去年からことしにかけて、国内で鳥インフルエンザが猛威を振るいました。卵が足りなくなって、私たちの食卓にも影響を及ぼしています。このところは沈静化して、卵の値上がりも少し落ち着いてきたようです。
ところが今度は卵ではなく鶏肉に、鳥インフルエンザの影響が出てきているということです。
その原因は、世界的な鶏肉の大輸出国、ブラジルで鳥インフルエンザが発生したことにあります。日本への影響はどの程度、見込まれるのか、詳しく見ていきましょう。
【ブラジルは世界最大の鶏肉輸出国】
ブラジルは去年、およそ445万トンの鶏肉を輸出しました。アメリカなどをしのぎ、世界でも最大の鶏肉輸出国です。日本だけでなく、中国や中東各地にも輸出しています。
ブラジルが強い理由は、価格の安さにあります。
鶏肉をつくるためのコストのうち、6割程度はエサが占めます。ブラジルではそのエサとなるトウモロコシを安く、大量に生産できるので、優位性があります。
2000年ごろから急速に輸出を伸ばしました。
ブラジル国内でも、安くて手ごろな鶏肉は人気があります。1人あたりの消費量は、かつては牛肉がトップでしたが、今では鶏肉がその座にあります。
【日本市場でのブラジル産の存在感は】
ブラジル産の鶏肉が日本でどれほどのウエイトがあるのか、確認してみましょう。
おととし2021年の鶏肉の国内生産量と輸入量をみると、国内がおよそ168万トンなのに対して、輸入はおよそ93万トン。輸入は全体の3分の1を超えるくらいの割合です。
このうち、およそ43万トンがブラジル産の鶏肉で、タイなどほかの生産国を抑えて最大です。全体のだいたい6分の1くらいを占めます。残る33万トン相当が鶏肉を加熱した加工品として輸入される分です。
ブラジル産はなんといっても価格が安く、食肉メーカーに聞きますと、国産に比べると「だいたい半値近い」ということです。
その割には、スーパーの店頭に並ぶブラジル産の鶏肉は目立たないと感じませんか?
業界関係者にその理由を聞きますと、「国産と輸入はおおよそのすみ分けができているから」ということです。
国産は、スーパーの店頭で精肉として売られることが多い一方、輸入品は、大半が外食、加工などの業務用に向けられます。
鶏肉は保存が利く期間が牛肉や豚肉に比べて短いので、国産は冷蔵で流通できますが、輸入品はほぼ100%冷凍です。
店頭で販売する際には解凍しなければなりません。食肉メーカーによりますと、そのときに肉から「ドリップ」と呼ばれる水分が流れ出てしまい、旨味とジューシーさが損なわれる場合があるということです。
このように輸入の冷凍鶏肉は、品質が落ちやすいため、業務用で使われることが多くなるということです。
とはいえ、外食や総菜で人気のある、唐揚げや焼き鳥、フライドチキンなどでは大量に利用されているので、仮に輸入が減るとなると影響が出かねないということになります。
【外国で鳥インフル発生 輸入どうなる?】
ブラジルのように海外で鳥インフルエンザが発生した場合、日本はどうしているのでしょうか。
外国で、ニワトリをはじめとする家畜の鳥から致死率の高い高病原性鳥インフルエンザが確認された場合、政府は原則、発生した国からの輸入を一時停止します。
これはヒトではなく、鳥への感染を防ぐ必要があるからです。
食品安全委員会は「日本の現状では、鶏肉を食べてヒトが鳥インフルエンザに感染する可能性はない」としています。
ですが、ウイルスをつけたままの肉が国内に持ち込まれると、鳥には感染する恐れがあります。「家畜の伝染病のまん延を防ぐ」という観点から輸入を一時停止します。
中には厳しく管理して広がりを抑えられる国もあるので、国全体からの輸入を止めるのではなく、州や郡のように限定して停止する場合もあります。ブラジルは、そうした国の1つです。
【ブラジルでの発生に衝撃】
鳥インフルエンザは世界中で起きているのに、そんなに頻繁に輸入停止になっているのだろうか、と疑問を持つ人も多いかもしれません。
実際、鳥インフルエンザで輸入を停止すること自体は珍しいことではありません。
しかし、ブラジルは例外でした。これまで発生したことがなかったからです。それだけにブラジルで感染が確認されたことは関係者に衝撃を与えました。
鳥インフルエンザは以前からアジア、ヨーロッパで発生していました。
それが去年2月以降、アメリカやカナダで頻発。さらに去年10月にはコロンビアで発生し、南米に飛び火しました。
そして、ことし5月、ブラジルで初めてとなる高病原性鳥インフルエンザの感染が、野鳥で確認されました。その後も野鳥では相次いで見つかりました。
家畜の鳥の発生が懸念されていたところ、6月になって南東部のエスピリトサント州で、7月には養鶏が盛んな南部のサンタカタリーナという州で、家畜の鳥で感染が確認されました。日本はこれらの州からの鶏肉の輸入を一時停止しました。
南東部の州は鶏肉の生産は少ないのでほとんど問題はありませんが、南部の州は日本がブラジルから輸入する鶏肉のうち、3分の1ほどを占める産地で、すでに日本の鶏肉輸入に影響が出ています。
【ブラジル産鶏肉 今後どうなる?】
業務用の鶏肉の多くを占めるブラジル産。今後の輸入の見通しはどうなっているのでしょうか。
ブラジル政府の対応によっては、輸入停止は短期間で済みます。
日本政府は、ブラジル政府と鳥インフルエンザが発生した場合にどうするか約束を交わしています。
発生を受けて輸入を一時停止しても、施設で殺処分や消毒などの措置を完了して、その後、28日間発生しなかったことが確認できれば、日本政府は輸入停止を解除するかどうか判断できます。
サンタカタリーナ州での発生は、7月12日のことでした。感染を防ぐ措置が取られ、発生が抑えられていれば、28日たった後、早ければ8月中には輸入が再開される可能性があります。
ブラジルから船で輸出した鶏肉は日本に届くまでに1か月ほどはかかるということで、仮にすべてが問題なく進めば、9月中にも日本に改めてサンタカタリーナ州産の鶏肉が届くことになります。トータルの輸入停止期間は、最短だと2か月ほどで済むことになります。
【影響は軽微?不透明さも残る】
ただ、業界には「今後は不透明だ」という見方もあります。
もし、サンタカタリーナ州でふたたび見つかると、輸入停止の解除は先送りとなります。
また、北となりには、サンタカタリーナ州より生産量が多く、ブラジル国内最大の産地になっているパラナ州という州があります。そこまで広がるようなことがあると、多くの鶏肉が輸入できなくなります。
業務用の主力、ブラジル産の鶏肉が足りなくなって、日本の外食産業や食品メーカーが原料を調達しにくくなる恐れがあります。
さらに、業者によってはその分を国産で穴埋めしようとして、国産の鶏肉の需要が高まり、結果的にスーパーに並ぶ鶏肉も値上がりするということがあるかもしれません。
【地球の裏側の出来事も食卓に影響】
最近の食料品価格の高騰で、ただでさえ苦しいのに、手ごろな鶏肉が値上がりするのは困るという人も多いと思います。
その点について、食肉メーカーに聞きますと、今のところ輸入鶏肉の在庫は多いので、「すぐに足りなくなることはない」という見方で共通しています。
ですから、私たち消費者の側は、まずは慌てる必要はないと思います。
ただ、鳥インフルエンザは、もはや世界中、いつどこで発生してもおかしくない環境にあります。
毎日のくらしに身近な鶏肉や卵の量や値段が、国内だけでなく、地球の裏側の感染動向にも左右される状況は今後も続くことになりそうです。
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