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「ネット投票は実現するのか?」(くらし☆解説)

権藤 敏範  解説委員

ことしは、統一地方選挙と参議院選挙が重なる12年に一度の選挙イヤーです。こうした中、政府は、インターネットを利用して投票する、いわゆるネット投票の導入に向けて実験を行うことになりました。はたしてネット投票は実現するのか?権藤解説委員です。

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《ネット投票の仕組みは?》

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ネット投票の仕組みは、まだイメージの段階ですが、まずは、自宅やオフィスから、パソコンやスマートフォンを使って、専用のネット投票システムにアクセスします。そして、カードリーダーで、マイナンバーカードを読み取り、本人確認を行います。その後、画面に、自分が該当する選挙区の候補者などの情報が表示されますので、そこから選んで投票することが考えられます。

《政府の実験はどうなるの?》
政府は、新年度・平成31年度予算案に、初めて2億5千万円を盛り込み、ネット投票を実現できるのか実験を行うことにしています。実験では、ネット投票の基本的なシステムを組んで模擬投票などを行い、トラブルなく作動するかなどを確認していくことが想定されますが、具体的には、まだ決まっていません。

《ネット投票の導入検討は、在外投票のみ》

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ネット投票の導入が検討されているのは、今のところ、海外に住んでいる有権者が対象の在外投票だけです。海外には、およそ10万人の有権者がいて、ほとんどが、現地の大使館などを訪れて投票しています。ただ、大使館から遠方に住む人は、丸1日かけて投票しに行かなければならないケースもありますし、日本に投票用紙を運ぶ日数を考慮すると、投票できる期間も短くなります。このため、在外投票の投票率は、先の衆議院選挙で21%と、全体の投票率53%と比べても著しく低くなりました。ネット投票の導入で、こうした投票しにくい環境を改善したいという狙いがあります。この夏の参議院選挙には、導入が間に合わないと思いますが、早ければ、3年後の参議院選挙には間に合うかもしれません。

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《国内の選挙への導入は?》
ネット投票が導入されれば、投票所や開票所の設営が必要なくなり、開票作業に多くの職員が携わることもありません。選挙費用も、今より低く抑えられるでしょう。疑問票や無効票もなくなり、何より、結果がすぐに正確に判明します。しかし、政府は、かつて電子投票で躓いた歴史があるので、導入には慎重なのです。

《電子投票》
電子投票は、投票所に行って、専用の電子投票機で投票する制度です。画面の候補者の名前に触れるだけと簡単です。ネット投票と似ていますが、電子投票は、投票所に行かなければならないというのが、大きく違います。平成14年に、地方選挙に導入され、当初は「先進的だ」と、もてはやされました。しかし、電子投票が実施されたのは、全国で、わずか10の市町村のみ。今では、実施している自治体はありません。こうなったのも、いくつかの自治体でトラブルがあったからです。特に、岐阜県可児市のトラブルが大きいと思います。

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可児市は、平成15年の市議会議員選挙で、初めて電子投票を行いましたが、機材のトラブルで、一時、投票ができなくなりました。いったん当選者が決まったものの、2年後に、最高裁判所で、「トラブルによって当選者が変わった恐れがある」として、選挙の無効が確定。その後、再選挙が行われるなど、市政が著しく混乱しました。これを受けて、全国の自治体は、導入に消極的になりました。

《電子投票の教訓を踏まえて》

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総務省の有識者研究会は、電子投票の教訓を踏まえて、ネット投票では、システムの故障への備えや、サイバー攻撃への対策を万全にすることなどを求めています。さらに、システム上は、国内の投票にも広げる事ができるとしています。
ただ、国内の投票では、1億人を超える有権者のデータを扱うことになりますので、システムを安定的に稼動させるのが簡単ではありません。

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さらには、場所に縛られないネット投票特有の、自由な意思で投票できるのかという問題も生じます。例えば、会議室に集められて、立場が上の人に、「今、ここで、○○候補に投票しろ」と強要されたりする恐れがないとは言えません。

《世界で唯一のネット投票の国》

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世界を見渡すと、ネット投票を行っている唯一の国が、バルト三国の1つ、エストニアです。人口は130万人で、当時のソビエトから独立するときに、インフラの電子化を進め、今では電子立国として知られています。2005年に、選挙にもネット投票を導入し、2007年には国政選挙にも拡大しました。
ただ、日本とは、人口の規模だけでなく、投票に関する考え方も違いますので、エストニアの制度を、そのまま導入するのは難しいと思います。例えば、エストニアでは、自由意思による投票を確保するために、ネット投票は、何度でもやり直す事ができます。しかし、日本では、投票のやり直しを認めていませんので、ネット投票だけ、やり直せるようにするのはなじまないという指摘があります。

《ネット投票で投票率向上?》
ネット投票を国政選挙に導入したとしても、仮に失敗しようものなら、民主主義の根幹である選挙の信頼性を失墜させる恐れがありますので、政府が、慎重になるのも理解できます。関係者も、「国内の選挙に導入するのは、なかなか容易ではない」と話しています。

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ただ、ネット投票を導入することができれば、特に若者の投票率が上がるかもしれません。衆議院選挙の投票率の推移を年代別に示したグラフを見ますと、20代の投票率が、つねに最も低くなっています。若者の政治離れの対策を検討している議員連盟のメンバーも、「ネットは若者に身近なので、若者の投票率向上に期待できる」としています。
それに、高齢者にも効果的だと思います。投票率は、年齢を重ねるほど上がる傾向にありますが、70代以上の投票率は、50代や60代よりも低くなっています。その大きな原因の1つとして、健康上の理由で、投票所に行くのが困難な高齢者が増えるからだと見られています。

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総務省の有識者研究会のメンバーでもある、情報セキュリティ大学院大学の湯淺墾道教授も、「ネット投票の研究を始めた当初は若者に注目していたが、超高齢社会の日本では、むしろ高齢者のためにネット投票が必要になると思う」と指摘しています。
ネット投票の実現には、安定的なシステムや、自由な意思で投票できる環境の確保など、乗り越えなければならない課題が少なくありませんが、大きな可能性を秘めていることは確かですので、まずは政府の実験に注目していきたいと思います。

(権藤 敏範 解説委員)

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