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「自粛続く運動部 逆境をチャンスに」(くらし☆解説)

小澤 正修  解説委員

新型コロナウイルスの感染拡大は、中学、高校、大学の運動部の活動にも影響を与え、選手には先行きへの不安が広がっています。この状況をチャンスに変えるために、なにをしたらよいのか考えます。小澤正修解説委員です。

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【感染拡大で部活動への影響続く】

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感染拡大によって、学校の休校が続き、さまざまな部活動が影響を受けています。今回はその中でも運動部に焦点をあてて考えたいと思います。この春は中学、高校、大学のほとんどの競技で大会が中止や延期となりました。これからは、全国高校総体や夏の甲子園など、特に最上級生にとっては、集大成となる大会が予定されていますが、感染拡大を受けて開催がどうなるか、まだはっきりはしていません。多くの学校でグラウンドや体育館が使えなくなり、大会だけではなく、部活動自体の自粛も続いています。多くの選手は今、我慢の時を過ごしているのです。

【この状況をチャンスに】
本来なら、そろそろ全国高校総体の予選を始めとした大会が始まる時期ということもあり、選手は不安も感じていると思います。ただ、感染拡大の状況は、自分でコントロールできませんので、過度に不安に思わず、自分がコントロールできることに集中して欲しいと思います。そこで大切なのは、部員たちが、試合で好成績を残すことだけを目標にするのではなく、グラウンドや体育館で練習できない今を、逆に成長するチャンスだととらえ、自分を磨くことを目標にすることではないかと思います。これは、全国大会を目指すトップレベルだけではなく、多くの部員に共通するのではないでしょうか。それを目指して、これまでの形にこだわらない取り組みも始まっています。

【履正社高校女子硬式野球部の取り組み】
「オンライン授業」が教育現場でテーマになっていますが、部活動でも、オンラインを活用しようという取り組みです。履正社高校の女子硬式野球部の橘田恵監督は、海外に住む友人から、現地では「体育の授業もオンラインでやっている」と聞き、部活動に取り入れられないか、考えたと言います。

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そこで今月から指導者と選手がオンライン上で顔をあわせ、選手は自宅で、指導者から体幹トレーニングなどの指導を受ける取り組みを始めました。トレーニングを一緒にするだけではなく、パソコンの前で監督がサインをだして、選手の理解度を確認したり、野球理論の講座をしたり、専門家によるメンタルトレーニングを実施したりして、オンラインで双方向のやりとりをしながら活動しているそうです。こうした取り組みに最初は不安もあったそうなのですが、橘田監督は、普段ミーティングで周りの顔色をうかがっていた選手が、積極的に発言するようになったり、やりたくともできなかった野球理論を学ぶ時間が確保できたりと、メリットも感じていると言います。選手からも、1人での自主練習ではなくて、みんなと一緒に活動している感覚になれると、評判も良いそうです。とはいえ、オンラインでの部活動についての指針は特になく、橘田監督もすべて手探りで作業をしています。このため、トレーニング方法を紹介しようと自分をモデルに撮影したところ、顔が画面から切れたままで配信してしまうなど、失敗にも事欠かないと言います。悪戦苦闘している橘田監督ですが、一番の狙いは、制限がある今こそ、選手により主体性を持って行動できるようになって欲しいということなのです。「この時期をどう過ごすかで、選手は大きく変わる。選手が自力で一歩踏み出せるよう背中を押してあげたい」と話していました。

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【少しずつ広がる“オンライン部活動“】
オンラインを活用した部活動は少しずつ広がっていて、筑波大学の野球部でも、部員たちが、オンラインで配球や守備の連係プレーについて議論しているほか、選手が自分でスイングの動画を撮影して監督に送り、監督はアドバイスを加えて送り直すといった取り組みもしています。通常は、授業やグラウンドの関係で部員を2つのチームにわけて練習していますが、オンラインだとその必要もなく、むしろ1人1人とのコミュニケーションも取りやすいということで、川村卓監督は「今は頭の中を整理したり、フォームを見直したりする期間だとも言える。

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自分自身に目を向ける時間にしてもらいたい」と、こちらも前向きでした。橘田監督と川村監督とも、競技力の向上だけを目指してこうした取り組みをしているのはありません。強調するのは、“成長するには、こうした状況でもやれることはたくさんあるよ”と、自ら行動することを部員たちにうながすことなのです。

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【トップアスリートがSNSで読書のススメ】
また、様々なトップアスリートは自宅でできるトレーニング方法を発信しています。それも選手が自分自身で判断して試すことができる時期だと思います。リオデジャネイロオリンピック、柔道100キロ級の銅メダリスト、羽賀龍之介選手は、SNSで、あえてトレーニング方法ではなく、「この機会だからこそ、本を読もう」と発信しています。訴えるのは、「成長には、新しいことを学ぶ姿勢が必要だ」ということです。羽賀選手自身、今は人の少ない早朝にランニングをするくらいしか活動できないと言いますが、今月は7冊も本を読んだそうです。トップアスリートのこうした考え方は、運動部の選手たちにも参考になると思います。

【グラウンドや体育館での練習が力を伸ばす、すべてではない】
これは、運動部の部員たちがスポーツを通して何を身につけるのか、ということにもつながります。慶応大学の野球部や、桐蔭学園に早稲田大学のラグビー部などをサポートする、スポーツ心理学博士の布施努さんは、「ダブルゴール」という概念を持って欲しいと主張しています。個人とチーム、大きい目標と小さい目標など、常に複数の目標を持つべきだという考え方です。大会での結果など、ひとつの目標を持つだけだと、それが達成できなければ大きな喪失感を感じてしまいますが、スポーツでは、結果はどうなるかわかりません。複数の目標を持ち、それをひとつずつクリアしていくことで、失敗しても折れにくい心を持つことができる、と言います。布施さんは「感染拡大の苦しい状況だが、今を、心の使い方や考え方の整理、自分のプレーを振り返るチャンスだと思って取り組めば、成長につながる」としています。

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レベルを問わず、運動部員が共通して、取り入れることができる考え方だと思います。運動部の部員のうち、将来、プロやオリンピックに出場するトップアスリートになる選手はわずかです。だからこそ、感染拡大という想定外の状況で、成長するために何ができるのか、何をすべきか、自ら考えて行動することが力になる。布施さんはそれが本来、スポーツに取り組む大きな意義だとして、「今、磨く力は、将来、社会人になってから応用できるライフスキルにつながる」と主張しています。

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【部活動で取り組んだことを財産に】
もちろん、夏以降の大会が予定通り行われて、選手が存分にプレーできることを心から願っていますが、感染拡大の状況によっては、集大成の舞台が中止になるという、つらい決定があるかもしれません。ただ、不安や喪失感によって何も行動しなくなるのではなく、逆境をチャンスに変えるために、今できることに意識を向けて、自分の成長に主眼を置いて行動していくことが、大会での結果以上に、部活動でスポーツに取り組んだ大きな財産になるのではないかと思います。

(小澤 正修 解説委員)

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