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河川防災「地域の守り手」を守る

古川 憲洋  解説委員

大雨の際、浸水から地域を守るために重要な作業を担っている住民の人たちがいます。こうした「地域の守り手」の安全確保について、福岡放送局の古川憲洋解説委員です。

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【「排水機場」の操作員】
災害が迫った時には多くの防災関係者が活動しますが、今回着目する「地域の守り手」は河川にある「排水機場」を操作する人たちです。
排水機場は大雨の時に浸水を防ぐための施設で、国土交通省や都道府県が管理するものだけでも全国に860余りあります。

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その仕組みですが、まず、大雨で本流の水位が高くなった場合、支流に水が逆流してしまうため水門を閉めて逆流を防ぎます。すると今度は支流の水が行き場を失ってあふれてしまいます。そのため排水機場のポンプで支流の水をくみ上げて本流に排水し、あふれるのを防ぐというものです。基本的にふだんは無人で大雨の時に人が出向いてポンプを動かしますが、この重要な操作を担っているのが地域の住民というケースがあります。

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【なぜ住民に委託?】
排水機場の操作は、管理者である国土交通省や都道府県が市町村に操作を委託し、市町村がさらに地元の住民に委託するパターンが多くあります。
住民への委託が多い理由は「すぐに駆けつけられること」が操作員の条件だからです。到着が遅くなり操作が遅れると住宅や農地が浸水してしまいます。また、民間業者に委託しようとしても、梅雨や台風など雨の多い時期だけの仕事なので採算面から引き受ける業者の確保が難しい地域もあるそうです。

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【操作員の高齢化進む】
操作員を会社勤めの人が担うのは簡単ではなく、定年退職した人や農家の人が多くなっています。高齢化も進んでいて年代別では60代が33%、70代以上が14%と合計で全体の半数近くを占めています。国土交通省では今後さらに高齢化が進むと想定しています。

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      佐賀県小城市 牛津江排水機場 

【危険と隣り合わせ 死亡事故も】
そして、時には危険と隣り合わせの作業となります。2021年8月、佐賀県小城市にある牛津江排水機場で、当時75歳の操作員の男性が機械に巻き込まれて亡くなりました。
対応していたのは70代の住民3人。長雨のため連日泊まり込みで操作にあたっていましたが、風呂や食事のため交代で家に帰り、男性が1人で排水機場に残っていた時に事故が起きました。ポンプにゴミが入らないように取り除く機械「除塵機(じょじんき)」に挟まれた状態で見つかったということです。
目撃者はおらず、事故の詳しい原因はわかっていませんが、地域を水害から守ろうという使命感のもと4日間にわたって対応していた中での事故でした。

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【長時間の操作 大きな負担】
排水機場では、川の水位など状況に応じてポンプを動かしたり止めたりする必要があり、長雨が続くと雨が峠を越えるまで誰かが居続けなりません。また、一部の施設では待機部屋がないため乗ってきた軽トラックの車内で待機したり、除塵機がないため川に身を乗り出すようにして流れてきたゴミを手作業で回収したりするケースもあるということです。

操作員が感じている課題を尋ねるため、NHK佐賀放送局では佐賀県内の排水機場の操作員402人を対象にアンケートを行い156人から回答を得ました。その結果、多く挙げられたのが「長時間の拘束による疲労」や「除塵機に関する作業の危険性」などでした。事故のあと、国土交通省は安全マニュアルの作成などを行いましたが、危険と隣り合わせという課題の解消には至っていません。

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【多数存在する樋門・樋管】
地域の住民が操作を担っている河川施設は排水機場だけにとどまりません。それが「樋門」や「樋管」と呼ばれる施設です。水路などが川に合流するところにあり、国が管理するものが約8400、都道府県管理のものは約1万9000あります。
大雨の時には、操作を委託された住民が樋門まで来て門を閉める必要があるのですが、吹きさらしの状態の樋門もあり、夜間激しい雷雨の中や台風が接近する中で作業に恐怖を感じると話す人もいます。

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【排水機場や樋門の遠隔化は道半ば】
施設の遠隔化も進められてはいるものの、国が管理する施設のうち遠隔操作できる排水機場は約42%と半数以下です。樋門や樋管などは約11%しか遠隔で操作できません。国は5か年で遠隔化を加速させる計画ですが、令和7年度の時点でも双方あわせた遠隔化目標は40%にとどまります。

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遠隔化実証実験中の樋門(福岡県直方市)

【遠隔化システム 独自に開発する自治体も】
できるだけ低コストで遠隔化を実現しようと取り組んでいるのが福岡県の遠賀川流域にある直方市です。市内54の樋門などの操作を住民が担っていて平均年齢は69歳、最高齢は89歳で後継者不足が深刻です。

直方市は、負担軽減と担い手問題の解決につなげようと2年前から樋門を遠隔で監視・操作するシステムの開発に取り組んでいます。産業用コンピューターを得意とする地元企業や福岡県内の大学と協力して進めていて、ことし9月に台風が接近した際に行った実証実験では遠隔で順調にゲートを動かすことができました。

開発の主なポイントは①既存の施設に比較的簡単に取り付けが可能なこと②安価な水位センサーなどの開発によってコストを抑えることです。信頼性の確保など乗り越えなければならないハードルはありますが、実用化にこぎつけ、同じ課題で悩む他の地域を含めて導入することが目標です。

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【操作員の安全確保する仕組みづくりを】
遠隔化の取り組みはあるものの、全国すべての施設が遠隔化される見通しはたっていません。一方で安全対策は待ったなしで、専門家は操作員の安全を確保する仕組みを整える必要があると訴えます。

東京大学大学院の松尾一郎客員教授が提唱するのは大きく2つ。
①操作員の行動計画=「タイムライン」の作成。
危険が迫った場合は、操作員も逃げることをルール化することや、逃げるタイミングの基準など決めておくというものです。
②「水防専門員制度(仮称)」の創設。
消防団は非常勤特別職の地方公務員として処遇が明確化されています。排水機場などの操作員にはこうした制度はありません。消防団のように位置づけを明確化し、補償や待遇面の改善、担い手の確保につなげることを提唱しています。

その上で、行政や自治会・地域住民・事業者などが互いの役割を共有し、協働して防災行動をとる態勢を整えていく必要があると指摘します。

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河川に設置された樋管 大雨時は手作業でゲートを閉める

操作員の人に話を聞くと「自分たちが大雨の中で作業をしていることが、地域のほかの住民にはあまり知られていない」という声が聞かれます。
まずはこうした「守り手」の存在を知り、地域の課題として捉えることが欠かせないと思います。


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