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「『被爆の実相』伝える意義は」(くらし☆解説)

増田 剛  解説委員

きょうのテーマは、「『被爆の実相』伝える意義は」です。
外交担当の増田解説委員に聞きます。

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Q1)
増田さん、きょうは、とてもシリアスなテーマですね。

A1)
はい。きょうは、核軍縮をめぐる国際情勢が厳しい中で、被爆の実相を世界に伝え、核廃絶に向けた国際世論を喚起しようという取り組みの意義と難しさを考えてみたいと思います。
私がそう思ったきっかけですが、ひとつは、今月が第1次世界大戦の終結から100年の節目にあたることです。いま、ヨーロッパでは、第2次世界大戦も含めて、人類がどうして戦争という過ちを繰り返したのかを振り返り、検証しようという機運が高まっているんです。

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第1次世界大戦は、1914年に勃発。各国が、ドイツやオーストリアなどの同盟国とイギリスやフランスなどの連合国に分かれて戦い、戦場は、ヨーロッパを中心に世界各地に広がりました。
今から100年前の1918年11月11日に休戦協定が結ばれて戦争が終わるまで、4年間で1800万人の犠牲者を出しました。
人類史上初めての世界規模の戦争でした。

Q2)
世界中の人たちが苦しめられたんですね。

A2)
そうです。そして、この戦争は、その規模もさることながら、戦争の質を大きく変えるものでした。戦車や毒ガスといった兵器が使用された、人類が初めて経験した「近代戦」だったんです。そして、この反省をふまえて、戦争や兵器の恐ろしさを改めて知ってもらおうと、大戦の激戦地だったベルギーで、今、原爆展が開かれているんです。

Q3)
原爆展というと、原爆で日本が受けた被害を展示するものですね。
ただ、なぜ、ベルギーなんでしょうか。

A3)
ベルギーは、核兵器と同じく、非人道的な大量破壊兵器である化学兵器が、世界で初めて、使用された国だからです。

ベルギー西部・フランドル地方にあるイーペルは、第1次世界大戦中、史上初めて、毒ガスによる大規模な攻撃が行われた町として知られています。
今月11日で大戦終結から100年になることから、戦争や兵器の恐ろしさを改めて知ってもらおうと、現在、市内の博物館で原爆展が行われています。広島市と長崎市、イーペル市の共催です。
会場には、原爆投下後の町の写真や動員された学徒の水筒などの遺品50点余り、それに、今回の原爆展に合わせてイーペルの小学生が折った折り鶴などが展示されています。

(会場を訪れた女性)
「戦争について語り継ぎ、科学技術が必ずしも正しい目的に使われてこなかったことを知るべきだと思った」。
(イーペル市ドゥルネズ市長)
「自分たちの歴史と比較しながら、広島・長崎で起きたことを知ることは、とりわけ若い世代にとって、意義があると思う」。

Q4)
この原爆展を企画したのは、広島市と長崎市ということですが、狙いは、どこにあるのでしょう。

A4)
はい。戦争の記憶が残る象徴的な場所で原爆展を行うことで、核兵器の被害の悲惨さを世界中に発信し、核廃絶に向けた国際世論を喚起しようというのが狙いです。

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広島市と長崎市は、23年前の1995年から、世界各地で、原爆展を開催してきました。これまでの開催実績は、18か国の48都市で、のべ56回にのぼります。
来年の夏には、原爆が開発されたロスアラモスで、戦後75年となる再来年・2020年の夏には、日米開戦の舞台となったハワイの真珠湾で、原爆展を開催したいとして調整を進めています。

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イーペルを訪れていた広島平和記念資料館の志賀賢治館長は、「戦争の記憶がある土地では、記憶をつないでいこうという人々の思いを強く感じる。象徴的な場所で原爆展を行うことは大きな意味があると思う」と話していました。

Q5)
私も、意義深い取り組みだと思います。ただ一方で、核軍縮をめぐる現実の国際情勢はどうなっているのでしょうか。

A5)
率直に言って、厳しいのが現状です。

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去年7月、国連総会で、核兵器禁止条約が、122の国と地域の賛成多数で採択されました。しかし、アメリカやロシアなどの核保有国は、世界の安全保障の現実をふまえていないとして条約に反対し、以来、核保有国と非核保有国の溝が深まっています。
また、アメリカの「核の傘」に依存する日本も、核軍縮は段階的に進めるべきだとして反対しました。
そして最近は、核保有国の間でも、対立が深まっています。

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先月、アメリカのトランプ大統領は、冷戦時代に、核軍縮の先駆けとなったINF・中距離核ミサイル全廃条約について、ロシアが条約を順守していないと破棄する考えを示しました。核軍縮どころか、新たな核軍拡競争が起きかねないという懸念が広がっています。
さらに、今月、国連総会の委員会で、日本が提出した核兵器廃絶を呼びかける決議案の採決が行われましたが、核保有国と非核保有国の「橋渡し役を担う」としてきた日本の姿勢が問われる厳しい結果になりました。

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どういうことかと言うと、日本の決議は、核兵器禁止条約に直接、言及しなかったため、非核保有国のオーストリアなどが、不十分だとして棄権に回り、核保有国のアメリカも、世界の安全保障の環境変化を反映していないとして、棄権しました。つまり、日本は、核保有国と非核保有国の双方から賛同が得られなかったんです。

Q6)
厳しい状況ですね。こうした中で、日本政府は、どのような手を打っているのでしょうか。

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A6)
なんとか解決策を模索しようと、先週、日本政府が主催する「賢人会議」が長崎市で開かれました。これは、核保有国と非核保有国、双方の専門家に、核軍縮を進めるための方策を考えてもらおうというもので、内外の有識者15人が参加しました。
会議では、トランプ大統領がINFを破棄する意向を示したことを懸念する意見が相次ぎ、アメリカとロシアの専門家が、ともに相手の政府の姿勢を批判する場面もあったようです。
結局、今回、具体的な提言はまとめられませんでしたが、「長崎を最後の被爆地にすべきだ」という点では、完全に一致したということで、そこに光明を見出したいところです。

Q7)
なんだか、もどかしいですね。

A7)
はい。しかも、最近、気になるニュースがありました。韓国の人気アイドルグループ「防弾少年団」のメンバーが、原爆投下によるきのこ雲をあしらったTシャツを着ていたことが明らかになって、批判の声があがったんです。

Q9)
確かに、波紋を呼びましたね。

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A9)
防弾少年団は、アメリカの音楽チャートで韓国の歌手として初めて1位を獲得し、日本でも今月、東京ドームでコンサートを行うなど、世界的に人気があるグループです。若者への影響力も大きいだけに、気になるニュースでしたが、批判を受けて、先週、所属事務所が、フェイスブックに「被爆者を傷つける意図は全くなかった。心から謝罪する」という文章を掲載しました。 

私も、彼らに被爆者を傷つける意図はなかっただろうと思います。 
ただ、あのきのこ雲の下で、どのような惨禍が起きていたのかに、思いが至らなかっただけなんだろうと思います。
あのきのこ雲の下では、多くの人が一瞬にして命を失い、即死を免れた人も、多くが全身にやけどを負い、苦しみながら死んでいきました。
生き残った人も、後遺症に苦しんでいる人がたくさんいます。
それが、被爆の実相です。
私は、それに思いが至れば、きのこ雲をあしらったTシャツを着ようという気持ちにならないと思うんです。 
そして、このことが示しているのは、被爆の実相を伝える取り組みが、いかに大切かということです。
唯一の戦争被爆国に生きる私たちは、被爆の実相を知ることと、それを伝える取り組みの意義を、今、改めて問われていると思います。

(増田 剛 解説委員)

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