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「対策を急げ! 職場のパワーハラスメント」(くらし☆解説)

飯野 奈津子  解説委員

職場でのパワーハラスメント対策が、来年から企業に義務付けられるのを前に、企業がとるべき対策やパワハラに該当する行為などを示した国の指針案がまとまりました。

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Q1 職場でのパワハラが大きな問題になっているのに、これまで企業に対策が義務付けられていなかったのですか?

A1 セクハラなどは対策が義務付けられていますが、パワハラは、適正な指導との線引きが難しいという企業の意見もあって、対策は企業の自主性にゆだねられてきました。それを今回、ようやく法規制に一歩踏み出すことになったのです。その背景には、パワハラ被害が深刻化していることがあります。

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各地の労働局などに寄せられた労働相談の件数をみますと、かつては解雇の相談が最も多かったのですが、いじめや嫌がらせといった、パワハラ関連の相談が増え続けていて、昨年度は8万2000件余りと最も多くなっています。働く人たちの受け止めが敏感になってきたこともあるかもしれませんが、実際、ひどいいじめや嫌がらせが原因でうつ病などを患い、精神障害の労災認定を受ける人も多くなっていて、昨年度、認定を受けた人は69人。このうち7人が自殺に追い込まれていました。パワハラは働く人の人格や尊厳を傷つけ、生きる希望を失わせることさえある、深刻な問題です。

Q2 企業にはどんな対策が義務付けられるのですか?

A2 たとえば、◎就業規則などでパワハラを行ってはならないという方針を明確にすることですとか、◎パワハラ相談の窓口を設けて、相談を受けたら、すぐに事実関係を確認して、配置転換するなど、迅速、適切な対応をとるといったことです。

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こうした対策を怠った企業には行政指導を行い、それでも従わない場合には、企業名を公表するとしています。対策が義務付けられるのは、大企業は来年6月から、中小企業は2022年の4月からの見通しです。
ただ、企業からは、どんな行為がパワハラなのか、あいまいなままでは、対策を進めるのも難しいという意見がありました。そこで今回まとまった指針案では、職場でのパワハラの定義を示しています。

Q3 パワハラの定義、どんなものですか?

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A3 ▼優越的な関係を背景とした言動で、▼業務上必要かつ相当な範囲を超えて、▼労働者の就業環境が害されるもの。この3つの要素をすべて満たすものがパワハラだとしています。

Q4 優越的な関係というのは、上司と部下といった関係ですか。
A4 それだけではありません。相手が同僚や部下であっても、仕事に関わる専門知識や経験が豊富な場合とか、何人かが一緒になって集団で行う場合なども含まれるとしています。
その上でパワハラとされる行為を6つに分類しています。

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殴る蹴るといった「身体的な攻撃」、ひどい暴言や脅しなどの「精神的な攻撃」、1人だけ別室で仕事をさせたりする「人間関係の切り離し」、こなせない量の仕事を強制するといった「過大の要求」、仕事を与えないなどの「過少な要求」、そして、本人の了解なしに病歴などを別の人に伝えたりする「個の侵害」です。それぞれパワハラ行為に該当する具体例、当たらない具体例を示しています。

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たとえば「精神的な攻撃」。他の労働者の前で、大声で威圧的な叱責を繰り返すことは、パワハラに当たるとする一方で、社会的なルールを欠いた言動がみられ、再三注意しても改善されない場合に、一定程度強く注意することは該当しないとしています。

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また「人間関係の切り離し」では、意に沿わない労働者を、仕事から外して長期間、別室に隔離することはパワハラに当たるとする一方、懲戒処分を受けた労働者に対して、通常の業務に復帰させる前に、一時的に別室で研修を受けさせることは、該当しないとしています。

Q5 こうした具体例が示されれば、パワハラがイメージしやすくなりますね。

A5 そうした効果はあると思います。ただ、今回示された、該当しない具体例をめぐっては、企業に都合よく解釈されて、パワハラの範囲を狭めしまう恐れがあるという意見も出ています。たとえば、「精神的な攻撃」で該当しないとされた具体例。社会的なルールを欠いた言動があって、注意しても改善されない場合に一定程度強く注意することは該当しないとしています。その中で「社会的なルールを欠く」とはどんなことなのか、「一定程度強く注意する」というのは、どの程度なのかよくわからないので、働く人に落ち度があれば過度な叱責も許されるといった誤解が広げりかねないというわけです。

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さらに、パワハラの定義をめぐっても、範囲を狭めてしまう恐れがあるという指摘があります。たとえば、「優越的な関係」というのは、抵抗したり拒絶したりすることができない蓋然性が高い、きわめて可能性が高い関係としています。このため、上司と部下の関係であっても、相談に行ったときに、抵抗できたのではないかなどといわれて、パワハラと認められないケースが出るのではと心配されているのです。セクハラの問題でも、同じような対応で、認められないこともあるからです。

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Q6 せっかく相談に行っても、そんな対応されてしまったら、本人は余計苦しくなってしまいますし、相談に行く人もいなくなってしまいますね。

A6 それではせっかく相談窓口ができても、パワハラ防止につながりません。必要なのは、相談に来る人達の声に真摯に耳を傾け、パワハラと該当するか微妙な場合であっても広く対応することだと思います。相談をきっかけに、職場の状況を点検して、早い段階で対応できれば、深刻なパワハラに発展するのを防ぐこともできるのではないでしょうか。
そして、もうひとつ、企業に広く対応を求めたいのが、パワハラ防止対策の義務付けの対象にならなかった人たちへの対応です。

Q7 例えばどんな人たちですか

A7 個人で仕事を請け負うフリーランスで働く人や就職活動中の学生たちです。企業と雇用関係がないので、対策義務化の対象からはずれていて、指針案では「必要に応じて適切な対応を行うように努めることが望ましい」というだけにとどめています。

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ですが、フリーランスで働く人の6割以上が無理な仕事を強要されるといったパワハラの被害を受けているという調査がありますし、学生からは、参加したインターンシップやOB訪問で、深刻なハラスメント被害を受けたという訴えも相次いでいます。
企業から仕事を発注してもらったり、企業に採用してもらったり、弱い立場になることが多いので、ハラスメントの被害を受けやすいと専門家は指摘しています。
こうした現状を考えると、どんな立場の人も、ハラスメントを受けることがないよう、企業が目配りをして対策を進めることが必要ではないでしょうか。

Q8 これをきっかけに、職場でのパワハラはなくなるのでしょうか。

A8 パワハラの定義や具体例が示されたことで、パワハラへの認識が高まり、被害にあった人が声をあげやすくなったり、一人ひとりが気をつけるようになったり、一定の抑止効果はあると思います。ですが、仕事の内容や環境、受け止めなどそれぞれ違うので国がまとめた指針には限界があります。そのことを認識した上で、自分の言動が相手を傷つけていないか人一人が注意をして、回りで行き過ぎた言動があれば勇気を出して声を上げることも必要ではないかと思います。そして、過度な長時間労働や厳しいノルマなど、パワハラにつながるような問題がないか、それぞれの職場で点検して、風通しのよい、働きやすい環境づくりを進めてほしいと思います。

(飯野 奈津子 解説委員)

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