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戸籍法改正 どうなる?氏名の『読みがな』

清永 聡  解説委員

私たちの戸籍の氏名に「読みがな」をつける改正戸籍法が、6月に成立しました。読みがなの届け出は、国民全員が対象ということですが、これから私たちにどんな影響があるのか。担当は清永解説委員です。

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Q:氏名の読みがなは、役所に提出する書類などで書いた覚えもあるのですが。

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A:書くことはありますね。でもこちら戸籍の例ですが、ご覧の通り読みがなはありません。書かれているのは氏名の文字です。読みがなというものは、戸籍上存在しなかったんです。

Q:子どもが生まれた時は、出生届に氏名と読みがなを書きますよね。

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A:このデータも戸籍には反映しません。出生届の欄外に「戸籍には記載されません」とわざわざ記されています。
住民票に読みがなをつけている自治体もありますが、法務省によればいわば便宜上という扱いだそうです。

Q:そこで法改正となったのですね。

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A:全国民1億2000万人分の氏名の読みがなの登録なので、膨大な作業です。法律のスタートが来年度(2024年度)、それから1年以内にまずは国民に届け出てもらうという計画です。

【どうして読みがなを登録するの?】
Q:なぜ読みがなが必要になったのですか。
A:行政手続きのデジタル化というのが目的とされていますが、もう一つの狙いはマイナンバーカードです。

Q:こちらにマイナンバーカードの見本がありますが、読みがなはないですね。

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A:いま、マイナンバーカードをめぐって明らかになっているトラブルの1つに、別の人の金融機関の口座、特に家族名義とみられる口座が登録されたケースがおよそ13万件確認されたというものがあります。
金融口座はカタカナ。一方で、マイナンバーカードは漢字で読みがながないため、名義が一致しているかどうか自動的な照合ができません。

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法律が改正されたことで、今後はマイナンバーカードの記載事項にも読みがなが加わるということです。そうなれば、自動的な照合も可能になるとしているわけです。

Q:でも、法律は来年度からでしたから、まだ先ですね。

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A:加えてこれを実現するには、今ある口座名も、戸籍の読みがなと一致させる必要が出てきます。
今後の戸籍法への対応を問い合わせたところ、全国銀行協会は「銀行の業務をどうするかはまだ確認中」、日本クレジットカード協会も「現時点では、当協会で戸籍法改正に伴う特別な対応は検討しておりません」とコメントしています。
金融機関はすでに法律に基づいて、住所氏名や生年月日、顔写真など複数の項目で本人確認をすでに行っています。
これに対して、今回の法律はまだできたばかりなので、各機関の対応もこれからだと思います。
ただ本来は読みがなの仕組みを整備してから、マイナンバー制度を開始すれば、トラブルを未然に防ぐこともできたはずで、そちらの方が望ましかったのではないかと思います。

【意外と大変 氏名の読みがな登録】
Q:制度が始まったら、読みがなをどこへ届け出るのでしょうか。
A:本籍地の市区町村に届け出ることになります。それから自治体が職権で全員の氏名の読みがなをつけて、国民に問い合わせをするということも検討されています。

Q:どうやって職権で読みがなをつけるのですか。

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A:出生届などに書かれた読みがなが、住民基本台帳にデータとして保存されています。データを使って確認してもらう方法を検討しているそうです。
ただ、出生届の読みがなと、違う読みを使っている人もいると思います。
例えば作家の松本清張は名前の読みが「セイチョウ」ですが、本名は同じ文字で「キヨハル」だそうです。
仮に同じ名前の人がいて、日常でずっと使っているのが「セイチョウ」であれば、その読みがなで届け出ることも可能だということです。

Q:いろいろなケースがありそうですね。
A:名字は戸籍の筆頭者が届け出ることになっています。
例えば、山崎と書いて「ヤマザキ」か「ヤマサキ」か。小山と書いて「コヤマ」か「オヤマ」かなど。
基本的には普通に読めれば、届け出通り受け付けるそうです。
このため戸籍が異なれば、兄弟や親せきで違う読み方が登録されることもあり得ます。いずれにしても1億2000万人分ですから、自治体は大変な作業です。

【新たな命名の読みは】
Q:ほかにも課題はありますか。
A:これから生まれる子どもの名前です。いまの私たちの読みがなは、届け出れば基本的には了承されるとみられます。
ところが、新たに生まれた子どもの読みがなは、届け出の際に認めるかどうかの判断が行われることになります。

Q:最近はいろんな名前がありますからね。

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A:例えばですが、岩渕さんの名前は「梢」この字です。「コズエ」と読みます。人名辞典を見ると主な音読みは「ショウ」「ソウ」。訓読みが「コズエ」です。掲載されている主な人名は「ショウ」と「コズエ」。音読みと訓読みだけでした。

一方で、私は「聡」という字で「サトシ」なのですが、辞典に掲載されている主な人名はほかにも「アキ」「アキラ」「サト」「サトル」「ソウ」「トシ」「トミ」といろんな読み方があります。(「人名の漢字語源辞典」より)

Q:言葉によってはたくさん読み方がありますよね。
A:音読み訓読み以外の多くは「名乗り訓」と言って、人名に用いられる独自の読みとも言えます。名乗り訓は昔からある人名の読み方です。

Q:これをどこまで認めるのでしょうか。

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A:法務省の調査では、高齢の世代を中心に名前は「本来の音読みや訓読みしか認めるべきではない」という意見も多くありました。
ただ「音読み訓読みだけ」となると「名乗り訓」も使えなくなります。
例えば源頼朝の「とも」も名乗り訓。これでは名前の歴史を否定することにもなりかねません。

ほかにも、外国語の発音と関連付ける読み方。「海」と書いて「マリン」など。漢字の意味などから連想する読み方。「星」と書いて「ヒカル」などいろいろな事例があります。
法務省は説明を聞いたうえで、柔軟な姿勢で個別に検討するとしています。
多くは認められるとみられます。

一方で例えば「太郎」と書いて「ジロウ」「ジョージ」などと読ませる場合のように、読みが全く違う。混乱につながりかねない場合などは、認められないとみられます。

【多様性と日本語の柔軟性】
Q:自治体は判断が大変ですね。

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A:国の審議会で委員を務めた早稲田大学の笹原宏之教授は、「日本語は多様性に満ちており、数多くある漢字はそれに活力を与えている。名付けは、それらが複合した、しっかりとした幹(みき)を持つ文化的な営みだ」と指摘します。
名前の多様さこそ日本語の特徴というわけです。

Q:親にとっては1つ1つの名前に子供への願いを込めていますからね。

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A:法務省は今後「通達」で自治体向けに具体的な事例を示すとしていますが、全国民の登録に加えて、生まれた子供の名前の判断となると、自治体の負担は重くなります。できるだけ具体的で分かりやすい事例を示してほしいですね。

この問題は単なる読みがなにとどまらず、名前における日本語の柔軟さを、法の規定とどう両立させるかという大きなテーマを含んでいると思うんです。
すべての国民、特にこれから親になる人々の理解を得られるような制度が望まれます。


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