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また生乳廃棄の可能性?年末年始に余る背景は かつてのバター不足も関係が

佐藤 庸介  解説委員

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牛乳や乳製品のもととなる「生乳」。去年は業界団体が「年末年始に5000トンの生乳が廃棄される可能性がある」と明らかにして、全国的に消費を拡大させようという動きが広がりました。ことしも、その傾向が依然として続いています。どうしてそんなことになっているのか、背景をひも解きます。

【難しい需要と供給の調整】
余っているなら、まず、値段を下げて消費を増やすということはできないのかと思います。しかし、牛乳や乳製品のような一般的な食料品は価格が下がったからといって大幅に消費は増えるものではないということです。なにより生産コストを回収できなければ、酪農家は経営を存続できません。

そもそもの問題として生乳は、「需要と供給を合わせるというのはすごく難しい」ということがあります。

需要は天候や社会状況などによって大きく変わります。一方で、供給面では、あくまで生きている牛から搾られる生乳によるので、すぐに減らしたり増やしたりはできません。

その差を埋めるためにいろいろな工夫が取り入れられてきましたが、それでも埋まらなくなってきているというのが現状です。

その中でも、短期的な背景と中長期的な背景の2つに分けて紹介したいと思います。

【年末年始は余りやすい】
まず短期的な背景についてです。どうしても酪農の特性上、年末年始は余りやすい時期だということです。

こちらは1年を通じて、1日あたりの平均でどのくらいの牛乳が消費されたかを示すグラフです。乳製品向けの生乳生産が多い北海道は除いてあります。

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学校が長い期間の休みに入って、給食向けの消費が減る時期、大幅に消費が落ち込んでいます。給食がある日には、牛乳のおよそ20%が給食用として出荷されているため、給食がなくなる日には落ち込むことになります。

長期休暇のうち、夏休みも消費量は減りますが、暑いのでベースが高い時期です。ところが冬は寒くて飲む量が減るため、年末年始を含む冬休みの消費量はもっとも少なくなります。さらに年末年始は休業するスーパーが多いことも減る要因です。

もう1つ、余る理由があります。生産の問題です。生産は夏が少なくて冬が多くなります。乳牛は暑い夏が苦手。冬のほうが元気になって、生乳の生産が増えるからです。

年末年始は消費が大きく落ち込むうえに生産は増えるので、結果的に年末年始は1年で生産量と消費量の差がいちばん開く、つまり余りやすいということになります。

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需要と供給のギャップが問題となる状況で、業界団体の「Jミルク」は12月16日、題して「土日ミルク」という新たなキャンペーンを発表しました。

「牛乳は栄養価が高い」という情報を積極的に発信して、給食がない土日に子どもたちにたくさん飲んでもらい、ギャップも埋めたい考えです。

【実はバター不足、コロナも影響】
年末年始に余りやすいというのは毎年のことではないのかと、思う方もいらっしゃるでしょう。

ただ、例年は年末年始といっても、もっと余裕をもってやりくりしています。それほど最近の余り方は深刻です。

これには「中長期的な背景」があります。供給と需要、両面で見ていきましょう。まず、供給です。

これは年ごとの生乳生産量のグラフです。生乳の生産量は、2014年ごろまではほぼ一貫して減少傾向にありました。生産コストの上昇などで酪農家の経営が厳しく、離農が進みました。

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この2014年、15年ころに問題となったのがバター不足です。バターがスーパーの棚からなくなり、大きな問題になりました。

農林水産省は生産の拡大を促すため、2015年から酪農家が機械や施設に投資を行う際に最大で半分を補助する大規模な事業を始めました。それも功を奏し、生産量は2019年ごろから急速に伸びていきました。

ところが生産が上向き始めた矢先に起こったのが新型コロナの拡大でした。行動制限や外国人観光客の減少で、牛乳や乳製品の消費は大幅に落ち込みました。消費の減少は、乳製品の在庫急増を引き起こしました。

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【脱脂粉乳の過剰在庫に苦しむ】
生乳は「生もの」で長期間保存できないため、需要と供給のギャップが生まれた場合、保存が利く脱脂粉乳やバターに加工して、在庫として調整するからです。

コロナの影響で、とくに脱脂粉乳の在庫が積みあがりました。2021年3月末には9万8000トンに上り、過去最高水準になりました。

在庫は乳業メーカーの経営を圧迫し、あまりに多くなると安定して生乳を買ってもらえなくなります。そこで生産者はメーカーともに資金を出し、価格が安い輸入品や家畜のエサの代わりに脱脂粉乳を使ってもらう対策を行いました。それでも在庫は十分減らず、「同じことを繰り返してもらちが明かない」と業界関係者は焦りを募らせていました。

【ついに減産に踏み切ることに】
そこで最後の手段として、生産量を減らすことにしました。

生産者団体によりますと、団体が販売した生乳の量は、11月、前の年の同じ月より3.7%減りました。それまでの大幅な増産から打って変わって4か月連続の減少となります。特に全国の半分以上を占める北海道で、生産に急ブレーキをかけました。

時間をかけて増やしてきたのに、泣く泣く生産量を減らすことになったというわけです。それを迅速に実現する手段は、牛の数を減らすことです。

このため農林水産省は、来年3月から9月までの間、酪農家が牛を減らした場合、1頭あたり15万円を補助するなど、過剰を解消する対策として、来年度、総額128億円を計上しました。

【酪農家は苦境に直面】
急に生産量を減らすことになり、酪農家は大きな影響を受けています。

言うまでもなく、酪農家のメインの収入は生乳を販売して得ます。売り上げが減るわけですから、経営に直接影響します。とくに牛舎や搾乳の機械など大型の投資をした酪農家は、借金を返済するために売り上げを伸ばしたいところが多く、打撃になります。

さらに酪農家の生産コストは、エサとなる穀物価格、電気料金や資材の値上がりなどで膨らんでいます。酪農専業地域にある農協の組合長に聞きますと、酪農家の実に9割が赤字に陥っているということです。

【またもバター不足が到来?】
専門家からは今後、消費者への影響も避けられないという見方が出ています。近い将来、今度は「乳製品が足りなくなるという可能性がある」ということです。

実は生乳の深刻な過剰は、今から16年前、2006年にも起こり、この年、廃棄を余儀なくされました。このときも生産に急ブレーキをかけました。

その数年後、2010年ごろからは需要が供給を上回る時期もあり、その後のバター不足につながりました。

酪農政策に詳しい日本農業研究所の矢坂雅充 研究員は「酪農家の乳牛が今後、大幅に減り、3年ほど後に一挙に不足する可能性がある」と警鐘を鳴らしています。

そのうえで「今のうちに脱脂粉乳やバターの生産以外にも、調整する仕組みを考えておかなければ、また足りなくなったり、余ったりする事態で混乱を招く」と指摘しています。

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たとえば一定程度保存が利くチーズや、長期保存できるように特別に加工されたヨーグルトなどの乳製品について、生産を促す対策を講じることが考えられます。

「生乳が余っている」ことに関心が集まっているのをきっかけにして、消費者が牛乳や乳製品を欲しい時に手に入れられる状況を維持するためには、どのような仕組みが良いのか、みんなで広く議論することが必要ではないでしょうか。


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