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旅客機の緊急脱出 知っておきたい心得

中村 幸司  解説委員

2023年1月7日、愛知県の中部空港で、爆破予告を受けたジェットスター・ジャパンの機体から乗客・乗員が緊急脱出しました。
爆発物は見つかりませんでしたが、脱出の際に乗客5人がけが(1人重傷、4人軽傷)をしました。
飛行機に乗る機会があると思いますが、緊急脱出について、どこまでご存じでしょうか。今回は、「旅客機の緊急脱出 知っておきたい心得」についてお伝えします。

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◇日本で起こった緊急脱出
下の表が2000年以降の国内の主な緊急脱出のケースです。

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ほとんどのケースで、けが人がでています。緊急脱出の原因は、火災や煙の発生などですが、けがをしたのは多くは脱出の時です。
旅客機には、90秒以内に全員が脱出できるようにするという国際的な基準が定められています。一刻も早く逃げることが最優先になるので、けがをする人が出てしまうことは、どうしてもあるのです。

◇緊急脱出で、けがをするケースとは
けがをするのは、多くが脱出スライドで降りたときです。

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スライドを滑り終わったところで、腰から地面に落ちて、しりもちをついたり、転んだりするケースです。この時に、背骨の圧迫骨折などの大けがをした人もいます。

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後ろから来た人が、ぶつかってきて、骨折したケースもありました。

◇けがを防ぐには、どうしたらよいか
下の画像は、航空会社の訓練施設で見せてもらった模範的な降り方です。

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非常口から脱出スライドを見下ろした画像です。やはり、高さを感じます。

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小さな子どもは、下の画像のように抱えて降ります。

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脱出スライドで、けがをしない様に滑り降りるには、姿勢が大切です。

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ひとつは、腕を前に出すことです。前に出す理由の一つは、スライドに手を着くと、やけどをすることがあるためです。足は肩幅くらいに広げます。足を閉じると、不安定になって横に倒れてしまうこともあるということです。
スピードが出すぎて、けがをすることがあります。コツは、重心を前にするよう心掛けることです。重心を前にするには、腕を前にすることがひとつ、そして着地する地点を滑り終わるまで見るようにすると重心が前になって、スピードを抑えることができます。スキーでも重心が後ろになると、スピードをコントロールできなくなることがありますが、それと同じなのだそうです。

◇緊急スライド下の援助の重要性
この姿勢は、離陸前のビデオなどでも案内されていますから、見た記憶があると思います。
ただ、頭でわかっていても、練習はできません。いざというときに実践できるかどうか、自信がないという方も少なくないと思います。

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重要なのが、スライドの下で支えたり、手助けしたりする人=「援助してくれる人」です。特に過去の重症のケースは、その多くが援助してくれる人がいなかったときに起こっています。
下の緊急脱出の一覧をみると、2007年のケースでは、けが人はいませんでした。

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このケースは、燃料が漏れて火災が起き、機体は大破しました。
火災が起こったのが、空港施設のそばだったため、地上の係員が近くにいました。その人たちが駆け付けて、スライドの下で援助をしたことが、けが人がでなかった理由の一つとされています。他にも、非常口の高さが比較的低い機体だったこともあって、円滑に脱出できたとされています。スライド下の援助が、素早い脱出や「けが人なし」につながったのです。

◇非常口座席の乗客の役割
しかし、飛行場は広いですから、地上の係員の人たちが近くにいるとは限りません。そうしたとき、大切な役目をするのが、非常口のところに座る乗客です。座ると乗務員から緊急のときには手助けをするよう求められます。

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具体的に何をするかというと、機内では、
▽非常口に乗客が殺到したときに、乗客を制止する、
▽乗務員の指示で非常口を開ける操作をすることもあります。

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▽そして、先に滑り降りて、スライドの下での援助をして、脱出時のけがのリスクを下げます。
▽他にも「機体から離れるように」という呼び掛けもします。
最近は、脱出しても、スマホで写真を撮るなどして、なかなか飛行機から離れない人がいます。それは危険です。少しでも遠くの安全なところに逃げることが大切です。

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非常口の座席の乗客は、機内の混乱を抑えることや、飛行機の外での安全の確保という役割をするのです。思っていたより責任重大と感じたかもしれません。

こうしたことを頼まれるのは、非常口の座席の人だけではありません。状況によっては、非常口のところに座っていない人でも、乗務員からスライド下の援助などを頼まれることがあるということです。したがって、上の図のような役割を理解しておくことが大切になります。

◇脱出スライド使用時の注意点
脱出スライドを使うとき、他にも注意点があります。
下の写真は、ある緊急脱出で、乗客が脱出したあとの機内の様子です。これは、良くないケースとされていますが、どこに問題があるかわかりますか?

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普通に乗客が逃げて、いなくなっているように見えます。
実は、棚が開いていて、手荷物がだいぶなくなっています。これはダメです。緊急脱出の時は、手荷物は持って出てはいけません。

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手荷物が邪魔になって脱出に時間がかかります。また、手荷物で脱出スライドに穴があいてしまう危険があります。スライドが損傷すると、あとの人が逃げられなくなってしまいます。
ただ、この注意点はなかなか徹底されません。今回(2023年1月)の緊急脱出でも、手荷物を持って出た乗客がいました。

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過去には、乗客がスーツケースをスライドに投げ出して滑らせたところ、下の人がこれにあたって、大けがをしたこともありました。
自分勝手な行動が、周りの人を危険な状況にしてしまいます。

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また、ハイヒールを履いて滑り降りてはいけません。着地のときに足をくじくおそれがありますし、高いヒールは逃げるのに不向きです。さらにハイヒールもスライドに穴をあける危険がありますので、脱いでください。両手に持って滑るのも、いけません。

◇着水時の緊急脱出の注意点
滑り台のようになる脱出スライドは、海などに着水したとき、水の上では浮いてボートになります。

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その時は、ライフベストを着けます。

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(航空会社の訓練施設で撮影)

上の写真は、ライフベストを膨らませたところです。
ライフベストの使い方にも注意点があります。「機内では、膨らませないように」という注意を聞いたことあると思います。これは、膨らませると動きにくくなることが一つの理由ですが、これが命に関わることになりかねないのです。

◇ライフベストの使い方と注意点
ライフベストを機内で膨らませると、具体的にどのような危険があるのでしょうか。
ひとつは、機内に取り残される危険があります。

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着水したとき、上の図の右の人のように、機体の外で膨らませれば、浮いて救助を待つことができます。

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着水では、機体が損傷して、浸水が急に進むことがあります。機内で膨らませてしまうと、非常口から出る前にライフベストで体が浮いて、潜ることが難しくなります。機内に取り残されてしまうことがあるのです。

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他にも危険があります。機種によっては、主翼のところの座席の横に、上図の右の写真のような非常口があります。
状況によっては、ここから逃げることがあります。この写真は、ボーイング737-800型です。翼のところの非常口は通常のドアより小さいので、機外に脱出するとき、膨らませたライフベストが、より邪魔になって逃げるのに時間がかかってしまうことがあります。

「早めに膨らませた方が安心できる」と考えるかもしれませんが、機内でライフベストを膨らませることには、上記のような危険があります。乗務員の指示で、非常口から外に出るときに膨らませることが大切です。

ライフベストには、種類があります。

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 (航空会社の訓練施設で撮影)

上の写真の左は、膨らむ部分が2重になったものです。右のタイプに比べて膨らみ方が大きく、首が固定された感じになります。下を向いても、足元はほとんど見えず、非常に動きにくくなります。
いずれのタイプでも、すばやく動けるように機内では膨らませないようにしてください。

緊急脱出の時、どうしたらいいのか、なんとなく知っていたかも知れませんが、ひとつひとつが、自分や機内の乗客・乗員全員の安全を守るために大切です。是非、一度確認して、万が一の時に備えてください。


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