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「文化財破損 漆の調達は大丈夫?」(くらし☆解説)

合瀬 宏毅  解説委員

このところ頻発する台風は、建物などの文化財へも大きな被害を与えました。心配されているのは、補修のための資材。なかでも国産の漆は深刻な不足が予想されています。合瀬宏毅(おおせひろき)解説委員です。

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Q.文化財の被害、そんなに大きかったのですか。

倒壊するなどの壊滅的な被害は免れましたが、お堂やお城など歴史的な建造物が、広い範囲で被害を受けました。

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まず、先月上陸した台風19号では、被害の範囲は九州から東北地方に及び、群馬県の世界文化遺産、富岡製糸場や、また「擬洋風建築」の代表とされる国宝、長野県松本市の旧開智学校校舎。それに茨城県取手市にある、国の重要文化財、竜禅寺三仏堂でも、茅葺き屋根の一部が飛ぶなどの被害が出ました。
  文部科学省によると、被害をうけた文化財は26の都府県、あわせて259件に上るとしている。

Q.大変な被害でしたね。

 今後問題になるのは、その修理です。

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歴史的建造物には、大きなヒノキの皮や茅など、様々な昔ながらの資材が使われています。その補修にあたっては、建造した当初と同じ材種、品質の資材を使うことが原則です。ところが、なかなか昔の資材が手に入らない場合がある。中でも漆はいま深刻な不足となっているのです。

Q.漆ですか?

 漆は、日本で昔から、接着剤としてや、これに色を付けて塗料として使われてきました。一旦堅くなった漆は二度と元の液状に戻ることはなく、木材だけでなく金属や陶磁器などもくっつけることができます。
また顔料をまぜて、赤や黒、黄色といった塗料としても使われてきました。仏壇に使われたり、漆器として有名な輪島塗や会津塗などでも有名ですよね。この漆が、歴史的建造物の装飾や外装にも使われてきている。

Q.昔から使われてきたのに、どうして足りないのか?

この漆をとる原木も、職人も少なくなっている。
(VTR)こちらは漆の採取の様子だが、漆の木に傷を付け、その樹液をヘラで一滴づつ集める、昔ながらの方法で、今でも行われている。樹液が取れるのは、15年から20年育った木で、一本の木から、一生のうちに採れる漆は200グラム、牛乳瓶一本にしか過ぎません。1年をかけて漆をとった木は、弱ることから、とった後は伐採し、新たな木を植えて、15年後を待つ。そうした大変な手間がかかる作業。

Q.本当に大変な作業ですね。

はい。こうした大変な作業だと言うこともあって、漆の生産量、激減している。

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これは国内での漆の生産量ですが、1980年には6.6トンあった漆の生産量は、2018年には5分の1の1.4トンにまで減ってしまっている。
生産に手間がかかるだけでなく、プラスチック容器などが増え、輪島塗などの漆器の需要が減ってきたこと。さらには海外からの安い外国産が大量に輸入されたことが背景にある。いまや国内需要の97%が海外産。

Q.文化財にも、海外産の漆を使うわけにはいかないのか?

先ほども言いましたように、文化財としては建築当初と同じ材種、品質の資材を使うことが原則です。文化庁は2015年に、国宝や重要文化財を国の補助事業で行う場合、国産の漆を使うように通達を出している。
では、それでどのくらいの漆が必要なのか。文化庁が試算した結果、日光東照宮など外部を漆塗りとした国内の国宝・文化財400点あまりが使用する漆は、年間2.2トン。
他にも、高級漆器などに使われる分を考えると、1.4トンでは、とても足りない状態なのです。

Q.足りない分はどうしているのか?

 文化財などは、修理を先延ばしにせざるを得ない。もちろん、漆増産のための対策はとっている。

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まずは原木を増やすこと。文化庁は、2006年から文化財への修理用資材の安定的な供給を目指して、京都や岩手、山形などで「ふるさと文化財の森」を設定して、その森作りを支援したりしてきた。また民間企業でも、漆の植林を行おうとする所も出てきた。
 さらに、漆をとる人たちの育成です。漆をとるのは6月から10月までの夏場だけで、冬の仕事がないこともあって、収入は多くはありません。このため1950年代には2000人近くいた漆をとる人たちは、現在では40人程度にまで激減しています。これを増やそうというのです。

Q.取り組みはうまくいっているのでしょうか

こうした取り組みもあって、国産の漆の生産、徐々に増えてきてはいる。
(VTR)こちらは、岩手県二戸市で行われた漆の植樹祭の様子です。今月13日、地元の小中学生や企業の関係者200人が漆の苗450本の植樹を行いました。
二戸市は、国内生産の70%を占める漆の一大産地で、ここで採取した漆は、京都の金閣寺や日光東照宮の修復にも使われてきました。町では使われなくなった農地などに、漆の木を植え、生産を2倍にすることを目標にしている。
▽浄法寺漆生産組合・泉山義夫組合長「原木の不足が一番の課題。今からでも遅くない。頑張って数を増やして行きたいと思っている」

Q.地域でも頑張っているのですね。

漆の木を増やせば、森林の再生や地域の活性化にもつながりますよね。ただ、植林をしても樹液をとるまでに15年かかりますし、漆を取る人も、そう急には増やせません。
そうしたなかで、全く別の発想で、国産漆を生産しようという取り組みも始まっています。

Q.別の発想ですか

(VTR)はい。こちらは沖縄県の沖縄工業高等専門学校です。ここでいま、漆の新たな採取方法の開発が進んでいます。
 使うのは樹齢6年ほどの若い木や枝の部分。これまでは樹液を取るのが難しいとされていたこうしたものから、漆をとる実験が進められています。まず、高い電圧をかけて衝撃波を産み出し、皮の部分をはがしていきます。樹液はこの皮の部分に含まれていると言います。これを圧搾機で絞ると、樹皮から漆がしみ出してきます。
この機械、そもそもコメや果物から有効成分を絞りとるために開発。この技術を使って樹液を取ることが出来れば、生産量を伸ばすことが出来ると、岩手県の漆業者と沖縄高専とが協力して開発しているのです。
▽伊東繁 沖縄高専名誉教授「これを使えば5年木からも漆を取ることができる。漆不足を解消することが出来ると期待している」

Q.いろいろな取り組みが始まっていますね。

 はい。伊東さん達は近々、この機械を岩手県にもちこんで、現地で実験を続ける予定です。ただ、この方法で絞った漆の品質が、伝統的な方法で取った漆と同じなのか、それを確認する作業はこれからです。

Q.こうした取り組みで、漆不足は解消できるのか?

 頑張ってほしいと思う。日本の伝統文化を支える国産漆の不足ですが、以前から指摘されてはいました。相次ぐ台風などで、改めてその増産が求められています。様々な地域での取り組み、私たちも応援していきたいと思う。

(合瀬 宏毅 解説委員)

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