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がん治療にどういかす?遺伝子パネル検査

矢島 ゆき子  解説委員

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◆ がん遺伝子パネル検査 どんな検査?

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がん遺伝子パネル検査は、がんになった人の、がんで起きている遺伝子変化を調べる、保険適用になっている検査です。
実は、がんは発症・増殖するときに、がん細胞の中の遺伝子が変化していることがわかっています。しかも、最近、同じ人のがんで、遺伝子変化は1つではなく、多数のタイプの変化があることがわかってきました。この遺伝子変化、従来は、1つタイプごとにしか検査できなかったのですが、技術が進歩し、がん遺伝子パネル検査で、多数のタイプの遺伝子変化を一度に調べられるようになりました。そして検査結果をもとに、ときに、自分の「遺伝子変化を標的にする薬」、つまり自分のがんのタイプに効く「分子標的薬」を見つけることができるようになったんです。

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この分子標的薬、どういうものなのでしょうか?従来からある抗がん剤は、がん細胞だけでなく、正常な細胞も含めて全ての細胞にダメージを与える薬で副作用があるのですが、これに対し、がんの遺伝子変化を標的にした分子標的薬は、正常な細胞は攻撃せず、がんだけをピンポイントで攻撃してくれるのです。
そして、このような分子標的薬などを探すためにも、がんの遺伝子変化のタイプが一度に、多数、見つけられるがん遺伝子パネル検査は、とても効率的な検査で、検査をして薬を見つけるための費用として、3割負担で16.8万円ほどかかります。

◆がん遺伝子パネル検査を受けるタイミングは?

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では、このがん遺伝子パネル検査、どんなタイミングで受けることができるのでしょうか?
例えば、がん患者さんの状態によっては、進行しているなどの理由で、手術・放射線などができず、薬の治療になることがあるかと思います。その場合、基本的に、多く人で有効な抗がん剤などの「標準治療」がまず行われます。がん遺伝子パネル検査が受けられるのは、この標準治療の後。つまり、抗がん剤が効かない・効かない見込みになった最終段階になってからしか、検査が受けられないことになっています。抗がん剤などの標準治療は全ての人に効くわけではありませんから、もし効かなければ、すぐに次の薬を試したいと思う人も多いでしょうし、また、自分のがんにあった分子標的薬で治療できれば、がんが悪化しないケースもあるので、患者さんにとっては「大きな希望」になります。しかし検査して薬が見つかるまでに、1か月以上かかるとも言われていて、残念ながら、患者さんの状態が悪化して治療が受けられないことなどもあるそうです。実際、遺伝子パネル検査結果をもとに、3万人を超える人が、専門医たちに薬を推奨してもらったのですが、治療を受けた人は、わずか9.4%でした。
早い段階で、がん遺伝子パネル検査をすることはできないのだろうかと思う人もいるかもしれません。ただ、がん遺伝子パネル検査は保険適用になる際に、その条件として、標準治療後にしか受けられないことなどが決められたのです。これは、多くの人に一定の効果のある標準治療が治療の基本だということ、また誰もが検査するとなると莫大な医療費がかかるなど、様々な理由があったようです。

◆がん遺伝子パネル検査を標準治療の前にした研究

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ただ、2年前、標準治療開始前に、がん遺伝子パネル検査をしてみたらどうなのかと、京都大学などが研究の一環として行い、その結果が、発表されました。例えば、ある胆管がんのケースでは、がんと診断するための精密検査と同時に、がん遺伝子パネル検査も実施。そして、すぐに標準治療・抗がん剤をはじめました。しかし、早々に、効果がないことがわかったそうです。ただ、すでに遺伝子パネル検査を終え、分子標的薬も見つかっていたので、すぐに分子標的薬の治療を始められ、効果があったそうです。この研究を実施した京都大学大学院の武藤教授曰く、「もし標準治療終了後に検査していたら、時間がかかってしまい、病状が悪化して、治療できなかった可能性もあった」とのことでした。そして、研究結果としては、事前に遺伝子パネル検査をした患者さんの61%が薬を推奨してもらい、19.8%の人が実際に治療を受けることができたということがわかりました。このように、治療開始前に検査することで、先ほどご紹介し治療後のデータより、多くの薬の治療につながったわけですがが、生存期間にどのぐらい影響するかなどがわかるのは、まだ先のことになります。

◆検査で遺伝子変化が見つかっても、、、

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しかし、がん遺伝子パネル検査の結果、薬が見つかっても、様々な理由で、全ての人が治療を受けたわけではないようです。
そもそも検査で遺伝子変化がわかり、該当する薬があればいいのですが、薬がない場合もあります。あるいは、該当する未承認の薬があっても、治験が行われていないために使えないことも。また「拡大治験制度」という、未承認薬を、患者さん一人からでも提供する制度がある。がんなど命に関わる病気では、人道的見地から、薬がない場合に利用される制度ですが、日本では実施条件が厳しく、あまり実施されてません。
がんの薬の治療について詳しいカリフォルニア大学の加藤准教授にお話しを伺ったところ、「アメリカでは、治験が行われていなければ、薬の適応外使用がかなり頻繁行われている」とのこと。使いたい薬を製造している製薬会社のpatient assistant programという制度で申請すると、平均2週間ほどで使えるようになるそうです。適応外使用というのは、例えば、胆管がんの人に、胆管がんでは承認されていないけれど、乳がんでは承認されている薬を使うことです。
しかし、日本では、このような適応外使用は、基本、認められていません。もし、仮に適応外使用の薬を使う場合、入院費・検査費など、かかる医療費が全額自費で高額になります。そのために治療が受けられないなどの話も聞きますが、最近、自費診療については、科学的根拠のあるものであれば、民間保険で保障するものなども出始めているようです。

◆がん遺伝子パネル検査 どういかす?

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このように、がん遺伝子パネル検査を使ってのがんの治療、まだまだ課題がありそうです。武藤教授曰く「様々な薬の開発も進んでいて、がん遺伝子パネル検査で遺伝子変化にあう薬がわかっても、使えないのは残念」とのこと。また先ほど、誰もが検査すると莫大な医療費がかかるという話がありましたが、「どのケースで、どのタイミングで検査すると、医療費が削減できるのかなども含めた検討も必要ではないか」とのことでした。一方、国も、今年、患者本位のがん医療を提供するための対策の一つとして、「適切なタイミングで、がん遺伝子パネル検査などの結果を踏まえた治療が受けられるよう、既存制度の見直しも」含め検討することなどを発表しています。

社会全体で使える医療費も限られているとは思いますが、がん遺伝子パネル検査をどう使うのがより適切なのかなどの検討が進み、少しでも多くの患者さんが恩恵を受けられるように、がん治療に生かされたらと思います。


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