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命を守るために 土石流の脅威と避難の課題

二宮 徹  解説委員

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今月3日、静岡県熱海市の伊豆山地区で発生した土石流。現場では懸命の捜索活動が続いていますが、まだ多くの安否不明者がいて、心配な状況です。土石流の恐ろしさや避難の課題について、災害担当の二宮解説委員。

<土石流の脅威>
ニュースでも放送しましたが、ツイッターに投稿された今回の土石流の映像を見て驚きました。土石流をこれほどはっきりと捉えた映像は見たことがありませんでした。突然、斜面を黒い塊が押し寄せてきて、いくつもの住宅を飲み込んでいきました。すごいスピードで、あっという間に住宅がバラバラに砕けてしまうほどの威力。あらためて土石流の恐ろしさを思い知りました。

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土石流は、崖崩れや地すべりなどの土砂災害の一つです。山の斜面が崩れ、その土砂や岩石が水と一緒になって、一気に流れ下ります。昔から「山津波」と呼ばれ、恐れられてきました。地域によっては龍や蛇に例えながら、その被害や脅威を伝えてきました。スピードや威力は、傾斜や地形、水の割合などで変わりますが、時速数十キロと自動車並みで、気付いてから逃げても間に合わないことが多い災害です。しかも、繰り返し起きることもあります。捜索活動が続く現場では、少しの雨でも再び発生するおそれがあるので、二次災害に警戒が必要です。

<長雨で記録的雨量に>
土石流の原因はやはり大雨でしょうか。崩落した上流部分にあった盛り土との関連も指摘されていますが、引きがねになったのは記録的な大雨と見られます。ただ、大雨と言っても、今回、熱海市では激しい雨はほとんど降っていなかったのです。

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このグラフは、発生場所から10キロほど南の熱海市網代にある気象庁の観測点の雨量です。30日夜から降り始めた雨は、1日、2日とやや強くなったり、弱まったりしながら降り続きました。土石流が発生したのは、3日土曜日の午前10時半ごろと見られていて、直前に1時間27ミリを観測しましたが、1時間30ミリ以上の「激しい雨」は一度も降っていません。
どしゃぶりが続くという天気ではなく、長く降り続いたことで、降り始めから土石流発生直前の10時までの雨量は375ミリと、平年の7月1か月の雨量の1.5倍を超えていました。しかも、3日午後までの48時間の雨量が7月の観測史上最多を更新するほどの記録的な大雨でした。長く降り続き、土の中に水分がどんどんたまっていく「長雨蓄積型」だったのです。

<熱海市は避難指示を出さなかった>
住民は「梅雨だから雨が続いているな」と思って、土石流の危険を感じていた人は少なかったのではと思いますが、避難指示は出ていませんでした。

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今回出された気象や避難の情報を時系列で振り返ります。
気象庁が大雨警報を出したのは2日の朝6時半です。熱海市はその後、午前10時に「高齢者等避難」を発表しました。これは5段階ある警戒レベルで3の情報です。そして、2日の昼、気象台と県が警戒レベル4に相当する土砂災害警戒情報を発表しました。しかし、熱海市は、同じレベル4の避難指示を出さなかったのです。
結局、熱海市は、土石流が発生した後の午前11時5分、レベル4の避難指示を飛ばして、レベル5の「緊急安全確保」を市内全域に発表しました。
避難指示を出すかどうかについては、激しい雨が降らず、弱まった時間もある中で、判断やタイミングが難しかったかもしれません。しかし、1日と2日の2日間だけで、平年の7月1か月分を超えていたのですから、私は出さない方がおかしい、遅くとも3日の朝には出すべきだったと思います。

<土砂災害警戒情報と避難指示の課題>
今回、土砂災害警戒情報も、記録的な雨量も、避難指示につながりませんでしたが、避難指示など避難の情報は市区町村が出すことになっているので、その責任があります。ただ、ほかの自治体の中にも、土砂災害警戒情報ですぐに避難情報に出すことに躊躇することがあります。

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土砂災害警戒情報は、出されても崖崩れや土石流が起きない、つまり「空振り」が多い情報なのです。がけ崩れが起きても住宅も道路もない山の中だと被害がなく、災害にならないということもあります。つまり、情報が何度も出る割に、人や建物に被害が出る土砂災害はあまり起きないという中で、むやみに出すと、誰も信じなくなる、逃げなくなるという、いわゆる「オオカミ少年」の心配があるのです。
一方で、今回の熱海市のように避難指示を出さずに災害が起きる、つまり「見逃し」をした場合、被害は深刻になります。このため、国も、自治体に対して、土砂災害警戒情報を避難指示の目安にするよう求めています。
自治体は、命の危険がある場合は「空振り」になってもいいので、避難指示を出してほしいと思います。

<「見逃し」を防ぐには?>
「見逃し」や情報発信の遅れを防ごうとする自治体の取り組みを紹介します。
横浜市は、「即時避難指示対象区域」を決めています。これは、土砂災害警戒情報の発表と同時に避難指示を出す区域で、対象となる住民には事前に伝えてあります。「空振り」は覚悟の上です。

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今回の大雨でも、土砂災害警戒情報が出ると、すぐに避難指示の一斉メールが送られました。ほかにも、同じように土砂災害警戒情報と避難指示を直結して発表する市町村があります。
ただ、雨の降り方などによっては、避難指示どころか、その目安の「土砂災害警戒情報」ですら間に合わないケースもあります。その場合、いつ、どこに避難するかなど、自分で状況を見極めて、判断しなければなりません。

<自宅の危険 ハザードマップで確認を>
それには、まず自宅にどんな危険があるかを知っておくことが大切です。市区町村などが配布、またはホームページで公開しているハザードマップで確認できます。
こちらは国土交通省の「重ねるハザードマップ」です。

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熱海市伊豆山地区の「土石流警戒区域」を見てみると、黄色示された警戒区域が広がっています。今回の土石流も危険性が示されていました。このサイトでは、津波や洪水、高潮など、他の災害の危険性もわかります。

<早く適切な情報発信 早めの避難を>
ハザードマップで、自宅や実家、子どもの通学路などの危険性を確認してください。増水する様子が見た目や水位でわかる川の氾濫と違って、土砂災害は危険が土の中に潜んでいて見えにくいうえ、今回の熱海の土石流のように、起きると瞬時に多くの命に関わります。
大雨や台風のシーズンは始まったばかりです。各地の自治体は、早く適切に避難情報を発表することが求められます。そして、住民も、雨の降り方や気象・避難の情報に気を付けて、早めに避難してほしいと思います。

(二宮 徹 解説委員)


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