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「『恩』を次の世代に ~新たな寄付の形~」(くらし☆解説)

出石 直  解説委員

先日、東京都内で開かれたちょっとユニークな催しを通じて、新しい形の寄付のあり方についてお伝えします。担当は出石 直(いでいし・ただし)解説委員です。
新たな寄付の形ということですが、どんな催しだったのでしょうか。

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(出石)私も含めて、どんな催しなのか参加してみるまでよく分からなかった人も何人かいらしたようです。入り口の看板には、若者の人材育成のためのパーティーと書かれていました。会を開いたのは横浜市都筑区(つづき)に住む角方正幸(かくほう・まさゆき)さんです。大手企業を定年退職して現在はコンサルト業などを営んでいます。
会には、大学時代の同級生や職場でのかつての同僚、近所の人達などおよそ150人が招かれました。

(岩渕)皆さん楽しそうですね。

(出石)会では、角方さんのこれまでの人生を振り返るビデオが上映されたり、
友人達が角方さんとの思い出を披露したりして、とても和やかな雰囲気でした。
角方さんは60歳を過ぎてからがんなど大病を3度も経験しました。死について考える中で、人と人がつながっていくことの大切さを痛感したと言います。
この日のパーティーは、角方さんにとって、これまでの人生を支えてきてくれた家族や友人達に感謝すると同時に、自らの夢や思いを伝える場でもありました。

(岩渕)どんな夢なのですか。

(出石)角方さんのスピーチをお聞きください。

(角方正幸さん)
「小さい子供たちが大人になった時に元気な社会、元気な社会、地域を作って欲しい、それを応援するNPO、方々を応援していくことに自分の基金が使えたらありがたいと思いました」

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(出石)角方さんは70歳の古希を迎えたのを機に、蓄えの中から1000万円をある公益財団法人に託しました。財団では、若者の教育を支援したいという角方さんの思いに沿った受取先を探して、寄付を届けます。角方さんは、会に招いた人達に賛同を呼び掛けたのです。会そのものは招待だったのですが、お祝いを包んできた人、会が終わった後に趣旨に賛同して振り込みをした人など、きのうまでに116万9000円の寄付が寄せられたということです。1000万円というと大金ですが、趣旨に賛同する形で角方さんの思いを共有し応援することができるのです。会に参加した方に話を伺いました。

(参加者)
「自分の経済状況次第ですが、余裕がある限りは支援していきたい」
「会社関係の人、地域の人、家族との縁に感謝を込めて、それを若い世代を育成するための基金に結びつけたのは素晴らしいと思う。加えて頂いてとてもうれしかったです」

(岩渕)角方さんの思いが、こうして会に参加した人にも広がっていったのですね。
こうした寄付の形というのは、普通の寄付とはどう違うのですか?

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(出石)通常は、街頭で募金に応じたり色々な団体に寄付をしたりして、このお金が様々な人達に届けられます。ただこうした寄付は大まかな報告があるだけで、寄付をしたお金がどこでどう使われたのか、細かな使い道まではわかりません。いわば一方通行の寄付なのです。そこで角方さんは公益財団法人に1000万円を託して、若者の教育や人材育成に役立ててもらうことにしたのです。

(岩渕)公益財団法人というのはどういうものなのですか?

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(出石)寄付をしたい人と、寄付を受けたい人の間をつなぐコーディネーターのような役割を果たしています。角方さんとその趣旨に賛同した人達から寄せられた寄付は、この財団を通じて若者の教育支援を行っている団体などに届けられます。どこの誰に届いてどう使われたのかが明確にわかる形です。財団では送られたお金がどのように使われたのかを角方さんらに定期的に報告します。
通常の寄付が既製服だとすれば、こちらはオーダーメイドの寄付と言っても良いかも知れません。

(岩渕)若者の育成のために役立てたいという角方さんの思いが、どんな形で生かされたのかを知ることができるのですね。

(出石)その通りです。寄付をした結果、手応えを感じることができるのが、こうした形の寄付のメリットです。最近では「遺贈」と言って、遺言書を書いて死後に寄付をしたり、あるいは故人の遺志を受け継いだ遺族が相続した遺産の一部を寄付したりするケースも増えています。しかし角方さんは「元気なうちに寄付をして縁のあった人達にも
自分の思いを直接伝えたかった」と言います。

(角方さん)
「元気なうちに自分の思いを伝えられる、本人の意志で世の中への還元の道を考えた」

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(出石)寄付への関心は高齢になるほど高くなる傾向があります。
ある調査によるますと30歳代では、寄付をしたことがある人は30%でしたが、70歳代ですと57.8%と30歳代のほぼ2倍、6割近くに上っています。
また40歳以上の21%、5人に1人は「相続財産の一部を寄付することに関心がある」と答えています。しかしこのうち実際に遺言書を作成している人は3.9%に留まっています。

(岩渕)遺産を寄付したいという思いはあっても、それが実現するのはまだまだ少ないというわけですね。

(出石)その通りです。仮に遺言書が残されていたとしても、例えば「恵まれない人のために役立ててほしい」といった抽象的な書き方ですと、遺族はどこに寄付をすれば良いのか迷ってしまいます。角方さんは、NPOを支援する活動に携わってきたご自身の経験から、こうした形で寄付を募る方法を思い立ったということです。
寄付を託された財団の代表に聞きました。

(パブリックリソース財団 岸本幸子代表理事)
「日本人はご縁を大切にしたいし、それに感謝したいという気持ちがある。きょうあるのは皆さんのおかげですよという感謝の気持ちを寄付の形で次の世代に恩送りしたいという形の基金になると思う」

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(出石)最近は、生前葬と言って亡くなる前に会を開いてお世話になった人達に感謝の意を伝える人もいますが、角方さんの試みは、生前葬と遺贈をミックスしたような取り組みだと思います。会を通じてこれまでお世話になってきた人達に感謝を伝え、これまでに受けてきた「恩」を次の世代に送る、恩を次の代に引き継いでいくというのです。
70歳と言いますと、かつては「古希=古くから稀である」と言われていましたが、今や平均寿命が延びて80歳、90歳はもう珍しくない時代になりました。
とはいえ、年を重ねますと人生の終わりに向けた準備、いわゆる「終活」も意識せざるを得ません。これまでの人生で縁を結んできた人達と思いを共にし、受けてきた恩を次の世代に引き継いでいくという角方さんのチャレンジは、新しい寄付の形であると同時に、長寿社会にふさわしい終活のあり方のひとつとも言えるのではないでしょうか。


【問い合わせ先】
公益財団法人 パブリックリソース財団 担当:久住(くすみ)、山本
電話:03-5540-6256、FAX: 03-5540-1030
center@public.or.jp


(出石 直 解説委員)

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