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関心高まる"ブルーカーボン" 脱炭素で漁業者・漁村の復活を

佐藤 庸介  解説委員

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問題となっている地球温暖化を防ぐために、海が注目されています。しかも、海を活用して温暖化対策を進めると、漁業者や沿岸地域も元気になるという新しい仕組みも生まれています。その内容について、詳しくお伝えします。

【海の二酸化炭素吸収量は多い】
海が「地球温暖化を防ぐ」と言えるのは、地球温暖化を引き起こす二酸化炭素を、海がたくさん吸収しているからです。

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吸収から排出を差し引いた炭素の量は、陸では1年におよそ19億トンの吸収。一方で海は29億トンの吸収です。二酸化炭素を吸収しているのは、森林という印象が強いかもしれませんが、規模としては海のほうが多いんです。

海はまず二酸化炭素が海水に溶けます。そのうえで、海中の植物などの生き物が水に溶けた二酸化炭素を吸収します。

このように海の生き物に取り込まれた炭素は、特別に「ブルーカーボン」と呼ばれています。今から14年前の2009年、国連の機関が初めてレポートを出して、一躍、脚光を浴びました。

【なぜ海に二酸化炭素がたまる?】
ただ、海の中はふだん見えないだけに、海の生き物に二酸化炭素がたまるというのは想像しにくいかもしれません。

そのうちの1つが、日本の周辺で多い「アマモ」です。北海道から九州まで全国の沿岸でみられます。

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アマモやコンブなどが茂る場所は「藻場(もば)」と呼ばれ、魚もたくさん住み、豊かな海になります。

日本の沿岸では、二酸化炭素を吸収する大きな役割を果たしています。

確かに一部は枯れたり、腐ったりして分解され、二酸化炭素に戻ります。ただ、いくつかの形で海にたまっていきます。

そのまま、たまっていく場合もあれば、流れて海底の深くに沈んでいくこともあります。さらにすぐには分解されないように変わった物質になって海の中に溶けてたまっていく場合もあります。

アマモやコンブなどは、ものすごく成長が早いという特徴があります。大量の二酸化炭素を吸収するので、一部は分解されるとしても、たまる分も多くなります。

【漁村の衰退で藻場が危機に】
であるならば、藻場をもっと増やせばいいのではないか、と感じると思います。ところが、日本の沿岸ではむしろ減ってしまっています。

「磯焼け」という現象が起きているからです。磯焼けは「海の砂漠化」と言われています。

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写真を見ても、アマモでいっぱいの海とは、全く様子が違うことが分かると思います。

埋め立てられて環境が変わったことや温暖化で海藻を食べるウニや魚などが増えたことなど、多くの要因が関係していると指摘されています。

藻場を守るためには、沿岸の漁業者が、ウニや魚を駆除したり、海藻を増やす活動をしたりする必要がありますが、肝心の漁村が衰退しています。

漁村に住んでいる人の数の推移です。2011年から2020年までは震災で大きな影響を受けた岩手、宮城、福島県の分は集計されていません。

2006年には248万人でしたが、おととし2021年は198万人。15年で2割減っています。高齢化の割合も40%と全国平均より10ポイント以上も高くなっています。漁村の疲弊がうかがえます。

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(2011~2020 岩手・宮城・福島の3県は除く)

さらに最近は各地で水産物がなかなか取れなくなっています。漁村が藻場を守ることはますます難しくなってきています。

【漁業者・漁村を支える新たな仕組み】
温暖化防止に向けた漁村の役割が大きくなっているにもかかわらず、漁村が衰退している現状。これに対し、ブルーカーボンで資金を得る仕組みをつくって、漁村にうまくお金を回すというアイデアが活用されてきています。

それが「カーボン・クレジット」です。新たに二酸化炭素を吸収できた場合、その分を売って、お金を得ることができる仕組みです。

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たとえば、団体などが新たな事業で、一定の二酸化炭素を吸収します。

一方で、どうしても二酸化炭素の排出を減らせない企業などがいます。吸収した側から、その分を「クレジット」として買って埋め合わせ、自分が減らせない分の二酸化炭素を減らしたことにします。

この仕組み、日本では、国が認証する「J―クレジット」という制度があります。

一方、国の制度によらず、民間事業者どうしが自主的に取り引きすることも可能です。ブルーカーボンについては、3年前、国土交通大臣の認可を受けた「ジャパンブルーエコノミー技術研究組合」という法人が独自のクレジットを認証しています。

今年度認証されたのは、あわせて21のプロジェクトで、二酸化炭素、3733トン分のクレジットです。このうち8つが実際に売買されました。

【山口県周南市では】
仕組みだけではなかなか分かりにくいと思いますので、山口県周南市のプロジェクトを紹介しましょう。

ここでは、5年前の2018年、地元の漁業者と住民でつくる団体が、埋め立てで新たにできた人工の干潟でアサリを育てる活動を始めました。しかし、うまく育たず、資金不足に陥ってしまいました。

そんなときにクレジットの仕組みを知りました。活動を通じて水質が良くなり、写真のようにアマモなどが増えたとして市や漁協とともに申請したところ、認定されました。

2022年度、認定されたクレジットは32.4トン。売り出した結果、あわせて17の企業や団体に売れたということです。得た金額は公表されていませんが、干潟を守る活動やカキの養殖に向けた準備のために充てるということです。

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売る側は資金だけでなく、活動をPRする効果もあります。一方、買う側は、二酸化炭素の排出削減に加えて、環境や地域への貢献を訴えられるメリットもあります。

【ブルーカーボン 吸収を増やすには】
この仕組み、あくまで民間の資金で、補助金に頼っていないことは価値があると思います。

それでも、まだ評価が定まっていない面があります。

まず、日本では海の吸収の規模がさほど大きくないことです。

日本で海が吸収する二酸化炭素の量は、年間およそ130万トンから400万トンと推定されています。これは日本全体の2~6%にとどまっています。日本は長い海岸線を誇りますが、藻場が豊富な海岸の干拓や埋め立てを進めた結果、吸収量が減少してしまいました。

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今は森林が主力の吸収源です。しかし、森林は少しずつ年を取っていて、将来的に吸収量が減ると見込まれています。

さきほど紹介したように、アマモやコンブなどの藻場を今一度、再生させ、海が吸収する分を増やさなくてはなりません。

また、規模を拡大するには、クレジット以外の工夫も要ります。

認定している法人によりますと、今年度、取り引きされたブルーカーボンのクレジットの金額は、平均で1トンあたりおよそ7万8000円。8プロジェクトあわせておよそ1400万円でした。

1つのプロジェクトには、多くの人たちが関わることを考えると、それだけでは決して大きい金額ではありません。

作った海藻を原料にして新たなビジネスにするなど、組み合わせることが必要になりそうです。

【漁業者は「海のプロフェッショナル」に】
国は2050年までにカーボンニュートラル、温室効果ガスの排出量の実質ゼロを掲げています。それに向けて、企業なども排出を減らすのに必死ですが、ゼロにすることはとても困難です。

二酸化炭素の吸収のために、地中に埋める技術や空気中から取り込む技術の開発も進められています。ただ、これらは事業化までにかなりの時間がかかるとみられています。一方で、ブルーカーボンの吸収は実施しやすい技術です。

さらに漁業者や漁村が元気になるきっかけづくりとしても可能性があります。なかなか魚が取れなくなっていても、若手が主体になってアマモを増やす活動が進められ、活気のある地域も出てきています。

クレジットを認定している法人の桑江朝比呂 理事長は「将来的に漁業者は、海のプロフェッショナル、『海師』(うみし)と言われる時代が来るのではないか」と話しています。

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魚を取るだけでなく、海の環境を守ることも立派な仕事になるという意味です。拡大にはまだまだハードルは残っていますが、近い将来、海を守る活動が多面的に評価されるようになってほしいと思います。


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