将棋の「名人」獲得に王手をかけた藤井聡太六冠。これまで誰も成し遂げたことのない8つのタイトルの独占も、現実味を帯びてきています。
■藤井六冠 タイトル獲得の現状は
将棋のタイトルは、すべての棋士が目標にしている「頂点」で、全部で8つあります。
藤井六冠は3年前に史上最年少の17歳11か月で初めてタイトルを獲得し、その後、着実にその数を増やしてきました。現在、「叡王」「棋聖」「王位」「竜王」「王将」「棋王」(対局日程順)の6つを保持しています。残るは「名人」と「王座」の2つです。
タイトル戦はそれぞれ年に一度、前回勝ったタイトル保持者と、予選などを勝ち抜いた挑戦者が五番勝負や七番勝負を繰り広げます。藤井六冠は現在、名人戦と叡王戦に臨んでいます。また、6月からは棋聖戦、7月からは王位戦が始まります。
藤井六冠はタイトル戦で無類の強さを発揮しています。
今回の名人戦と叡王戦までに13回、タイトル戦に登場していますが、タイトルを奪えなかった、あるいは防衛できなかったということは一度もありません。同じタイトル戦での連敗はゼロ。一度敗れてもきっちりと巻き返し、最終的に勝ち越しています。
藤井六冠がことし八冠制覇を成し遂げるには、まずは名人戦を制して「七冠」になったうえで、叡王と棋聖、王位を防衛し、さらには王座戦の挑戦者になってタイトルを奪うことが必要です。竜王、王将、棋王はタイトルを保持した状態なので、これで八冠制覇ということになります。
■名人戦 最年少記録更新なるか
名人戦は七番勝負で、先に4勝したほうがタイトルを獲得します。藤井六冠は挑戦者として、タイトルを持つ渡辺明名人に挑んでいます。
第4局を終えて、藤井六冠が3勝、渡辺名人が1勝で、渡辺名人にとっては後がない状況です。
渡辺名人は藤井六冠とこれまで4回、タイトル戦を戦い、いずれも敗退。ことし3月には棋王のタイトルを奪われ、今回の名人戦で敗れてしまうと無冠になってしまいます。
一方、藤井六冠が勝てば、20歳10か月か11か月で名人になります。
名人の最年少記録は1983年、谷川浩司十七世名人の「21歳2か月」。今回はこれを更新する最初で最後のチャンスです。
谷川さんにとっては40年間続いてきた記録が破られる可能性があるわけですが、「藤井さんは実力、実績、人気も抜群で、20歳で将棋界を背負う存在なので、藤井さんであれば破られることがあっても光栄なことなのではないかと思うようになった」と話しています。そのうえで、「藤井さんはタイトルを取ることよりも、強くなりたい、将棋の真理を追究していきたいという姿勢を貫き、それが今の地位や実力につながっている」と、その強さを分析していました。
また、藤井六冠にとって今回の名人戦は「七冠」がかかった戦いで、その場合、1996年の羽生善治九段以来の快挙となります。羽生さんは25歳で七冠になり、当時はタイトルが7つだったので「全冠制覇」を成し遂げました。藤井六冠の場合、この時点では全冠制覇にはなりませんが、七冠達成の最年少記録を大幅に更新することになります。
ただ、並行して行われている叡王戦が仮に「藤井六冠の負け」で先に決着した場合、その時点で「五冠」に後退するので、名人戦に勝ったとしても七冠は持ち越しとなります。
■叡王戦 「振り飛車党」との戦いは
叡王戦は五番勝負で、先に3勝したほうがタイトルを獲得します。先月11日に開幕し、藤井六冠は菅井竜也八段を相手にここまで2勝1敗として、タイトル防衛に王手をかけています。
菅井八段は序盤に飛車を横に動かす「振り飛車」を得意とし、王位を獲得した経験があります。振り飛車を指しこなす棋士は少数派ですが、谷川さんは著書「藤井聡太はどこまで強くなるのか」の中で、「相手の作戦に関係なく、常に自分の得意な形で戦える」として、藤井六冠と戦う際の有力な選択肢にあげています。
菅井八段は敗れた第3局でも熱戦を繰り広げました。このあとも好勝負が期待されます。
■棋聖戦と王位戦 同じ挑戦者との“十二番勝負”
棋聖戦は来月5日に開幕。第1局の会場はベトナムのダナンで、藤井六冠にとって初めての海外での対局となります。棋聖戦は五番勝負で8月にかけて対局が組まれていますが、そのさなかに今度は王位戦の七番勝負が始まります。
この2つのタイトル戦、同じ棋士が挑戦者に決まりました。タイトル戦初挑戦の佐々木大地七段です。今年度はここまで10勝1敗と好調で、棋聖戦は永瀬王座、王位戦は羽生九段を最後に破って挑戦権を獲得しました。
藤井六冠とはこれまで4回戦って2勝2敗の五分です。ただ、4回目がおととしの9月で、その後対局の機会はありません。
佐々木七段は今月18日に王位戦への挑戦を決め、このときの会見で今回の挑戦について「私がプレッシャーがかかる場面ではないので、前向きに楽しみながら戦えると思う。粘り強さを出していければ」と意気込みを語っていました。
この2人の対局、棋聖戦が五番勝負、王位戦が七番勝負なので、合わせて「十二番勝負」ともいえるタイトルをかけた戦いが繰り広げられることになります。
■王座戦 挑戦権獲得なるか
藤井六冠がことし八冠を制覇するうえで最後の関門となるのが王座戦です。タイトル戦に出るには挑戦者になる必要がありますが、これまでの結果を見ると、相性がいいとは言えません。
挑戦者決定トーナメントでは5年前のベスト4が最高で、おととし、去年と2年続けて初戦敗退しました。
今期は今月10日に初戦を突破。あと3回勝てば挑戦者になりますが、トーナメントは一発勝負で敗者復活はありません。気の抜けない戦いが続くことになります。
ここを突破すれば、9月から10月ごろ永瀬拓矢王座との五番勝負に臨むことになります。
■藤井六冠「近づいている感覚はそれほどない」
当の藤井六冠自身は、八冠制覇についてどう考えているのか。
ことし3月に「棋王」を獲得して六冠になったときの会見では、目的地に至る「現在地」について聞かれ、「タイトルを増やすことはできているが、内容的には大変なところが多いので、近づいているという感覚はそれほどない」と答えています。「まだ実力的にも足りないところが多い」とも述べ、地に足のついた受け答えが印象的でした。
藤井六冠が八冠を制覇するかどうかは、裏を返せば他の棋士が藤井六冠を相手にタイトル戦を制することができるのか、ということです。最高峰の戦いの場での切磋琢磨を通じて将棋界全体のレベルがさらに上がり、魅力的な対局が増えることにつながってほしいと思います。
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