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注意! 高齢者の自宅売却トラブル

今井 純子  解説委員

「高齢の親が、事業者から勧誘をうけて、安い価格で自宅を売る契約をしてしまった」といったトラブルが相次ぎ、国民生活センターなどが注意を呼び掛けています。今井解説委員。

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【自宅を売る契約。高齢者のトラブルが多いのですか?】
そうなのです。全国の消費生活センターに寄せられた相談件数は、全体では2021年度が1100件あまり。5年で、6%増えているのですが、そのうち、70歳以上の高齢者が当事者になっているケースに絞ると、5年で、1.5倍に増えています。21年度全体のおよそ半分が70歳以上の方の相談です。

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【どのようなトラブルが起きているのですか?】
例えば、1人暮らしの80代の方からの相談ですが、
▼ 突然、不動産事業者が訪ねてきて、マンションを売るよう、しつこく持ち掛けられた。根負けして、550万円で売る契約をして、手付金50万円を受け取った。その後、キャンセルしたいと連絡したところ、手付金の2倍と手数料、あわせて115万円を支払うよう言われた。そんなおカネはない。高齢なので、別の部屋を借りることもできない。という相談です。
中には、
▼ 周辺の取引価格より、はるかに低い金額で売る契約をしてしまった、とか
▼ 10年後にマンションが取り壊される計画になっている、とウソの説明をされ、信じて契約をしてしまった、というケースもあります。

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そして、最近は、「リースバック」という方式で売却を持ち掛けられる、トラブルが目立っているといいます。

【リースバックですか?】
はい。自宅を、いったん不動産事業者などに売ると同時に、賃貸の契約をして、住み続けることができる、という触れ込みです。
例えば、こちらも80代の1人暮らしの方からの相談。
▼ 「住宅について、有利な話がある」と電話があって、訪問に同意したところ、すぐに不動産事業者の社員が訪ねてきて「自宅マンションを1000万円で売ってくれたら、月13万円の家賃で住み続けられる。管理費や固定資産税もかからない。マンションが古いので、早く決めないと、売れなくなる」と深夜まで勧誘され、意識がもうろうとしてきて、契約してしまった。その後、契約をやめたいと伝えたが、解約してもらえないといった相談です。

【売った後も同じ家に住み続けられるのですか】
はい。例えば、老人ホームの入居が順番待ちになっているという方が、この仕組みを使って、自宅を売った代金を手元においた上で、賃貸で住み続ける。そうすると、老人ホームの入居が決まった時に、すぐに、入居に必要な一時金を払えるし、引っ越しもできる。そういった利用の方法があるというのですが・・・
今、問題になっているのは、そうした具体的な目的がない。しくみもよくわかっていないお年寄りが、事業者から「生活のためのまとまったおカネが入るし、住み慣れた場所に住み続けることができます」と、言われるままに契約を結んでしまうケースです。
その結果、
▼ 家賃を払う認識がなかった。
▼ 10年で、支払う家賃の総額が、売却の価格を超えるということに、後から気づいた。
▼ 賃貸に期限が定められていて、2年で退去しなくてはいけないということが、後からわかった。
このようなトラブルも起きているのです。

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【住むところがなくなってしまうのは、深刻ですね】
判断能力が低下している、1人暮らしのお年寄りのところに、事業者が、突然、電話してきたり、訪問してきたりして、言葉巧みに売るようしつこく迫られる。そして、何を説明されたのか、よく理解できないまま契約をして、後から家族や訪問介護の事業者が気付いて相談してくるケースも多いといいます。

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【キャンセルや解約はできないのですか?】
その点、大きな課題が指摘されています。
というのも、不動産について、消費者が、自宅を訪れてきた事業者などから買う場合、宅建業法という法律で、8日以内であれば無条件で契約を解除できるクーリング・オフの制度があります。また、宝石や着物などを、消費者が、自宅を訪れてきた事業者に売った場合も、安値で強引に買い取る被害が相次いだことから、10年前に別の法律で、クーリング・オフが導入されました。ところが、今回のように、不動産について、消費者が、売った場合、クーリング・オフの制度はありません。契約を解除するには、通常、
▼ 手付金を受け取った場合、それを2倍にして事業者に返す「手付倍返し」という方法
▼ あるいは、契約で決められた違約金を払う方法しかありません。
数十万円とか、数百万円といった、高額なことが多く、事業者にとっては、それだけでも、大きな利益になります。

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【強引な勧誘とか、ウソの説明は、違法ではないのでしょうか?】
宅建業法では、事業者に対して、
▼ 取引の代金や賃貸料などについて、故意に事実を告げなかったり、ウソの説明をする。また、威迫といって、相手に不安を抱かせる行為は禁止していて、行政指導の対象になります。が、それを理由に契約を取り消そうとすると、最後は、裁判で争うことになります。
こうした消費者問題に詳しい弁護士のグループは、悪質な事業者が、法律の穴を悪用して、1人暮らしのお年寄りを狙っているとみられる被害が起きている。このままでは、被害が広がる懸念があるとして、
▼ 国土交通省に対して、悪質な事業者への指導・監督を強化するよう求めるとともに、
▼ 法律を改正して、消費者が、突然、訪問してきた事業者などに自宅を売った場合も、クーリング・オフの対象とすることや
▼ 事業者に対し、買い取りの金額について、周辺の相場などの根拠を資料で示して、説明するよう義務付けること
▼ 客の知識や経験、財産の状況などに適さない勧誘を禁止すること
などのルールを整備することが必要だと訴えています。

【ぜひ、検討してほしいですね】
国土交通省も、問題意識は共有していて、悪質な事業者については、きちんと指導・処分する。そして、ルールの整備についても被害の実態を踏まえ、必要であれば検討していくと話しています。

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【消費者としても、注意が必要ですね。どのような点に気を付けたらいいでしょうか】
国民生活センターなどは、
▼ 不動産事業者から、電話や訪問で自宅を売るよう勧誘を受けても、そのつもりがない場合は、きっぱり断ること
▼ 関心がある場合も、どのようなしくみで、誰にいくらで売るのか。住み続ける場合は、賃料がいくらか、期限が定められていないかなど、書類できちんと確認をし、家族にも相談をする。提示された価格が適切なのか、他の不動産事業者に聞くなど、とにかく納得できるまで契約をしないよう、呼びかけています。
▼ そして、これから始まる大型連休。実家に帰る方は、こうした被害に注意するよう話題にしたり、見慣れない契約書がないか気をつけたりする。そうした目配りをすることも、被害の防止や発見に役立つのではないかと思います。

【もし、被害に気付いた場合どうしたらいいですか?】
▼ 身近な消費生活センターに相談してほしいと思います。全国共通188の番号から身近なセンターにつながる仕組みになっています。
▼ また、5月15日には、第二東京弁護士会が、高齢者の自宅売却のトラブルについて、無料の電話相談会を開くことにしています。電話番号は、03-3593-6061です。東京以外からの相談も受け付けるほか、過去の被害についても情報提供を呼び掛けています。

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【5月15日ですね】
はい。思い当たる方は、ぜひ、相談をしていただきたいと思います。そのうえで、被害が広がらないよう、取り組みの強化につなげてほしいと思います。 


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