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地方で高まる"起業熱"

渡部 圭司  解説委員

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革新的な技術やサービスを生み出す新興企業、スタートアップ。
国は5か年でスタートアップへの投資額を10兆円規模に拡大する目標を掲げるなど育成に本腰を入れています。
そうした中、四国で高まっている若者の“起業熱”について解説します。

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この4月に全国でも19年ぶりとなる高等専門学校が徳島県に開校します。
その名は「神山まるごと高専」。
最大の特徴は卒業生の4割を起業家にするという目標です。
全国の高専ではおよそ6割が就職、4割が大学などへの進学なので、4割が起業するというのは珍しい目標です。

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この学校を中心になってつくったのがIT企業社長の寺田親弘さんです。
もともと大手商社で働いていましたが、シリコンバレーでの勤務を経て自ら起業し、名刺情報を管理する会社を設立しました。
徳島との縁は、2010年にサテライトオフィスを作ったことで生まれました。
寺田さんは学校を作った理由は「日本の衰退を止めるには起業家の育成が大事だと考えたから」だと言います。

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学費を無償化することも特徴です。
年間200万円の学費を全額奨学金で賄うのですが、そのための基金を作りました。
100億円の基金を運用して得られる利益を奨学金にあてる仕組みです。
ソフトバンクやソニーグループなど10社が賛同して資金を拠出し、実現することになりました。

では、なぜ作る学校が高専だったのでしょうか。
寺田理事長はイノベーションを起こすためには「モノを作る力」と「コトを起こすこと」が大事だと言います。
アイデアを具体化するためにはスキルが必要で、そのためには専門的な技術を身につけられる高専が最適だと考えています。

地方にあることも起業をする上でメリットがあるといいます。

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徳島県神山町は人口約4800人の小さな町ですが、ITの先進地として知られています。
きっかけは2005年に町全体に光ファイバー網を敷いたことでした。
地方にありながら通信環境が良いと話題になり、今ではIT企業など15社がサテライトオフィスを置いています。その第1号が寺田さんの会社でした。

寺田さんは「都会に人材や情報が集まっているというのは“錯覚”だ。起業に必要な何かを見いだすのは地方の方が向いている」と強調していました。

第1期生の入学試験には399人が挑み、44人が合格しました。倍率は9倍で海外からも受験した人がいたそうです。

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徳島県阿南市で祖母の介護を手伝っている武田璃香さん(中学3年生)は「寝たきりの人の未来を変えるため起業したい。高専でどれだけスキルを身につけられるか楽しみだ」と入学を心待ちにしていました。

【すでに起業家を生み出している高専も】

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香川高等専門学校詫間キャンパス(香川県三豊市)はこれまでに4人の起業家を生み出しました。
そのうちの1人が専攻科2年生の武智大河さんです。
もともとロボコンをやりたくて高専に入り、産業用ロボットなどを作ってきましたが、2020年に自分の会社を立ち上げました。

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開発したのが鉄塔の高圧線を点検するためのロボットです。
リモコンで遠隔操作できるため、人が高い場所に上らなくても安全に点検することができます。
送電線を挟むローラーは3Dプリンターでつくり、前方に取り付けた3台のカメラで360度くまなく電線の状態を確かめることができます。

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映像データをパソコンに取り込むとAIが送電線で異常がみられる部分を自動で特定します。
これまでは人が映像をチェックして作業は丸1日かかっていましたが、これだと数時間で終わるといいます。

m230317_v6.jpg高専DCON

武智さんが起業を考えるきっかけになったのが、「DCON」という高専の学生を対象にしたコンテストに参加したことでした。
DCONとはディープラーニング・コンテストのことでAI技術を活用したものづくりでビジネスのアイデアを競う大会です。
単に技術だけではなくて、ビジネスとして成り立つかどうか事業性が評価の対象です。
武智さんのチームは2019年の大会で送電線の点検ロボットをプレゼンしたところ審査で3億円の企業評価額があるとされ準優勝しました。

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三豊AI開発 武智 大河 社長
「親もサラリーマンで当初は産業用ロボットの会社に就職したいと思っていましたが、DCONに出場したことをきっかけに起業を考えるようになりました。実際に活躍している起業家と交流するなかで、今開発している技術を実装するまで自分の手でやってみたいと思うようになりました」

【手厚いサポートがあった】
武智さんが会社を設立するまでには周りの手厚いサポートがありました。
地元の「三豊市」、香川県出身でAIの第一人者が率いる「東京大学松尾研究室」、それに「香川高専」が連携する「MAiZM」と呼ばれる枠組みです。

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具体的には、大学の研究室が学生が起業するための手続き面などを支援し、起業したあとも経営のアドバイスを行います。
自治体は取引相手になりそうな地元企業とのマッチングや、例えばドローンを飛ばすための実験場所を提供するといった環境作りでも支援しています。

【地元の起業家ネットワークも強みに】

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ことし2月、徳島市でビジネスのアイデアを競うコンテストが行われました。
ステージに立ったのは予選を勝ち抜いた高校生や大学生8人。
10代向けのフリマアプリのアイデアなどが披露され、優勝した高校生には10万円が贈られました。

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主催したのは地元の起業家でつくるグループ「徳島イノベーションベース」です。
月に1回定期的に集まりビジネスの悩みを相談したり互いに刺激を受けたりして、周りで次々と起業家が生まれる好循環になっています。
3年前に会を立ち上げてからこれまでに15人が実際に起業しました。会員数は250人まで増えています。

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徳島イノベーションベース 藤田恭嗣 代表理事

「地元の徳島に少しでも恩返しをしたい。起業家の力で地域を発展させたいとこの会をつくりました。まずは自分たちが成長することですが、これからの世代と一緒に徳島を盛り上げたい。最近は地方で仕事をしたいという都会の人たちが増えています。地方の利点を生かしで東京ではできないビジネスモデルや働き方を実現できると思います」

国は日本のスタートアップの課題として、「人材」「事業化」「資金」の3つをあげています。
人口減少が進む地方では、起業する条件がより厳しいのも事実です。
しかし、若い人の間で起業に対する意識は着実に変わってきています。
人材に関しては地方でも育成が始まり、資金面でもスタートアップ支援に力を入れる地方銀行が増えています。
「イノベーションで社会問題を解決したい」と言う若者はまさに「金の卵」です。
起業家を育てることは、地方の将来にも関わる重要なテーマになっています。


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