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「震災8年 原発避難の人たちは」(くらし☆解説)

西川 龍一  解説委員

東日本大震災の発生から8年が経ちました。原発事故の影響でふるさとを離れて避難した人たちの思いについて考えます。

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Q1.この時間では、これまでも原発事故から避難した人たちのことを取り上げてきました。震災の発生から8年となった今、こうした人たちはどうしているのでしょうか?

A1.減ってはいるものの、関東地方を中心に、まだ多くの人が避難先での暮らしを続けています。復興庁によりますと、3万2600人あまりの人たちが震災から8年となった今も福島県外に避難して生活しています。去年の同じ時期では3万4000人ほどでしたから、この1年で1400人ほどが福島に戻った形です。震災から5年目以降、毎年4000人から5000人が福島に戻る状況でした。戻る人が減ったのは母数が違うということもありますが、8年避難先で暮らしたことで、その地での生活が日常になり、居を構えようという意識の表れとも見られます。

Q2.福島県から県外に避難しているのは、どういう方が多いんですか?

A2.当然ですが、原発事故の影響が大きいんです。福島県の避難区域、赤やオレンジの部分などに自宅があって戻ることのできない方も多くいます。一方で、放射線への不安などから避難指示が解除されたといっても帰ることができない方や、避難指示の有無に関係なく自主的に避難した人たちもいます。このうち震災直後に福島県から全国で最も多くの人たちが避難したのが新潟県です。今も全国で6番目に多い2500人が暮らしていますが、新潟県によりますと、このうちおよそ1400人と6割近くは自主的に避難している人たちです。

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NHKは、震災8年を前に、これまでに避難先の新潟でお話を聞かせていただいた同じ方々に民間の「311被災者支援研究会」とともに聞き取り調査を行いました。この聞き取り調査は、震災の2週間後から継続して行っていて、今回が20回目となります。先月末から今月初めにかけて面接と電話の2つの方法でお話をうかがいました。今回は、お話を聞かせていただけたのは、66人でした。

Q3.どんなことが浮かび上がって来ましたか?

A3.3つあげたいと思います。「尽きない福島県の帰還政策への不信」「住まいの決断は子ども中心に」「避難の時を振り返って」です。

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Q4.まず、「尽きない福島県の帰還政策への不信」ですね。

A4.福島県は避難した人たちが元いた場所に戻れるように、放射線の高いところを除染したり、インフラを整備したりして帰還政策を進めています。こうした帰還政策について、選択肢を示して「あなたのお気持ちに近いのはどちらですか」という質問をしました。「住民の意向をくんでくれている」が21%だったのに対し、「住民の意向は無視されている」が71%でした。

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Q5.どういうことでしょう?

A5.調査の中で複数の方から聞かれたのは、「意見を聞かれたことはこれまで一度もない」という言葉でした。確かに福島県は政策を理解してもらうための説明会を開いたり、広報に掲載して周知したりするといったことは行っています。ただ、説明を受けるだけで意見を聞いてもらえるわけではない、広報を読むだけでは、どうしてこういう施策を進めていくことになったのかわからないという話もありました。このことは、帰還政策の進み具合への受け止めにも現れています。帰還政策の進み具合をどう受け止めているか聞きました。「遅すぎる」が26%、「急ぎすぎだ」が29%、「どちらとも言えない」が39%で、「適度なペースだ」は6%でした。「遅すぎる」という方からは、「帰還政策が進まないことが福島に帰りたくなくなる状況を生んでいる」という意見が、「急ぎすぎだ」という方からは、「除染で出た土の問題が解決していないなど放射線への不安が拭えない」といった意見があります。住民のどんな意向を元に施策を進めているのか、見えてこないことへの不信はなかなか根深いものがあるように思います。

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Q6.次は「住まいの決断は子ども中心に」ですね。

A6.今回、お話をうかがった方々のうち、4割を超える人が元の自宅とは別の場所に新たに住宅を購入していました。その方々に元の自宅以外に住むことにした理由を聞いたところ、「子どもの生活を優先させたかったから」が41%と最も多く、次いで「元の自宅には住めないと判断したから」が30%、「住宅支援が打ち切られたから」が19%、「放射線の影響が心配だから」が11%でした。8年という歳月を考えると、小中学生の場合、避難先での生活の方が長くなっていて、福島の地元の友達の記憶が薄れる中で、避難先に多くの友達ができて一緒に学校生活を送っているのが現状です。避難先で生まれ育ったという子も少なくありません。そうした中で、親の方も子どもたちを通して知り合いが増えて行き、自ずと仮住まいから本格的な住まいを決断という流れです。もちろん住宅支援の打ち切りが住宅購入を後押ししたり、逆に福島に帰ることの決断につながったりと事情は様々です。

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Q7.3つ目の「避難の時を振り返って」、これはどういうことでしょう?

A7.実は、新潟県は柏崎刈羽原発で事故が起きた際に備えるため、新たな広域避難計画を発表しました。ただ、これには、実効性があるか不透明という意見があります。そのため、今回、実際に避難を経験した方々に、震災の後、避難した際、困ったと感じたことはなにかをいくつでも選んでもらいました。最も多かったのは「正しい情報の入手」の60%、次いで「どこに避難するか避難先・場所」の56%、「どうやって避難するか手段・方法」の45%などでした。震災による未曾有の揺れと津波による混乱、それに続く初めての原発事故に、情報がないまま動かざるを得なかった当時の状況が見て取れる結果です。中には、避難しようと車に乗り込んだが、ガソリンがほとんど入ってなくて困ったという方もいました。震災当時、被災地ではガソリン不足が深刻で、ガソリンスタンドに車の長蛇の列ができたことを記憶している方も多いと思いますが、8年が経ち、こうした教訓を改めて思い起こす必要があります。

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Q8.今回、避難している方から直接お話を聞いて、どんな印象を持ちましたか?

A8.この調査では、避難を続ける人たち、避難を経験した人たちの気持ちを記録として残すため、質問項目以外にも聞いた話を書き留めています。そうした一人一人のお話から今回感じたのは、個別の事情や思いは、ますます多様化しているということです。いつかは戻りたいと思っていたが、避難先の生活に慣れてそのままいようと思い始めた人。避難先で新たに住宅を購入しても故郷の復興を信じて住民票を移せないでいる人。今の暮らしには満足しているものの、家族がバラバラになってさみしいと話す人など様々です。今月末には、自主避難の人たちの住宅無償提供の打ち切りに伴って始まった家賃補助制度が終わり、こうした人たちへの住宅支援策が完全になくなることになります。自主避難のあと、福島に戻ったある主婦は、「それぞれ事情が違うので、個別の支援をお願いしたい。わがままだと切り捨てないで欲しい」と話していました。こうした言葉をしっかりと受け止める必要があります。

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(西川 龍一 解説委員)

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