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アメリカで承認 アルツハイマー病の薬

矢島 ゆき子  解説委員

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6月、アルツハイマー病の薬・アデュカヌマブがアメリカで条件つきで承認されました。どんな薬なのか、ご紹介します。

◆アルツハイマー病の新薬

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6月16日、70歳の患者さんが、世界で初めてアデュカヌマブの点滴投与を受けました。この薬は、日本でも、去年、12月に承認申請されています。アルツハイマー病は、認知症になる病気です。認知症の原因になる病気は様々ですが日本では認知症の6割以上をアルツハイマー病がしめるともいわれ、患者数は300万人以上いると推定されています。社会が高齢化している今、アルツハイマー病になるとご本人も大変ですが、介護の面でも、ご家族・社会の負担が増えていて、治療薬が待ち望まれている中での承認となりました。

◆これまでのアルツハイマー病の薬との違いは?

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今、日本で使われている薬は、症状を一時的に軽くする薬です。私たちの脳の中にはたくさんの神経細胞があり、神経細胞から神経細胞へと神経伝達物質で情報が伝えられています。アルツハイマー病の場合、ある神経伝達物質が少なくなるので、それを補う薬などが今、使われています。ただ、アルツハイマー病は病気の進行とともに神経細胞が死んでいく病気です。これまでの薬では神経細胞が死ぬのを防ぐことはできませんでした。
それに対し、アデュカヌマブは、病気の進行を抑えるのではと期待されています。アルツハイマー病の原因は、「アミロイドβ」と呼ばれる脳にたまる異常なたんぱく質だと考えられています。薬が体の中に入ると、一部が脳の中まで届き、アミロイドβにくっつき、アミロイドβが取り除かれ、その結果、神経細胞が死ぬのを防ぐことができると考えられているのです。ただ、アルツハイマー病であれば誰でも使えるわけではありません。

◆アルツハイマー病の脳の中では何が起こっている?

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脳の断面の画像をみてみます。赤い部分はアミロイドβの蓄積が多く、青は少ない状態です。健常の脳と比べるとアルツハイマー病の脳ではアミロイドβが多いことがわかります。また、まだ認知症ではないけれど健常でもない、軽度認知障害でも、アミロイドβがたまっていることがわかります。軽度認知障害は、もの忘れなどの記憶障害はあるが、まだ日常生活には支障がない状態で、進行すると、基本的に、認知機能が低下し、認知症になり日常生活に支障が出てくると言われています。

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こちらは遺伝的にアルツハイマー病になる家系でわかった病気の進行をまとめたデータです。横軸が時間の流れ。認知症を発症した時点より前が軽度認知障害。発症する20年以上前からアミロイドβが増えている一方で、脳の神経細胞の働きが下がっていて、認知症になる20年以上前から、脳の中で変化が起こっていることがわかります。

実は、アミロイドβなどをターゲットにしたアルツハイマー病の新薬の開発はことごとく失敗してきました。それは病気がある程度進んだ段階で臨床試験をしていたからだといわれています。病気が進行するほど神経細胞がたくさんこわれますが、一度、こわれた神経細胞は薬では元に戻せません。つまり、まだたくさんの神経細胞が残っている早い段階で治療を始める必要があるかもしれないということがわかってきたんです。アデュカヌマブでも同様のことが考えられました。

◆薬の効果は?副作用は?

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アデュカヌマブの効果を確かめるため、日本を含めた世界20カ国で、2つの臨床試験が同じようなやり方でほとんど同じ時期に行われました。対象は軽度認知障害、軽症の認知症の人たちです。月1回点滴で18か月後の効果をみたところ、アミロイドβは、1つの試験では71%減少、もう一つの試験では59%減少していることが確認されました。ところが、臨床試験でポイントとなる認知機能低下については、1つの試験ではが22%抑制されましたが、もう一つの試験では、同じようなやり方だったのに、効果が検出されませんでした。
この結果をどう評価するか、アメリカでは様々な意見があり、アメリカの食品医薬品局(FDA)の外部諮問委員会が承認に否定的な結論をまとめたりしています。最終的には、「迅速承認」という仕組みで条件つきで承認されました。アルツハイマー病は、病気を原因から治す薬がないという現状、2つの臨床試験ではアミロイドβの減少が確認されこと、また1つの試験だけですが、認知機能低下が抑制されるという結果がでていたこと。これらのことから、とりあえず迅速承認で、患者さんが薬を使えるようにしたのです。ただし、承認後、追加で臨床試験をし、効果を確認するという条件がついたのです。追加の臨床試験で効果がないという結果になった場合は、承認が取り消される可能性もあるということです。

このように、効果があるのかないのか、まだはっきりしない薬を使うとなると、気になるのは副作用かと思います。アデュカムマブの場合、脳の画像で脳に局所的なむくみが確認されることがあります。無症状のこともあるが、頭痛、軽度の意識障害などの症状がでることもあるそうです。

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アメリカの状況について、日本認知症学会理事長で東京大学岩坪教授は「病気のメカニズムに働きかける薬の承認は初めてだか、薬の効果があるかどうかさらに検証が必要だ。ただ多くの人が困っている現状を考えると、臨床現場で使いながら効果を確認するという選択もあるのではないか。」と話していました。

日本では2020年の12月に承認申請されたので、この薬が承認されるかはまだわかりません。ただ、高額かもしれない薬の費用はどうなるのか、誰にどう使うと最も効果的なのか、専門医がどう的確に患者を診断するのか、など課題はまだいろいろありそうです。

人生100年とも言われ、長く自立した生活を続けたいと誰もが願っていると思います。もしアルツハイマー病になっても薬で、日常生活に支障がない状態を長く続けられたら、それは大きな希望にもなります。他にもアルツハイマー病の薬がいくつもの薬が開発されているので、今後、どうなるのか、アメリカの状況なども含めて、注視したいと思います。

(矢島 ゆき子 解説委員)

◆アルツハイマー病の新薬についてはこちら
「アルツハイマー病治療薬 レカネマブの効果と副作用は?」(みみより!くらし解説)


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