日本各地で木造の高層ビルが続々と登場しています。中には10階を超える建物も出てきて、林業や建設業界の中では次第に期待が高まっています。その背景と課題について、詳しくお伝えします。
【注目の背景に“環境”と“資源”】
木造の高層ビルが脚光を浴びている背景は、大きく2つ挙げられます。1つが環境対策としてのメリット、もう1つは、木は国内に資源がたくさんあることです。
高層のビルは鉄筋コンクリートや鉄骨造りがメインなのはもちろんなのですが、木造ビルも確かに増えています。
国土交通省の建築着工統計調査によると、4階建て以上の木造建築物は棟数、床面積ともに年々、増加傾向にあります。
このうち棟数では、去年は36。前年より13棟、増えています。とくに目立ってきているのが、階数が高い大型のビルです。
代表的なのは、去年3月、大手建設会社が横浜市に建てた11階建ての木造ビルです。
注目されるのは主な構造部分にすべて木を使ったことです。それだけでなく、内装にも多くの木があしらわれています。
建てた会社によりますと、木造といっても鉄骨などほかの工法によるビルとメンテナンスの方法は変わらないということです。
ほかにも東京の銀座では、12階建てのビルが完成しています。すべてが木ではありませんが、構造部分を含めて多く使っています。また、千葉県鎌ケ谷市で建設中のマンションは2階から15階がすべて木造です。このようにいろいろなタイプの木造の高い建物が出てきています。
【地震に本当に耐えられる?】
まずは素朴な疑問として、「木」でそんなに高いビルを建てて、地震に耐えられるのかと疑問がわいてくると思います。
そこでカギとなっているのが、新たに開発された「CLT」という材料です。
CLTというのは、英語のクロス・ラミネイティッド・ティンバーの略で、日本語では「直交集成板」といいます。
上のCGにあるように繊維が直角になるよう板を重ねたものです。
木は繊維の方向には強いのですが、そうでない方向は弱い性質があります。そこで繊維の方向が直角になるよう板を重ね、強度を上げました。こうすることで、同じ重さのコンクリートや鉄より強くなるということです。
CLTを使った建物がどのくらい地震に耐えられるのか、業界団体が5階建てのビルを建て、阪神・淡路大震災と同じ揺れを再現して実験しました。その結果、倒れることなく耐えることができたということです。
【耐火性 技術開発と規制の見直し進む】
もう1つ、非常に重要なポイントが耐火性です。
もともと建築基準法では、木材は燃えやすいため、4階以上や大規模な建物に使うことが原則、禁止されていました。
しかし、2000年、法律の改正で、火に耐えられる性能を満たせば、使うことができるようになりました。
年々、部材が開発されるとともに、さらに木材が使いやすくなるよう規制の見直しも進みました。最近では大型ビルだけでなく、さまざまな建物が木造で建てられるようになっています。
【ビジネス拡大を見込んだ動きも】
建設業界では、新たな需要を見込んだ事業が活発化しています。
その1つが、5階建て程度のビルの建設です。東京の住宅メーカーが建てたモデルハウスを取材しました。
最上階の5階に上がると、壁は木がそのまま見える造りになっていました。これは「現し(あらわし)」と呼ばれています。規制の見直しとともに、技術開発が進み、可能になりました。
会社では、木造住宅と同じ技術で建てられるようになれば、地域の工務店なども参入でき、各地で採用が広がると期待しています。
住宅メーカーの宮沢俊哉社長は「コンビニ、郵便局、銀行や商店などの木造ビルが全国津々浦々に建ち並ぶ時代が遠くなく訪れる」と意気込んでいました。
【環境面のメリットはどこに】
これだけ注目されている理由が、最初に示した環境対策と資源という2つのポイントです。
まず、環境面のメリットについて、木材を使うために木を切るとむしろ「環境に悪いのではないか?」という感じがするかもしれません。
しかし、木は成長すると、あまり光合成をしなくなり、二酸化炭素を吸収する力が弱まります。成熟した木は伐採して植え替え、若い木を増やすほうが長い目で見て二酸化炭素の吸収力は大きくなります。
また、鉄などの代わりに木を使うことで、ほかの材料を作る際の二酸化炭素を減らす効果もあります。
林野庁によると、たとえば住宅を建てる際の二酸化炭素の排出量は、木造はそれ以外に比べて、床面積当たり、40%程度削減できるという試算もあります。
伐採して有効活用し、きちんと植林してまた利用できるようにすることで、脱炭素に貢献できるというわけです。
【“持て余している”国内の資源】
もう1つ、国内の森林資源が豊富だという点についてです。
国内の木材の量、正確に言うと「森林蓄積」は増え続けています。国産材として使っている分もあるので、その分を引いてもまだ、毎年、だいたい6000万㎥、増えています。これは東京ドーム、50杯近くにあたる膨大な量です。
とくに多くなったのが「人工林」。戦後、木が足りなくなった時代に一生懸命植えた結果、ちょうど利用できる時期を迎えています。にもかかわらず、増える一方の現状に専門家からは「持て余している状態」だという指摘も出ています。
木材が多く使われているのは3階以下の戸建て住宅なので、そこで使う量を増やすというのが基本ではあります。しかし、人口減少にともなって次第に需要が減っていく可能性が高くなっています。
このため、いままでになかった用途を開拓し、資源を有効に活用することが必要です。これまで、体育館などの広い建物の木造化は一定程度進んできました。それに加えて、今度はビルと期待されているわけです。
【コストという大きな課題】
一方で、克服すべき課題はまだたくさん残されています。もっとも大きい問題はコストです。
はじめに紹介した11階建てのビルは、会社によると、一般的な鉄骨造りと比較して、建てた時点で「3割から4割、コストが増えた」ということです。
その要因は材料の価格が高いことです。
木造の高層ビルの材料は、大量生産していないうえ、製造できる工場の数も少なく、材料を運ぶコストが高くついてしまうからです。
今後需要が増えれば、工場が大規模化されたり、数が増えたりして、コストが下がる。そうなると価格を安くできて、さらに需要が増加するというプラスのサイクルを回すことが必要です。
【課題解決のキーワードは「木質化」】
どうすれば解決に向かうのか。木造ビルの動向に詳しい、シンクタンク・価値総合研究所の北川哲 副主任研究員がキーワードに挙げたのが「木質化」です。
「木質化」とは、内装や外装に木を使うことです。
北川さんは「いきなり木造ビルの新築は難しくても、改修で『木質化』を進めて、テナントや入居者にアピールしていく方法は比較的、取組みやすい」と指摘しています。
そのうえで「それが評価されて賃料がアップできれば、コストの上昇分を賄うことができ、木を利用する余地が拡大していく可能性がある」と話しています。
林業や木材産業は、地方にとっても、大変大事な産業です。それだけに従来の戸建て住宅で使うことはもちろん、ビルや大規模な施設など、さまざまな建物の木造化を進めて、生産と利用の循環にうまくつなげてほしいと思います。
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