのです。

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フランスの憲法はその第1条で
「フランスは、出自、人種あるいは宗教の区別なく、すべての市民の法の前の平等を保障する」としています。
もともとフランス人というのは民族の概念ではなく価値観を共有する人々の集まりだという前提にたっています。
ですので国籍の剥奪の問題についてトッド氏は非常に強い危機感を示していました。

【VTR:トッド氏】
「国籍剥奪についてですか?これはフランスには本当に悲劇的なことです。
憲法を改正し、国籍を剥奪してもテロ対策によい効果はありません。
逆にテロを助長するでしょう。
なぜなら、北アフリカから来た300万もの二重国籍の人たちをフランスのコミュニティーから切り離すことになりますから。
これはフランス共和国の原則の否定です。
つまり、この憲法改正に票を投じるのは、共和国の理念をおとしめ、フランスの「没落」を示すことになるのです」。

山澤Q5)
トッド氏は「没落」という言葉を使って危機感をあらわにしていますが、
危険な人物にはフランスから出て行って欲しいというのも
安全を求める住民としては率直な感情だと思いますがどうなんでしょう。

広瀬委員A5)
テロの脅威が続く中で、そこは微妙なバランスが求められる問題です。
自分とは異なる他者とどう共存していくかについて私が注目したいのは、
フランスが歴史の中で積み上げてきた知恵である政教分離の原則です。

【VTR:街中のムスリム】
フランスは「非宗教」の共和国であるとして、政治と宗教を分離。
政治と心の問題を切り離すことで、移民によってイスラム教徒が増えても、
国の在り方そのものには影響が出ないようにしてきたのです。
しかし今、この政教分離の原則が脅かされていると考える人が増えています。
 
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最近の世論調査では「政教分離(ライシテ)」の原則が
危機に瀕していると感じている人が大きく増えて80パーセントを超えています。
スカーフや十字架などの外見を規制する程度のことでは対応しきれないより
本質的な変化が起きていると多くの人が感じはじめているのではないでしょうか。
どういうことかというと、人口の上でも、文化の上でもイスラム教徒の存在感が増し、
逆にこれまで自信をもってきた西欧の価値観が衰退しているのではないか、
このままでは自分たちがマイノリティーになるのではないかという
危機感を持つ人が増えているといわれます。

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そしてこれまでいわば安全弁として働いてきた政教分離についての意識も変化しています。
政教分離の定義、政教分離で何を目指すべきかという問いについて、
「すべての宗教を同等に扱うこと」と答えた人は減っており、
「宗教が社会に及ぼす影響を減らすこと」と答えた人が増えています。
つまり、すべての宗教を同等に扱うのはすでに難しくなっているという現実の認識があり、
そうであれば宗教の影響を少なくすることに力を注ぐべきだという意識に変わっていることが読み取れます。

山澤Q6)
テロをきっかけにフランスの価値観が揺れているということでしょうか。

広瀬委員A6)
窮屈にはなっているようです。
トッド氏もフランスでは自分の考えを自由に表明しにくくなったといいます。

【VTR:トッド氏】
「リベラルであるはずの社会に新しい「抑圧」が現れています。
これまでのような「検閲」ではありません。
全ての人には表現の自由という権利があります。
しかし、実際にはジャーナリストが情報の自主規制をし、反体制の意見が封じ込められるのです」。

広瀬委員)
テロの脅威で社会が揺れ自由や寛容の精神が危機に瀕しているといわれます。
テロの実行犯は本当のフランス人ではない、
中東の野蛮人は怖いので空爆するというような、
単純な感情論「センチメンタリズム」が流布する危険がある今だからこそ
大所高所から時代を見る冷静な考えの軸が必要です。
ほんとうの敵はどこにいるのかを見失わないようにする。
トッド氏の表現をあえて借りていいますと「シャルリとは誰なのか」を
我々も真剣に見極めていかなければならないと思います。

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