NHK 解説委員室

これまでの解説記事

「ひかり拓本」で石碑解読 防災に活用

高橋 俊雄  解説委員

各地に残されている石碑に刻まれた文章を「ひかり拓本」と呼ばれる技術で解読し、防災につなげようという取り組みが広がりを見せています。

m230310_002.jpg

■「ひかり拓本」で読み解く地震被害
防災について考えるとき、その地域で過去にどんな災害が起きたか、まずは歴史を知ることが大切です。その際に役立つのが、「石碑」に刻まれた記録です。

m230310_005.jpg

例えば岩手県宮古市にある石碑には、「ここより下に家を建てるな」と記されています。明治と昭和、2回の津波を踏まえた非常に強いメッセージです。
こうした石碑は「自然災害伝承碑」として、4年前に地図記号にもなっています。

このように、各地に残る石碑の中には地域の防災について考えるうえで重要な情報が含まれているものがあるのですが、劣化や風化によって読みにくくなってしまったものも少なくありません。
そこで登場したのが、奈良文化財研究所などが開発した「ひかり拓本」と呼ばれる新たな技術。現物に手を加えることなく、画像処理によって、かなりはっきりと読み取ることができるようになります。

m230310_006.jpg

m230310_009.jpg

宮崎県延岡市に残されている石碑を「ひかり拓本」で読み解くと、真ん中あたりに「宝永大地震」の文字。この石碑は江戸時代の川の改修の記念碑で、災害とは無関係かと思いきや、西暦1707年に起きた南海トラフ巨大地震、宝永地震についての記述があることが分かりました。
石碑は河口から2.5キロほど離れた場所にありますが、碑文を読み進めると、津波が川をさかのぼってこのあたりも水につかり、土地が荒れて作物の種が失われたと、被害の具体的な様子が記されていました。

■画像処理で「影」だけを合成

m230310_010.jpg

拓本は、表面に置いた紙の上に墨を乗せ、くぼんだ部分を浮かび上がらせる方法などがありますが、「ひかり拓本」はまったく違います。

m230310_016.jpg

使うのはカメラとライト。カメラを正面に固定し、さまざまな角度から光を当てます。
光の当て方を変えると、刻まれた文字の「影」の部分も変わります。
異なる影の形を次々と撮影したうえで、画像処理によって重ね合わせます。
この画像処理が「ひかり拓本」独自の技術で、汚れや風化によって、肉眼や従来の拓本では読めなくなっていた文字でも、読み取りやすくなるのです。
撮影枚数は状況によって異なりますが、条件がよければ、6、7枚で済むということです。

■防災学習に活用 小学生が体験

m230310_0.jpg

「ひかり拓本」を開発したのは、奈良文化財研究所の上椙英之さん。2016年に、影の部分だけを重ね合わせる画像処理の方法を確立しました。
その後各地を回り、地域の歴史研究者などとともに石碑の文章の解読を進めています。
これまでにおよそ800の石碑を調査したということです。

上椙さんが調査とともに力を入れているのが、地域の防災学習です。
今月4日には高知県室戸市を訪れて、海洋研究開発機構が主催した催しに参加し、小学生に「ひかり拓本」の作り方を教えました。

m230310_01.jpg

参加した6人の児童は上椙さんの手ほどきを受けながら、昭和9年の室戸台風による甚大な被害の様子が記された2つの石碑を撮影して、拓本を作りました。
出来は上々で、1つはかなり大きな石碑でしたが、上のほうまでしっかりと文字を読み取ることができました。
この日はさらに、自分たちの住むまちが地震や台風による被害を受けたとき、後世に伝えるためにどんな石碑を建てるか、グループで話し合って発表しました。

また、徳島県美波町の小学校では去年12月、4年生から6年生の児童が「ひかり拓本」を作ったあと、文章の解読にも挑戦しました。
この地域は、南海トラフを震源とする地震による津波被害をたびたび受けてきました。児童たちはこのあと、昭和21年に起きた「昭和南海地震」を体験した人から話を聞いたということです。

普及の対象は、子どもだけではありません。
東日本大震災の被災地、宮城県石巻市の博物館で開かれている展示会では、「板碑」と呼ばれる供養塔を紹介する中に、「ひかり拓本」の体験コーナーが設けられています。

m230310_02.jpg

先月には上椙さんも参加してワークショップが開かれ、およそ60人が拓本づくりに挑戦したということです。

実際の避難に役立てもらおうという取り組みも始まっています。

m230310_019.jpg

福岡県うきは市では、「石碑から学ぶ防災」と題したパンフレットを市などが作成し、全世帯に配布しました。
新たに解読した碑文をハザードマップと組み合わせて紹介し、江戸時代の水害や昭和21年の土石流など、この地域でこれまでに起きた災害の実像を詳しく知ることができます。
上椙さんは「地域の人たちが自分たちの手で石碑を読んで、そこに書かれている教訓を生かして自分たちの防災につなげる。そういう取り組みを全国各地で行いたいと思っています」と話しています。

■アプリを開発 さらなる普及目指す
ひかり拓本は次の段階に進もうとしています。さらに多くの人に使ってもらうための、アプリの開発です。

m230310_027.jpg

奈良文化財研究所と文化財活用センターが去年10月からクラウドファンディングを呼びかけたところ、2か月間で目標の1.7倍にあたる653万円が集まりました。
この資金をもとに開発を進め、来月公開する予定です。
スマートフォンやタブレット端末にこのアプリを入れることで、撮影した画像をそのまま画像処理して「ひかり拓本」を作ることができます。
スマホを固定する三脚と、石碑に光を当てるライトは必要ですが、撮影と画像処理が1台で完結して、すぐに出来栄えを確認することができるので、効率よく拓本をとることができます。

アプリを公開することで、一部の研究者だけでなく、多くの人が自分たちの手で「ひかり拓本」を作ることができるようになります。
各地の石碑の「ひかり拓本」がどんどん増えていくことも期待できるので、奈良文化財研究所などは、画像を登録して共有できる仕組みづくりを進めたいとしています。
また、タブレット端末と三脚、ライトをセットにして教育現場に貸し出すことも予定しています。

このひかり拓本、「読めないものが読めるようになる」だけでなく、「読めたものをもとに防災について考える」ことができるようになる点が、大きな特徴です。
石碑は身近にあるため気に留められないことが多いかもしれませんが、重要な情報や教訓が記されている可能性があります。
地域や学校で活用が進み、いざという時の備えに少しでも役に立つことを期待したいと思います。


この委員の記事一覧はこちら

高橋 俊雄  解説委員

こちらもオススメ!