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「訪問介護 なくせるかハラスメント被害」(くらし☆解説)

飯野 奈津子  解説委員

自宅に出向いて介護を行なう訪問介護の現場で、働く人の半数が、利用者から暴言やセクハラなどのハラスメントを受けた経験があることが、国が初めて行なった委託調査であきらかになりました。担当は飯野解説委員です。

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Q1 このハラスメント被害は、介護サービスを提供する側の人たちが、利用者から受けているということですね。

A1 そうです。これまで介護の現場では、サービスを受ける弱い立場の高齢者への虐待などが問題視されてきましたが、その逆、サービスを提供する側が被害者となるハラスメントもおきているということです。それが介護を担う人たちの離職につながりかねない事態になっています。

Q2 介護現場は人材不足が深刻ですから、見過ごせない問題ですね。

A2 そう思います。まず、その調査結果です。

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国が民間のシンクタンクに委託して今年2月に行い、訪問介護を担う2500人あまりが回答しました。
●これまでにハラスメント被害の経験があるかどうかきいたところ、利用者本人から受けた経験があると答えた人が半数にのぼり、2割近くの人が利用者の家族などから被害を受けたことがあるとしています。
●この一年に受けた内容をみると、 威圧的な態度や暴言で人格を傷つける精神的暴力が81%と最も多く、物を投げたり、たたいたりする身体的暴力が42%、不要な体への接触などのセクハラが37%となっています。

Q3 たとえば、どんなケースですか?

A3 今回の調査では、具体的内容まできいていませんが、実際働く人たちに話をきいたりすると、仕事ができない役立たずと罵倒されたとか、オムツを代えている時に蹴られてつばをはかれた、布団に一緒に入るよう強要された、息子に寝室に連れ込まれて体を触られたといった深刻なケースもありました。しかもこうした行為は今に始まった事ではなく、以前からおきているということです。

Q4 そうした行為をするのは、一部の利用者や家族だと思いますが、なぜこうしたハラスメントが起きてしまうのか。なぜ、表面化してこなかったのでしょうか。

A4 いろいろな要因があるのですが、まず、訪問介護特有の環境があります。

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●多くの場合、介護職の女性が一人で利用者の自宅を訪ねます。複数の職員がいる施設と違って、自宅は密室で、外部の目が届きにくい。その環境そのものがリスクですし、密室ゆえにハラスメントがエスカレートしやすく、被害を受けても証明が難しいので、表面化してこなかった面があると専門家は指摘します。
●そして利用者や家族の側の問題です。介護サービスの範囲を理解していないことがハラスメントのきっかけになることが多いといいます。介護職をなんでもやってくれるお手伝いさんのように勘違いして、契約にないサービスを求め、断られると怒り出す。そんなことがたびたびあるそうです。
●一方、サービスを提供する側にも、要因があります。
介護保険で利用者の立場を尊重することを重視していることもあって、介護職がハラスメントを受けても、認知症など病気が理由だから仕方がない、家族も疲れていらだっているからやむを得ないなどと受け入れてしまいがちだといいます。

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また、介護現場には、ハラスメントをかわせてこそ一人前という風潮もあって、事業所が職員から相談を受けても、我慢してもっと努力してなどと対応することもあるそうです。そうなると、被害を受けても誰にも相談せずに、介護職が一人で抱え込む事になってしまいます。

Q5 そうした状況では、ハラスメントはいつまでたってもなくなりませんね。

A5 私は、訪問介護の現場は、ある種の負の連鎖に陥っているように感じます。ハラスメントがあっても、事業所が向き合わず介護職が抱え込むので、ハラスメントはいつまでたっても収まりません。

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そのようにハラスメントが常態化すると、耐えられなくなった介護職が職場を離れ、人材不足が進み、サービスが十分提供できなくなる。そうなると不満を感じた利用者のハラスメントにつながっていきます。この負の連鎖を断ち切らなければ、結局私たちがサービスを受けることができなくなってしまいます。

Q6 そうならないためには、サービスを受ける私たちが、介護を提供する側の状況を知る事が大事ですね。

A6 そう思います。状況を知った上で、賢い利用者にならないといけないと思います。

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●まず、受けられる介護サービスの範囲を確認して、過度の要求をしないこと。
契約で決まったサービスしか受けられないことを認識する必要があります。
●そして、介護の担い手の尊厳を傷つけることがないよう、自らの言動に注意することです。互いに尊重しあって信頼関係を築くことが、質の高いサービスを受ける事にもつながります。そうした対応ができずに、ひどいハラスメントで事業所から契約解除を求められれば、サービスを打ち切られる可能性があることも知っておく必要があります。

Q7 契約解除もありえるのですね。

A7 そうです。同時に、介護職が勤める事業所も職員を守る責任があることを認識して、対策を急ぐ必要があります。

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具体的には、
★風通しの良い職場環境にして、相談しやすい窓口を設けること。
★問題があれば、本人任せにせずに、組織として対応すること。
犯罪となるような行為には毅然とした対応が必要ですし、そうでない場合も、ハラスメントが起きた原因や経過を探り対応策を考える。場合によっては、複数の介護職で訪問することも必要かもしれません。
★また、職員研修などを通じて、対応力を高めることも必要です。様々な場面でどう対応すればハラスメントを防げるか、互いの経験を共有して、リスクを予測して対応すれば、防げるハラスメントもあると専門家は指摘しています。

Q8 そうした介護事業所の取り組みは進んでいくでしょうか。

A8 それを期待したいですが、介護事業所の多くは小規模ですから対応には限界もあります。事業所任せにせずに、公的に支援していくことも欠かせないと思います。
兵庫県が、担い手の離職防止を目的に2年前に始めた取り組みが参考になります。
兵庫県では、ハラスメントの実態調査をきっかけに、訪問系の介護職や看護師の団体、医師や弁護士などと一緒に検討会を立ち上げて、事業所の支援に乗り出しました。ポイントは3つあります。

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●ひとつは、ハラスメントの発生時や平時の対応をまとめたマニュアルを作って、事業所の管理者を対象に研修会を行なっていること。
●二つ目は、ハラスメントに関わる電話相談窓口を設けて、個別の事業所で対応が難しい時にアドバイスしたり、組織としての対応を話し合ったりして支援していること。
●3つ目が、複数の職員で訪問が必要な場合、その費用を補助する仕組みを作ったことです。ハラスメントを防ぐために、2人で訪問しようと思っても、利用者や家族の同意が得られなければ、介護保険から一人分の介護報酬しか支払われません。そうなると事業所の持ち出しになってしまうので、費用の一部を県と市や町が補助しています。

Q9 こうした支援があれば、事業所の負担も軽減されますね。

A9 そう思います。兵庫県のような取り組みを全国に広げるには、複数で訪問する場合の財政支援の仕組みを検討するなど、国の後押しも必要で、全国でハラスメント対策が進むよう、国が責任をもって対応してほしいと思います。介護職の離職防止という点では、これまで賃金の引き上げなど行っていますが、同時に、サービスの担い手が安心して働ける環境にすることも欠かせないからです。国や自治体、事業所、サービスを利用する私たちも含めて社会全体でこの問題に向き合い対策を急ぐ事が、介護職の離職を防ぎ、将来にわたって安心してサービスを受けることにつながると思います。

(飯野 奈津子 解説委員)

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