「紙幣デザイン刷新 どう変わるの なぜ変わるの」(くらし☆解説)
2019年04月16日 (火)
増田 剛 解説委員
5年後の2024年度の上半期をメドに、1万円札と5千円札、千円札のデザインが一新されることになりました。私たちが日々のくらしで使うお札=紙幣がどう変わるのか、そして、なぜ変わるのか。政治担当の増田解説委員に聞きます。
Q1)
増田さん、ちょうど1週間前、紙幣が一新されるというニュースに驚かされました。改めて、具体的にどう変わるのでしょうか。
A1)
はい。まず、お札の顔、表面の肖像が、変わります。1万円札は、今の福沢諭吉から渋沢栄一に、40年ぶりに変わります。
5千円札は、樋口一葉から津田梅子に、千円札は、野口英世から北里柴三郎に、それぞれ20年ぶりに、バトンが渡されます。
Q2)
数字も大きくなるんですね。
A2)
そうです。額面表示も変わります。外国人にも読みやすいよう、算用数字を漢数字よりも大きくして、目立たせるようにします。
裏を見てください。新しい1万円札の裏には、東京駅の駅舎が描かれ、5千円札の裏には、藤の花が、千円札の裏には、江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎の代表作、「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏」が描かれます。
また、500円硬貨についても、ゴールドに近い色とシルバーの2色を使ったデザインに変更し、こちらは、2年後の2021年度の上半期をメドに発行します。
一方、2000年に発行した2千円札については、流通枚数が少ないこともあって、現状のまま、変更しません。
Q3)
ただ、新しいお札の顔になる3人、今までと比べると、ちょっと地味な印象も受けますね。
A3)
そうですね。渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎、それぞれ立派な業績を残した方なんですが、知名度という点では、今の福沢諭吉、樋口一葉、野口英世に比べると、ちょっと低いかもしれませんね。渋めの選択という気がします。渋沢栄一だけに。
では、この3人がどんな経歴の人かを見ていきます。
渋沢栄一は、明治から昭和にかけて、実業家として多くの銀行や会社の設立に関わり、「近代日本経済の父」といわれています。
幕末は、徳川慶喜に仕え、明治維新後は、新政府・大蔵省で働いた後、日本で初めての銀行となる第一国立銀行を創設しました。銀行業や鉄道事業、紡績業など、幅広い分野の事業に関わり、その数は生涯で500にのぼるとされています。今の一橋大学など数多くの教育機関の設立や社会事業の支援にも関わりました。
Q4)
すごくエネルギッシュな人だったんですね。
A4)
はい。今回、渋沢資料館の井上館長に話を聞いてみたんですが、
「渋沢は、いろいろなことをやっている人だから、逆にどういう人なのか、非常に伝えにくく、知名度も低い。それだけに、今回、紙幣の肖像に選ばれたことは、渋沢を知ってもらう良いきっかけになると思う」と話していました。
津田梅子は、明治から昭和にかけての教育家で、日本の女性教育の先駆者といわれています。
明治4年に、6歳で、欧米諸国の視察団「岩倉使節団」に加わり、アメリカへ渡りました。日本で最初の女性留学生の一人です。
帰国後は、女子英学塾・今の津田塾大学を創立し、英語教育とともに、女性の地位向上、女性の個性を尊重した教育に努めました。
北里柴三郎は、明治から大正にかけて、伝染病の予防などに多大な功績をあげた細菌学者で、日本における「近代医学の父」と呼ばれています。ドイツに留学して、世界的な細菌学者のコッホに師事し、破傷風菌の純粋培養技術や「血清療法」を開発しました。
Q5)
新しいお札の顔になる3人、どういう人かはよくわかりましたが、この3人、どのように選ばれたんでしょうか。
A5)
はい。肖像の選び方ですが、国立印刷局によりますと、▽日本国民が世界に誇れる人物で、教科書に載っているなど、一般によく知られていること。▽偽造防止の目的から、なるべく精密な人物像の写真や絵画を入手できる人物であることとなっています。
近年は、明治以降の文化人から選ぶ方針が定着しています。
Q6)
いわれてみれば、お札の顔になるのは、文化人ばかりですね。
A6)
かつては、伊藤博文とか岩倉具視とか、政治家が選ばれることが多かったんですが、今は、政治色の強い人物や軍人は外されます。
この条件のもとで、財務省、紙幣の発行元の日本銀行、製造元の国立印刷局の三者が協議して候補を絞り込み、最終的には、財務大臣が決定します。今回の紙幣刷新は、麻生財務大臣が主導しました。
麻生大臣は今年1月、財務省の事務方に準備を本格化するよう指示したとされ、財務省は水面下で、肖像の候補を絞り込み、複数の案を提示。最終的に、3月下旬から4月初めに、麻生大臣と安倍総理大臣の二人で決めたとみられています。
Q7)
確かにサプライズ。突然の発表でしたよね。
A7)
はい。新紙幣の肖像の選定作業は、同じ時期に進められた新元号の選定作業と同様、極秘に進められました。
渋沢資料館の井上館長は、渋沢栄一の写真を国立印刷局に貸し出していたことから、直前に連絡があったことを証言しています。
「発表の前々日、財務省の担当者が訪ねて来て、『新紙幣の肖像に渋沢栄一が決まります』と知らされた。『近々、発表がありますが、胸の内にしっかり留めてください。もれたら、この話はなくなります』と言われた。発表まで誰にも言わなかったが、大変なプレッシャーだった」と話しています。
Q8)
そうだったんですね。では、政府はそもそも、今回、紙幣を刷新する理由をどう説明しているのでしょうか。
A8)
政府は、偽造防止対策の強化が目的だと説明しています。麻生大臣は「20年ごとに偽造防止を目的にデザインを変えてきた」と説明していて、実際、今回の新紙幣は2024年の発行予定で、前回の変更は、その20年前となる2004年、前々回の変更は、さらにその20年前の1984年でした。
では、具体的に、どのような偽造防止対策が取られているのか。
まず、ホログラム。これは、レーザービームを使って立体画像をプリントしたもので、紙幣やクレジットカードの偽造防止のために設けられます。新紙幣には、見る角度によって、肖像画の立体画像の向きが変わって見える最先端のホログラムが世界で初めて導入されます。光に透かすと模様が浮かび上がる「すかし」についても、従来より精細な模様を導入し、記番号も今の9桁から10桁に増やします。最近は、キャッシュレス化が進んでいるとはいっても、世界的に見ると、日本はまだまだ「現金大国」といわれています。政府は、偽造防止対策を強化することで、今後も、紙幣・現金を安全な決済手段として活用していく考えです。
Q9)
新元号の発表に続いて、新紙幣の発表と、「新しい時代が始まる」という感じがしますね。
A9)
そうですね。新紙幣の公表時期というのは、元号と同様、やはり政治決断なんですよね。
新紙幣の発行予定は2024年度上半期ですから、今回は、5年前の発表となりました。これについて、麻生大臣は、印刷開始までに2年半かかり、自動販売機やATMなど民間企業が対応を準備するために2年半かかるからだと説明しています。ただ、前回・2004年の紙幣刷新を発表したのは、その2年3か月前ですし、前々回・1984年は、3年4か月前で、今回の5年前の発表というのは、大幅な前倒しということになります。
今回、新紙幣の発表が、新元号の発表に続いたことについて、麻生大臣は「たまたま重なった」と「偶然」を強調しています。
ただ、少なくとも永田町では、これを額面通りに受け止める空気は乏しい印象を受けます。やはり、来月1日の新元号「令和」のスタートを前に、紙幣のデザイン刷新を発表することで、国民の気分を一新し、新しい時代を盛り上げる政治的効果を狙った側面もあるのではないかと思います。
(増田 剛 解説委員)
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