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「『オーラルフレイル』早めの予防で健康長寿」(くらし☆解説)

飯野 奈津子  解説委員

口の機能が衰えた状態をオーラルフレイルといいます。今日は口の機能の衰えに着目した“オーラルフレイル”予防がテーマです。

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Q1 口の機能の衰えを予防することが、健康長寿につながるのですね。

A1 ちょっとした口の衰えを、年だから仕方がないと見逃さずに適切に対応すれば、健康を長く保つことができるということです。

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年を重ねると徐々に心身の機能が衰えていきますが、フレイルは、「健康」と「介護が必要となる状態」の間の期間。つまり、介護が必要とまではいかないけれど、様々な機能が衰えてきた状態とされています。今日お話しするのは、そのうちのオーラルフレイル、口の機能の衰えです。オーラルフレイルが全身の衰えにつながることをわかってきて、オーラルフレイル予防の重要性が注目されているからです。
千葉県柏市の65歳以上の高齢者を対象に、東京大学高齢社会総合研究機構が健康状態を追跡したところ、オーラルフレイルの人はそうでない人と比べて4年後に新たに身体的なフレイルになるリスクが2.4倍、要介護になるリスクも2.4倍。総死亡リスクが2.1倍高いことがわかりました。

Q2 オーラルフレイルが、その後の全身の衰えに影響するということですね。

A2 そうです。些細な口の衰えを放置すると、心身の機能が衰える老いの坂道が急になってしまいます。ですが、些細な口の衰えに気付いて適切に対応すれば、健康な状態に戻ったり、老いの坂道を緩やかにしたりすることができるのです。
老いは口から始まるといわれていますが、早い段階から口の衰えを意識して予防することが、健康寿命を延ばすことにつながるということす。

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Q3 誰でも、老いの坂道は緩やかな方がいいですよね。その些細な口の衰えというのは、具体的にどんなことですか

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A3 食事の時にむせる、食べこぼす、固いものがたべづらい、口がかわきやすい、滑舌が悪くなる。こうしたことです。一つ一つは日常生活に大きく影響しないので、年だから仕方がないと思ってしまいがちです。ですが、たとえばうまく噛めないからと、うどんやご飯など柔らかいものばかり食べていると、かむために必要な筋肉が衰えて、ますます噛む機能が低下するという悪循環に陥ります。そうしたことが重なって、口の機能が低下し、栄養のバランスが崩れて低栄養の状態となると、全身の機能が衰える。命に関わる誤嚥性肺炎など深刻な病気も起こしやすくなってしまいます。

Q4 食べやすいからと、やわらかいものばかり食べていると、さらに口が衰えてしまうのですね。こうした些細な口の衰えに気がついた人はどうすればいいのでしょうか。

A4 普段の生活の中で、意識して噛み応えのある食品を食べることが重要ですが、口周りの筋肉を鍛える、いわば口の筋トレを始めるのもいいかと思います。オーラルフレイル対策に取り組む神奈川県のプロジェクトチームが作ったプログラムでは、毎日トレーニングすることで、口の機能が改善する効果が確認されています。
その プログラムのメニューは5つあります。

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●準備体操 ●開口訓練 ●舌圧訓練 ●発音訓練 ●咀嚼訓練 このうち簡単にできるものをふたつ、紹介します。
まず準備体操。 深呼吸のあと、短時間でバランスよく筋肉を鍛えられる体操、「グー・パー・ぐるぐる・ごっくん・ベー」です。

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“グー”は口角をあげてしっかり口を閉じる。“パー”は口を大きく開く。“ぐるぐる”は口を閉じたまま、舌に力をいれて、唇の内側をなめるように回す。右回りと左回り。ここでたまった唾液を“ごっくん”。最後の“ベー”は舌の先に力をいれてしっかりと前に出して、そのまま10秒間キープします。この5つの動作を3回以上、毎日繰り返します。
もうひとつが、飲み込む力が強くする開口訓練です。口を大きく開いて10秒間キープして10秒間休む。これを5回。朝夕2セット行います。食道の周りの筋肉を強化します。
こうした訓練を半年間続けた人たちは、口の機能が改善してきています。

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たとえば飲み込む力。30秒間に唾液を飲み込んだ回数で判定するのですが、平均3.9回だったものが半年後には5.1回に。滑舌は1秒間に「か」を何回いえるか調べた結果ですが、4.8回だったものが5.5回になっています。
口の機能が改善すると、食べる量や食品の種類が増えるだけでなく、体力がついて外出が増え、明るくなるといいます。

Q5 このプログラム、神奈川県のプロジェクトチームが作ったということですよね。

A5 そうです。神奈川県では、去年、全国ではじめてオーラルフレイル対策の推進を条例にかかげて、地域をあげて取り組みを進めています。

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その中枢の役割を担うのが、県の歯科医師会、研究者、行政によるプロジェクトチームです。県民のオーラルフレイルの実態を調査し、それをもとに先ほど紹介した予防・改善のためのプログラムを作って、その効果を検証しています。そこで得られた知見を多くの人に知ってもらおうと、県民向け、歯科の専門職向けのハンドブックも作りました。そして地域の中では、研修を受けた住民ボランティア、「オーラルフレイル健口推進員」が活躍しています。高齢者が集う地域のサロンや介護施設などに出向いて、フレイル予防の重要性を伝え、口周りの筋肉を鍛える体操などを一緒に行っています。

Q6 こうした取り組みは、全国に広がっているのでしょうか。

A6 自治体によっては、口の機能を高めるための健康教室を開いたりするところもありますが、地域の中での本格的な取り組みは、これからだと思います。
そして、もうひとつ歯科医療の分野でも新たな取り組みが始まっています。
去年4月から、65歳以上の高齢者の「口腔機能低下症」が医療保険の適用となって、歯科医が、口の機能の検査や、機能を改善するための指導を始めています。

Q7 「口腔機能低下症」というのは、口の些細な衰えとは違うのですか?

A7 口の些細な衰えが進んで、複合的に口の機能が低下した状態です。

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口の中の汚れ、乾燥の程度、かむ力、舌や唇を動かす力、舌で押す力など7つの項目を調べて、3項目以上で機能低下が確認されると、「口腔機能低下症」と診断されます。
そして、その人の状況に応じて、口周りの筋肉を鍛えるトレーニングの方法や食事や栄養に関わる指導を行い、本人は、指導を受けたことを自宅で実践して、定期的に口の状態をチェックしてもらうことになります。
 
Q8 地域の歯医者さんが、口の機能を改善するための指導までしてくれれば、助かりますね。

A8 ただ、この取り組みもまだ始まったばかりで、すべての歯科医院で対応できる状況には至っていません。
オーラルフレイルの予防は、早い段階で始めるほど、健康の状態に戻りやすいとされています。些細な口の衰えを年だからと見逃さずに、口の機能の改善にどうつなげていくのか。行政や歯科の専門職が一緒になって、高齢者を支える環境を整えることが必要ですし、私たちも口の衰えを意識して、毎日の生活でできるところから始めることが、
長く健康ですごすことにつながるのだと思います。

(飯野 奈津子 解説委員)

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