NHK 解説委員室

これまでの解説記事

「日本版DBS」ってなに?~子どもを性被害からどう守るか

木村 祥子  解説委員

m230919_02.jpg

子どもと接する職業に就く際、性犯罪歴がないことの証明を求める新たな仕組み「日本版DBS」。
子どもを性被害から守るために考えられた制度ですが、憲法で保障されている「職業選択の自由」をどう考えるのか、こども家庭庁の有識者会議でも大きな議論となりました。
木村祥子解説委員です。

【日本版DBSとは】

m230919_06.jpg

「DBS(=Disclosure and Barring Service)」はディスクロ―ジャー・アンド・バーリング・サービス、前歴開示・前歴者就業制限機構の略で、それぞれの単語の頭文字をとって「DBS」と呼ばれています。
子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないことを確認する制度で、すでにイギリスで導入されています。
どういった制度かといいますと、まず、子どもに関わる職業や活動を行う事業者が就業を希望する人の承諾を得てDBSに性犯罪歴などのチェックを依頼します。
DBSは裁判所や警察の情報などを照会し、仕事に就きたい人本人に証明書を発行。
事業者にも通知します。
これによって性犯罪歴がある人の採用を未然に防ぐことができます。

m230919_10.jpg

日本でDBSへの関心が高まったのは3年前に起きた強制わいせつ事件です。
保育士のマッチングアプリを利用していたベビーシッターの男2人が保育中の子どもの体を触り、逮捕された事件。2人は性犯罪を繰り返していました。
また、子どもに対する性犯罪は、被害に気づくきっかけをつかみにくいことや、子どもは被害の実態をうまく説明できない可能性が高いと考えられ、未然に防ぐために仕組みが必要だとされています。
そこでこども家庭庁では憲法や刑法の専門家のほか、保護者の代表らが出席した有識者会議を設けて議論を重ね、今月5日「日本版DBS」制度の方向性を示す報告書をまとめました。

【「日本版DBS」対象は?】
導入された場合は具体的にはどんな仕組みになるのでしょうか。

m230919_15.jpg

報告書によりますと子どもに関わる仕事に就く際に雇用する側が、性犯罪歴があるかどうかを政府が管理する性犯罪歴システムで確認します。
こうすることで性犯罪歴がある人が就職できないようにするのです。
対象となる事業者について「義務付け」とするのは学校や保育所、児童養護施設など、公的な機関としています。
一方、学童クラブ、学習塾、スイミングクラブ、芸能事務所など民間の事業者については任意の利用としています。
親としては、子どもと接する職業につく人にはすべてを対象に「義務付けて」ほしいという思いがあるかもしれませんが、憲法では公共の福祉に反しない限り「職業選択の自由」が定められています。過度な制限をすれば抵触しかねません。
有識者会議でも「対象となる性犯罪歴のある人は憲法で保障された職業選択の自由などを事実上、制限されることになるとして、必要性や合理性が認められる範囲でなければならない」と指摘しています。
一方、有識者会議の委員からは「できるだけ対象を広げるべきだ」という意見もありましたが、民間事業者は学校などの公的機関のような監督や制裁の仕組みが必ずしも整っていない場合があり、提供を受ける性犯罪歴などを適切に管理することが果たしてできるのかという声もあり、今回は「任意」とすることにしました。
次に有識者会議で論点となったのは、どこまでの性犯罪歴を確認の対象にするかということです。

m230919_20.jpg

報告書では裁判所による事実認定を経た性犯罪の前科は対象とすべきとしています。
一方、対象外となったのは次の2つです。
まず1つ目は条例に違反した場合です。
性犯罪は「青少年健全育成条例」など自治体ごとに定められた条例にのっとって検挙されることも多いのです。
しかし、条例の内容は自治体ごとにばらつきがあることなどから、国が把握することに課題があるとして、さらなる検討が必要だとして今回は外しました。
2つ目は不起訴処分です。
裁判所による正確な事実認定がなされていなかったり、「嫌疑なし」といったりする場合もあるため、慎重であるべきだとして対象外としました。
子ども政策に詳しい日本大学文理学部の末冨芳教授は「イギリスのDBSでは通報歴でも対象となる。各自治体の条例で、罪となる行為や構成要件が違う痴漢などの性犯罪が含まれないと、子どもの権利が守られるとはとても言えない」と指摘しています。
有識者会議ではまずは現時点で可能な範囲で制度を導入した上で、今後、段階的に拡充していくことが必要だとしています。

【性犯罪歴の照会期間は?】
また、有識者会議で議論になったのが「性犯罪歴の照会期間」についてです。

m230919_22.jpg

刑法が専門で甲南大学の園田寿名誉教授は「刑法では罪を償った後は更生の機会を与えるという考えに基づき懲役刑や禁錮刑の執行を終えて10年がたてば『刑が消滅する』という規定があります。仮に10年を超えて犯歴を照会したり、職業を制限したりする場合は刑法との矛盾が生じる」と慎重な議論を求めています。
今回の報告書でも「更生や社会復帰の観点から照会期間は一定の期限を設ける必要がある」と提言しています。

【「日本版DBS」課題は?】

m230919_26.jpg

また、性犯罪の加害者の再犯を防ぐ治療を手掛ける「性障害専門医療センター」の代表理事で精神科医の福井裕輝さんはこのような制度はあって当然だ、としながらも
「子どもと接触する場所は多くあり、性犯罪で有罪になった人が日本版DBS対象外の子どもと関わる仕事に就くことにつながり、完全に性被害を防ぐことはできない。
監視の強化だけでなく、治療や子どもと接触しない業種への職業訓練や、あっせん、再犯を防ぐブログラムの充実など、支援にも力を入れる必要がある」と話しています。
ひとたび、個人の性犯罪情報が漏洩すれば本人の社会生活に重大な影響を及ぼす恐れがあります。
犯歴という極めて高度な個人情報を民間事業者にも広げて開示することになるので、今後、厳格な規律やガイドラインの整備が一層、求められると思います。
教育現場での性被害は今も後を絶ちません。
今月、東京・練馬区の区立中学校の校長が少女のわいせつ画像を所持していたとして逮捕されるなど、子どもを性犯罪から守るための仕組みづくりは待ったなしの状況です。
ただ、報告書をまとめた有識者会議でも制度の対象となる事業者の「義務化」や性犯罪歴の範囲については、委員の間でも意見が大きく割れました。
難しい問題なだけに報告書の提出を先延ばししたとしても、もう少し丁寧に時間をかけて議論する必要があったのではと思います。
政府は次の臨時国会で法案の提出を目指す方針ですが、課題の解消を図りながら、子どもを守る、より実効性のある「日本版DBS」の制度になるのか、注視していきたいと思います。


この委員の記事一覧はこちら

木村 祥子  解説委員

こちらもオススメ!