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「防災に生かせ 新しい地図記号」(くらし☆解説)

清永 聡  解説委員

西日本豪雨からまもなく1年です。国土地理院は、防災への意識を高めてもらおうと、各地で発生した災害の記録を記した石碑などを新しい地図記号にして掲載を始めました。取り組みの狙いと石碑などに書かれた思いを解説します。

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【13年ぶりの新しい地図記号】

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Q:これが新しい地図記号ですね。

A:「自然災害伝承碑」といいます。文字が書かれた楕円形の石碑がモチーフになっています。新しい地図記号は13年ぶりのことです。ただ、実は、よく似たこういう記号はすでにありました。

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これは「記念碑」です。例えば、これは何かわかるでしょうか。

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Q:東京・渋谷駅の前に記念碑の記号があります。渋谷駅ですから、「ハチ公」でしょうか。

A:そうです。忠犬ハチ公の像も、地図上はこの記号になるわけです。自然災害伝承碑もいわば記念碑ではあるのですが、過去の災害を知ってもらおうと先月から新しく設けられました。

【伝承碑が示す西日本の豪雨記録】
Q:「自然災害伝承碑」、今はどこでみることができるんですか。

A:国土地理院のウェブ上の地図「地理院地図」で見ることができます。例えば1年前の西日本豪雨で大きな被害が出た、広島県坂町の小屋浦地区を見てみます。地図の左側にある「情報」という部分をクリックすると、リストの中に「自然災害伝承碑」という言葉が出てきます。ここから見たい災害の種類を選ぶと、地図に表示されます。
この地区には明治時代の水害の伝承碑があります。地図上に表示されている記号をクリックすると、写真が出てきます。さらにクリックすると、書かれている内容も見ることができます。

Q:「水害碑」と書いています。

A:書かれている文章から明治40年に豪雨で土石流が発生し、40人以上の命が奪われたということが分かります。

Q:同じ場所で災害が起きているわけですね。

A:もう一つ、見てみましょう。やはり西日本豪雨で大きな被害が出た岡山県倉敷市真備町の伝承碑です。「大洪水供養塔」といいます。この供養塔は、明治26年の水害で塔の高さまで水が来たことを示しているそうです。

【地図記号を活用へ】
Q:古い伝承碑からはいろいろなことが分かるんですね。

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A:今回は洪水、地震、津波、火山など自治体の申請を受けたおよそ160か所が掲載されています。全国にはもっとたくさんの災害の記録を記した石碑などがありますから、国土地理院は今後、自治体の申請を受けて掲載を増やしていく計画です。また、印刷された地図には9月以降にこの記号が掲載される予定です。
同じ地域で同じような災害が繰り返されることは珍しくありません。ただ、地元でも古い伝承碑が知られていないことがあります。国土地理院は新しい地図記号を通じて、地域の防災意識を高めたり、学校の教材に活用したりしてほしいと話しています。

【宮古市の3つの石碑】
Q:各地の伝承碑にはどんなことが書かれているんでしょう。

A:今回、私は岩手県宮古市を訪ねてきました。ここは市内で3か所「自然災害伝承碑」が掲載されています。
宮古市は明治三陸地震、昭和三陸地震、そして東日本大震災など、たびたび津波の被害を受けてきました。
▼最初の伝承碑は宮古市の浄土ヶ浜という三陸を代表する景勝地に設置されているものです。昭和三陸地震の翌年、昭和9年に建てられました。ここには「常に逃げ場を用意しておけ」「家を建てるなら津波の来ない安全地帯へ」などと書かれています。
▼2か所目は海から少し入った小学校の隣に設置された田老地区の伝承碑です。これも昭和9年に建てられました。碑文は最初と同じ内容もありますが、こう書かれています。「大地震の後には津波が来る。地震があったらここにきて、1時間我慢しろ」

Q:「1時間我慢」というのが、具体的ですね。

A:地元の人によると、東日本大震災の時も、小学校付近まで浸水したそうですが、ここは津波の被害はなかったそうです。
▼3か所目は、姉吉地区にある伝承碑です。海から400メートルほど離れた海抜およそ60メートルのところにあります。こう書かれていました。
「高き住居は、児孫の和楽、想え惨禍の大津浪、ここより下に、家を建てるな」。つまり子供や孫のためにも高い場所に家を建てろ、下に建ててはいけないと、七五調の分かりやすい言葉で書かれています。

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自治会長の木村民茂さんに、伝承碑から海まで案内してもらいました。実際にこの下に住宅はありません。東日本大震災の時は、伝承碑から数十メートル下ったところで津波は止まったそうです。
現在、木村さんたちは津波の到達地点に新たに石碑を立てています。
3分ほど歩くと、港に着きました。木の上に丸いものがあります。漁業の養殖に使っていた浮き球です。津波でひっかかって、8年間そのままだそうです。

Q:あそこまで津波が来たんですか!確かにこのあたりは家がまったくありませんね。

A:このため、震災の時もこの地区の住宅は無事だったそうです。
ただ、この地区も漁業施設が流されたほか、別の場所にいて、津波に巻き込まれた方もいました。姉吉地区も決して被害がなかったわけではありません。

【伝承碑は後世への「願い」】
木村さんによると地震が起きた時には、港で作業をしている人もみんなこの伝承碑を目指して駆け上ってくるそうです。つまり避難の目印にもなっているんです。
姉吉地区は明治と昭和の三陸地震の津波で、壊滅的な被害を2度受けています。昔の人がこれを建てたのは、「多くの人を亡くした悲しみを、せめて後の世に繰り返してほしくない」という強い願いではないでしょうか。石に刻むことで、時代が変わっても私たちはそのメッセージを受け取ることができるわけです。

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Q:これからも大切にしてほしいですね。

A:現在も、こうした活動は続いています。
今年5月、岩手県陸前高田市に新しく作られた石碑の除幕式がありました。被災者のグループの呼びかけで高台へ向かう避難路に作られた石碑には「この道をより高いところへ駆け上がれ!」という言葉が刻まれています。
このように今も、遺族などの手で、災害の教訓を伝える新しい伝承碑が作られています。「犠牲を繰り返さないでほしい」という願いは、昔の人も今の人も同じだと思います。
国土地理院は、こうした新しい記念碑についても、自治体の申請を受けて、今後伝承碑として地図に加えていくということです。
皆さんの周辺にも災害の記録を刻んだ石碑などがあると思います。その教訓を防災に生かし、次の世代へと伝えてほしいと思います。

(清永 聡 説委員)

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