◆日本では薬不足!?
今年、行われた医療用医薬品の供給状況の調査結果を調べたところ、回答のあった薬のうち、およそ29%にあたる5300以上の薬で限定出荷・出荷停止などが行われ、認知症・感染症などのさまざまな分野で薬が手に入りにくくなっているようです。医薬品の問題について詳しい、神奈川県立保健福祉大学坂巻弘之教授にお話しを伺うと「後発品薬の出荷停止など」の影響以外にも、「海外から薬が入らない」ために、例えば不妊治療での薬が不足しているそうです。
◆不妊治療での薬不足
では、不妊治療ではどんな薬が不足しているのでしょうか?
例えば、排卵誘発剤という、体外受精などで使う卵子をとるときに使う薬が不足しています。この薬を作る海外メーカーが全世界への出荷を一時停止し、日本にも入ってこなくなりました。薬の原料供給元で、いくつかの不適切な製造工程が確認されたためです。同じタイプの薬を、国内メーカー2社が、海外から原料を輸入して生産していますが、原料不足で増産できないという話もあり、出荷停止・限定出荷になっています。そのため、海外メーカーから薬をずっと購入してきた医療機関では、この薬が手に入らなくなりました。国内メーカーと交渉しても、これまで契約してきたところが優先され、ある医療機関には薬があるけれど、別の医療機関薬では薬不足と、薬が偏在していると、何人もの専門家が話をしています。不妊治療が専門の埼玉医科大学総合医療センターの高井教授は「医師になって30年の間で、経験したことのない深刻な薬不足」だと言っていました。この高井教授の病院では、海外メーカーから購入していたため、薬の在庫がなくなり、「どうしてもこの薬が必要な患者さんの治療を断っている」状況だとのことでした。
薬不足は、薬の需要と供給のバランスが崩れることで起こります。不妊治療での薬不足の場合、海外・国内の薬の出荷停止・限定出荷で供給が少なくなった以外にも理由があります。まず去年、不妊治療に保険が適用されたため、体外受精希望の初診患者が増加。「日本生殖補助医療標準化機関」に加盟しているクリニックの調査では、去年4月~9月は73%、そして、去年10月~今年3月は46%増えたそうです。このように、薬の需要が増え、不足になったのです。また、ある不妊治療の薬は、世界中の更年期障害の治療でも使われるようになりました。利益が出にくい安い薬なので、増産も容易ではなく、薬の需要と供給のバランスが崩れ、薬不足です。さらに、坂巻教授曰く、「医療機関が少しずつ余分に発注する」ことで薬不足が続いていることも考えられるとのことでした。
不妊治療の専門医たちは、薬不足を解消するためにも、海外で使われている未承認薬あるいは別の代替薬での治療を早く保険適用できないかなど相談しているそうですが、残念ながら、まだ、めどはたっていないとのことです。
不妊治療の保険適用には年齢制限があり、急がれている人もいるかと思います。「薬の偏在」も含めて、薬不足の解消ができないのだろうかとも思います。
◆脳梗塞の臨床試験にも薬不足の影響が、、、
そして、薬不足については、海外での薬不足が、「未来の日本の脳梗塞治療に影響するかもしれない」という話もあります。
脳梗塞は、脳の血管が血栓と呼ばれる血の塊がつまり、ときに後遺症が残る病気で、その治療として、血栓を溶かす薬・血栓溶解薬が使われています。
世界で主に使われているのはテネクテプラーゼで、これは日本ではありません。もともと心筋梗塞の薬として使われていましたが、脳梗塞にも効くことがわかりました。値段が安く、しかも脳の血栓を溶かす効果が日本で使われているアルテプラーゼより2.2倍高いのです。「オーストラリア・アメリカ・欧州など多くの国で、テネクテプラーゼが推奨され、世界中で薬不足になっている」と国立循環器病研究センターの井上学特任部長は話していました。この薬不足について、欧州医薬品庁は、需給ひっ迫解消にはおよそ3年かかる見通しと報告しています。
このテネクテプラーゼ、日本でも使えるようにと、臨床試験が、およそ1億6000万円の研究費ではじまりました。アルテプラーゼとテネクテプラーゼ、それぞれ110人ずつ試験して、その効果を比較します。ただ、テネクテプラーゼは日本にはないので、当初、オーストラリアから1本30万円で輸入予定でした。しかし、世界中での薬不足のため、薬の値段の高いアメリカから輸入することに。輸送費の高騰、150円近い円安の時期に交渉したこともあり、1本160万円と高騰しました。研究費だけでは、薬が人数分購入できないという危機的状況だそうです。井上特任部長曰く、「今、臨床試験ができなければ、将来、血栓を溶かす治療が日本で行えなくなる可能性もあり、クラウドファンディングなどの方法で臨床試験の継続を模索中だ」とのことでした。
でも、今は、日本で脳梗塞に使えるアルテプラーゼがあるので、とりあえず大丈夫なのでは?と思う方もいるかもしれません。たしかに、今、薬はあります。(効果は低くなりますが、、、。)でも、将来、薬がどうなるかはわかりません。
実は、今月末、ヨーロッパの脳卒中学会で、テネクテプラーゼについて発表がある予定です。今は発症4.5時間以内しか使えないのですが、もしかしたら、24時間以内でも有効という結果がでるかもしれません。もしそうなれば、画期的なことです。テネクテプラーゼの需要がさらに高まるかもしれません。すると、2つの薬は同じメーカーが製造しているので、日本で使われているアルテプラーゼは、近い将来、製造縮小・中止になる可能性があるかもしれないのです。
◆薬不足に対応するために国などに求められること
不妊治療や脳梗塞の例でもわかるように、薬不足の問題は世界の状況とも密接に関係しています。そして、この薬不足に対応するためには、世界で使われている未承認薬などが、どうすればより早く国内でも使えるようになるのか、その承認の仕組みなどの検討も大切かもしれません。坂巻教授曰く、「まずは、国内の薬の供給状況を共有できる公的報告システムを充実させ、医療機関が余計な在庫を増やさない」ようにするだけでなく、「世界的な薬の供給状況を監視し、日本の医療に、どういう影響するのか分析・情報提供できるようにすることが重要ではないか」とのことです。
薬は、ときに生命に関わる大切なもの。しかし、いつも必ずあるものとは限らないようです。でも薬不足で、できるはずの治療ができなくなるのは是非、避けたいものです。そのためにも、世界の状況にも迅速に対応し、必要な薬を確保し、必要なところに行き渡るようにする、そんな国の対策が求められています。
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