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世界の子どもたちを危機から救うために

二村 伸  解説委員

新型コロナウイルスによって世界は大きく変わりつつあります。とりわけ、子どもたちの健康や教育に与える影響は深刻で、緊急の対策が必要だと国連は指摘しています。世界の子どもたちへの影響と危機から救うために何が必要かを考えます。

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Q.新型コロナウイルスによって私たちの生活に大きな影響が出ていますが、子どもたちへの影響も大きいですね。

とくに子どもたちはかつてない危機的な状況に置かれています。

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これはUNDP・国連開発計画が先日発表した「人間開発指数」の前年比の推移です。人間開発指数とは、社会の豊かさや発展の度合いを数値化したもので、リーマンショックに端を発した金融危機のときでも前年を上回ったのですが、今年は統計を取り始めて以来初めて前年より大きく落ち込む見通しです。世界全体が経済だけでなく健康や教育を含む生活全般でこれほど影響を受ける事態はかつてなかったことです。

Q.人間開発指数はどうやって算出されるのですか?

健康・知識・生活水準の3つの分野における平均達成度を国別に評価します。健康は平均余命、知識は識字率や就学率、そして生活水準は1人あたりのGDP・国内総生産です。経済的な数字だけでは人間の豊かさを測ることはできません。1人あたりの所得が同じでも健康や教育環境が違えば生活の豊かさや社会の成熟度はまったく異なります。そこで、人間らしい生活に何が必要かを測り、各国の政策にいかしてほしいと導入されたのが人間開発指数です。

Q.世界の子どもたちにはどのような影響が出ているのでしょうか。

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UNDPの試算では全世界で小学校に就学する年齢の子どもの60%が教育を受けられない状態にあり、1980年代以来最悪の水準だということです。欧米などの先進国ではオンライン学習の導入などによって教育を受けられない子どもは20%にとどまっていますが、アフリカや南アジアなど人間開発指数が低い国々では、新型コロナウイルスの流行前は27%だったのが86%まで増えました。休校中でも学ぶことができるようにするには、テレビやラジオによる遠隔教育やオンライン学習の導入が不可欠ですが、途上国ではインターネットにアクセスできる家庭は半数にも満たず、パソコンやテレビのない家庭も少なくありません。教育の格差是正には、インターネットなどの通信・デジタル環境の整備が欠かせないとUNDPは指摘しています。

Q.それには多額の資金が必要ですね。

もちろん多額の費用がかかりますが、UNDPは途上国で遠隔教育や遠隔医療などにかかるコストは、世界が新型コロナウイルス対策に打ち出した支援策の1%にすぎないとして国際社会全体で格差是正に取り組むよう求めています。

【共同報告書「36の国際機関が共同発表」】
こちらの報告書は「新型コロナウイルスが世界をどう変えたか」、国連の各機関や世界銀行、アジア開発銀行など36の国際機関が共同で発表しました。経済や環境、教育、雇用、それに公共サービスなど様々な分野への影響について各機関がまとめたものです。ここでも子どもたちが置かれている状況に強い懸念が示されています。報告書の中で、子どもの健康と保健衛生、それに学校閉鎖の影響について取り上げている部分を見てみましょう。これは感染症による5歳未満の子どもの死亡率を表したグラフです。

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Q.年々低下していますね。

肺炎やマラリア、エイズなど感染症による子どもの死亡率は年々低下してきたのですが、ユニセフ・国連児童基金は、「緊急の行動がとられないと、これらの病気で命を落とすリスクが高まり、この数十年間で初めて増加に転ずるおそれがある」と警告しています。新型コロナウイルスの感染拡大により外出や移動が制限されたり医療スタッフの手が回らなかったりして予防接種や治療が十分受けられず、本来は助かるはずの命が失われてしまうのです。今後6か月間で、命を落とす子どもが毎日6000人増える可能性もあるとの指摘もあります。

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衛生面の格差も問題となっています。世界では手洗いの水と石鹸のどちらも自宅にないという人が14億人に上り、中でもサハラ以南のアフリカでは人口の4割が感染拡大を防ぐ手立てがないのです。さらに医療現場の混乱や保健サービスの低下は、乳幼児とともに妊産婦をも危険な状況に追い込んでいます。

Q.妊産婦も危険なのですね。

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新型コロナウイルスによって多くの国で保健医療サービスが低下していますが、そうした取り組みが45%減少するという最悪のシナリオでは、5歳未満の子どもの1か月あたりの死亡率が44%、妊産婦は38%も増加するという試算もあります。出産前後や出産時のケア、予防接種など病気の予防と治療、それに食料の確保などを新型コロナウイルスの感染防止策と並行して行わなければ長年の努力が水泡に帰し、重大な結果を招きかねないとユニセフは指摘しています。

Q.学校の休校も子どもたちへの影響が大きいですね。

学校は教育だけでなく保健衛生、健康増進のためにも不可欠な存在です。アフリカなどでは学校給食が唯一の食事という子どももいて貴重な栄養を摂取する場でもあります。学校閉鎖により世界の子どもたち3億7000万人が給食をとることができなくなったということで健康への影響が懸念されています。

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また、学校は子どもたちを守る安全な場所でもあります。ユニセフによれば、休校により子どもたちに対する暴力、虐待や強制的な労働のリスクが高まっており、14歳以下の子ども10人中8人が過去1か月間に、自宅で保護者から何らかのかたちの心理的な暴力あるいは体罰を受けたということです。

Q.10人中8人とは衝撃的ですね。危機にある子どもたちを救うには何が必要でしょうか。

学校は教育だけでなく子どもたちの健康や安全に極めて重要な場であり、感染防止策をとりながら可能なかぎり早期に再開することが望まれると国連は指摘しています。子どもたちが人間として成長する最も重要なときに教育を受けられず、健康な生活を送るための保健・医療サービスも受けられなければ、将来にわたって深刻な影響が生じかねません。アフリカの内戦や飢餓で苦しむ子どもたちを長年見てきましたが、失われた世代を作ってしまうと国を立て直すにはその後何世代も必要です。貧しい国々への支援が遅れれば、今後の援助がより難しくなり、地域の不安定化も招きかねません。
ユニセフは28日、年末までに貧困に苦しむ子どもが世界で15%、8600万人増えるとの分析を発表しました。ヨーロッパと中央アジアでは40%以上も増える見通しで、貧困は途上国だけの問題ではありません。それだけに新型コロナウイルスの感染防止策を進めるうえで、貧困家庭への支援と公共サービスの充実をはかり、子どもたちを守るための施策を国際社会全体で講じる必要があります。どの国も自国の経済や社会の立て直しに追われ余裕がないとはいえ、世界各地で多数の子どもたちが未曽有の危機に瀕している現実にも目を向け、子どもたちのためにいまできることを考えるのも大切ではないでしょうか。

(二村 伸 解説委員)


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