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悪質な詐欺的被害が減る!? ただし問題点も

今井 純子  解説委員

消費者被害を減らすためとして政府が国会に提出した法律の改正案をめぐって、消費者団体などから問題点があるとして、反対する意見が相次いでいます。今井解説委員。

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【被害が減るかもしれない。それなのに、問題点がある。どういうことですか?】
きょう、取り上げるのは、ネット販売やエステなど、生活に身近な取引で、トラブルを防ぐための大事な法律の改正案です。先週から衆議院で審議が始まりました。
大きく4つの項目があって、
▼ 上の3つは、明らかに悪質な詐欺的商法から消費者を守る項目ですが、
▼ 下の1つ。政府は「消費者の利便性のため」としているのですが、逆に被害が増えるのではないか、という心配が指摘されているのです。

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【最後の項目に対して反対の意見が相次いでいるのですね】
140近い反対意見が出されています。ただ、上の3つも、とても大事な内容なので、きょうは、こちらから説明したいと思います。
一つ目は、定期購入。

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例えば、健康食品で「通常一袋5000円が、初回、お試しで500円」という広告を見て、1回きりのつもりで購入したら、実際には、最低5回は買わなくてはいけない定期購入の契約だった。小さい文字で書いてあったのです。2回目以降は通常の価格のため、2万500円請求された。こうしたトラブルです。

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【こうした広告、本当によく見かけます】
全国の消費生活センターには、昨年度5万5000件あまりの相談が寄せられました。ただ、金額が、それほど大きな額でないということもあり、相談する人はほんの一部で、泣き寝入りしている人が圧倒的に多いとみられています。このため、改正案では、
▼ 申し込みの最終確認の画面に、定期購入であることや、定期購入分を含めた支払総額を消費者に誤解を与えない形で表示することを義務付け、
▼ 違反した事業者は、懲役刑や罰金の対象とすること。
▼ 誤解をさせるような表示で、消費者が申し込みをした場合は、契約を取り消せるようにすること。
こうした内容が盛り込まれています。

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【全部でいくら払うのか、きちんと表示されていれば、誤解は避けられそうですね】
そう期待されています。
次に、2つ目の「送りつけ商法」。これは、消費者が頼んでもいないのに、マスクや健康食品などを送りつけて、代金を請求する商法です。原則、14日間は、事業者に返還を求める権利があるため、消費者が、その前に処分すると、代金を払わなくてはならないことになるのです。昨年度は、相談が2万件あまり。前の年度の3.3倍に増えています。そこで、改正案では、一方的に商品を送りつけた場合、事業者は返還を請求できない。つまり、消費者が、すぐ捨てるなり、使うなり、自由に処分できるとする内容が盛り込まれました。

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【すぐに捨ててもおカネを払わなくてもよくなるのですね】
はい。事業者にとっては、送った商品の分、損することになるわけで、この商法じたいがなくなる効果が期待されています。
そして3つ目のオーナー商法。例えば、「磁気を埋め込んだ治療器のベスト」など、商品を消費者に売ってオーナーになってもらった上で、商品を会社で預かり他の人にレンタルしたり運用したりする。そして、その利益の中から、配当を払う。といった触れ込みで、おカネを集める商法です。

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実際には、消費者が買ったはずの商品は、そもそも存在しない。事業の実態はなく、最後には経営が破たんして、消費者におカネが戻らない。被害額が1人当たり数百万から数千万円と極めて大きい、悪質な商法です。これまで、様々な商品で被害が繰り返されてきました。が、今回の改正案では、こうした商法に厳格な要件をつけて、事実上、禁止としました。違反した場合、契約は無効となります。

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【この3つについては、かなり強い規制の強化ですね】
はい。被害を減らす大きな効果が期待されています。
ただ、まだ法案の段階です。
▼ 定期購入では、今は、誤解を与えるような広告がたくさんあります。緊急事態宣言で、ネット通販を利用する方もいらっしゃると思いますが、小さい文字もよく読むようにしていただきたい。
▼ また、身に覚えのない商品が送られてきたら、代金を払わず、14日間保管してから捨てるようにしていただきたいと思います。
▼ 心配があれば、身近な消費生活センターに相談をしてください。全国共通で188からつながる仕組みになっています。

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そして、最後。反対意見が相次いでいるこちら。「契約書をメールで送ることを認める項目」です。

【なぜ、反対意見が多いのでしょうか?】
一言で言うと、「クーリング・オフ」という消費者を守る大きな制度を骨抜きにしてしまう心配があるからです。

【クーリング・オフというのは、一定の期間。いつでも契約を解除できる制度ですよね】
はい。クーリング・オフは、
▼ 訪問販売や電話勧誘のように、突然勧誘を受けてよく考える間もなく契約をしてしまいがちな取引。
▼ そしてマルチ商法やエステなど複雑で、よくわからないまま契約をしてしまいがちな取引について、消費者が頭を冷やして考えなおすことができるよう、こうした期間、無条件で契約が解除できる制度です。

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消費者にとって、本当に大事な制度のため、契約書を書面で消費者に渡すこと。そして、クーリング・オフができることを赤く、大きな字で書くことが義務付けられています。

【それをメールで送れるようにしようということなのですね】
きっかけは、新型コロナウイルスの感染を防ぐためオンラインで受けられる英会話などのレッスンを巡ってでした。オンラインで説明を受け、契約書を入力してもらうのに、それを印刷して消費者に郵送しなければならないのは、いかがなものか。と、政府の規制改革推進会議の中で指摘がありました。
これを受けて、消費者庁が、契約書をメールなどで送ることを認める内容を、急きょ改正案に盛り込んだのですが、そこに、訪問販売や電話勧誘、マルチ商法なども含まれていたのです。

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オンラインの取引の場合、メールで契約書をもらった方がいいという人はいるかもしれません。ただ、訪問販売は、直接会って勧誘しているわけで、契約書を書面で渡すことは、面倒ではないはずです。しかも、毎年7~8万件相談があるほどトラブルが多く、その多くがお年寄りです。消費者の承諾がある場合に限ることになってはいますが、悪質な事業者ほど、「メールの方が簡単で、すぐに対応できるので、メールで契約書を送りますね。いいですね。」などともちかけてくることが考えられます。

【契約書がメールだと、なぜ、クーリング・オフが骨抜きになる心配があるのですか?】
スマホの小さな画面で、しかも、スクロールして見る場合、クーリング・オフできることに、本人が気づかない。
さらに、今は、机の上に置いてあった契約書を、家族やヘルパーの方が気づいて、クーリング・オフできたという事例が数多くあるのですが、メールになると、周りの誰も気づかないまま、クーリング・オフの期間がすぎてしまう。そんなケースが増えるのではないかと心配されているのです。

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【確かに、心配ですね。今後、どうなるのでしょうか?】
消費者庁は、被害が増えないよう、政省令などで、対策を盛り込むとしていますが、具体的な内容は、まだわかっていません。消費者団体などは、契約書のメール化の部分については、いったん削除して、被害を増やさない具体的な対策もセットで、時間をかけて議論するよう求めています。立憲民主・共産・国民民主の3党からも、同じような内容を盛り込んだ法律の対案が出されています。国会で、弱い立場の消費者に寄り添った議論が展開されるよう、期待したいと思います。

(今井 純子 解説委員)


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