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「新型コロナウイルス センバツ中止から見えること」(くらし☆解説)

小澤 正修  解説委員

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、スポーツ界でも大会中止や延期といった影響が続いています。大正時代から戦争の影響を除いて毎年開催されてきた、春のセンバツ高校野球も、史上初めて中止となりました。感染の拡大が続く中、センバツの中止からみえることについて考えます。

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【感染拡大の影響は、とうとうセンバツにも】

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春のセンバツ高校野球は本来なら19日が開幕の予定でした。大変残念で、大会主催者も中止の決定について「苦渋の決断だった」としています。センバツは太平洋戦争の影響で昭和17年から21年まで開催できなかったことがありますが、阪神・淡路大震災や東日本大震災の年も行われ、中止は史上初めてです。夏の甲子園でも戦争に関連したもの以外での中止は、大正7年の米騒動の時のみ。毎年数十万人以上の観客が訪れ、関心の高いセンバツの中止は、感染拡大の収束へ道筋が見えない中で、大会を開催する難しさを浮き彫りにし、7月以降に東京オリンピックとパラリンピック開催を控えるスポーツ界全体に与えた衝撃も、大きかったと思います。

【プロ野球やJリーグも影響を受ける中、センバツ中止への経緯は】

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日本高校野球連盟など主催者は、当初「無観客」での開催を前提として出場校に準備を依頼しました。「出場校が試合をする機会を最後まで模索する」としたのです。その上で開催の可否を決める今月11日の臨時運営委員会までの1週間、できうる限りの感染予防対策を検討したと言います。その間にはプロ野球とサッカーのJリーグが合同で設置した専門家との対策連絡会議にも出席して専門家からアドバイスを受けています。しかし最終的に高野連の八田会長は11日、「高校生の健康を第1に考えた」としてセンバツ中止の決定を明らかにしました。

【“できうる限り”検討した予防対策とは】

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高野連などは、無観客を軸に、さまざまな予防対策を検討しました。
このうち、選手や球場を中心とした対策では、医師が24時間対応する態勢をとり、選手に1日2回の検温を義務付けて37度5分以上の発熱者は球場への出入りを禁止。球場の入口やベンチの裏、審判控室に消毒液を設置するだけでなく、試合終了ごとにベンチやトイレの消毒。さらに試合後の取材も通常は、甲子園球場内のインタビュールームで行うのですが、今回は密閉空間をさけて、内野スタンドで行うことを検討しました。試合中もベンチ前での円陣は禁止、選手がマウンドに集まる時もグラブで口を隠して会話をするといったことまでまとめられています。かなり細かく、そしてグラウンドでの選手の行動まで制限して開催を目指し、専門家からもこうした球場を中心とした対策は評価されたと言います。ですが、それでも「感染リスクを完全に排除することは極めて難しい」という意見が出されたこともあって、総合的に検討した結果、中止を決断しました。

【球場以外でもある感染リスク】

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頭を悩ませたのが、球場以外での感染リスク、中でも、選手の家族へも対策や啓蒙を徹底できるのかということでした。甲子園にくるまでの間に、選手の家族が感染した場合はどうするのか。それを徹底するには時間がありませんでした。これ以外にも、宿舎が集まる大阪府と兵庫県では、開催の可否を検討した1週間、感染者の数が大幅に増えてしまいました。また、宿舎から球場までは消毒液を設置した専用のバスで移動する手配をしましたが、学校から甲子園までの移動には公共交通機関を利用せざるを得ません。こうした球場以外での感染リスクへの不安が払拭できなかったのです。関係者によりますと、高野連の内部では、「球児に1人でも感染者が出た場合、チームやその選手が責任を強く感じて、深い傷を残してしまうのではないか」という意見も出たと言います。

【万が一の場合、選手のメンタル面も懸念】

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心だけでなく、けがのリスクへの懸念もありました。学校への休校要請が出て、部活動も当然、制限されていました。こうした中、全国大会を行う満足な練習・準備ができていたとは言えず、甲子園にはいわば「ぶっつけ本番」に近い形で臨むことになり、けがも心配されたのです。感染拡大が収束しない今の状況では、予防の対策を立てても、感染リスクをゼロにすることは極めて難しいと思いますし、残念ですが、中止は仕方がなかったのではないでしょうか。

【高校生にとってはやりきれない思いも】
ただ、選手たちは、開催を危ぶむ声が大きくなる中、「きょうは状況が変わるのではないか」と毎日、祈るような思いだったのではないかと思います。高野連が所属していない全国高等学校体育連盟が管轄する他の競技でも、この時期の全国大会がすべて中止となりました。球児だけでなく、すべての高校スポーツの選手たちが同じような無念を抱えていると思います。センバツは、開催でも、中止でも賛否がわかれる難しい決断でしたが、ぎりぎりまで、選手の夢をかなえるために開催を模索した今回の決定は、尊重したいと思います。センバツに選ばれていたチームは、グラウンドにこそ立てませんでしたが、れっきとした甲子園出場校です。出場回数にもカウントされます。選手は、自分たちが歴史を作ったのだと胸を張って、前を向いてほしいと思います。

【今の状況で大規模なスポーツ大会を開催する難しさ】

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今、感染拡大が加速しているヨーロッパやアメリカでもスポーツ大会の中止、延期、中断が相次ぎ、プロバスケットボールやサッカーの選手への感染が確認されています。国内のプロスポーツでは、感染拡大の影響を受けているプロ野球とJリーグが、合同で予防の対策を練りながら、4月中の開幕・再開を目指して、家族やファンにも対策を徹底してもらう予定です。開幕やリーグ戦の再開となれば、閉塞感の打破にもつながり、社会に明るい話題を提供できると思いますが、対策の不備などがあった場合には、そのスポーツの場から感染者が出てしまう可能性が高くなるのも事実です。先日、私が話したプロスポーツチームの関係者は「観客を入れて試合を行い、感染者が出てしまったら、批判は免れない」という危機感を持っていました。東京オリンピック・パラリンピックに向けても、センバツ中止から見えたことも材料のひとつとして、様々な知恵を出していかなければならないと思います。

【今後求められることは】
高校野球は注目度が高いだけに、中止によって「センバツもだめなのか」と、自粛ムードが広がり、社会の閉塞感が増すことにつながらなければ、と思います。大規模なスポーツ大会の開催とは別に、特に屋外でのスポーツについては今後、予防策をとりながら取り組んでいくことは可能だと思います。ウイルスとの戦いは長期化するとも指摘される中、感染拡大の収束への取り組みと、スポーツを含めた社会生活のあり方とで、どうバランスを取っていくのか。その場所を見つけていくことが求められると思います。

(小澤 正修 解説委員)


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