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「『明治150年』各地の取り組みから見えるもの」(くらし☆解説)

高橋 俊雄  解説委員

くらし☆解説。きょうは「明治150年 各地の取り組みから見えるもの」というテーマです。

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Q)ことしは明治維新から150年に当たりますね。

A)
ちょうど150年前のきょう、年号が「慶応」から「明治」に改められました。
150年前というと、西暦1868年です。それより前、1853年にペリーが来航し、江戸幕府は大きく揺らぎました。そして1867年に将軍、徳川慶喜が大政奉還をして政権を返上し、翌68年から明治時代が始まりました。

Q)節目の年ですから、さまざまな催しがありますね。

A)
きょうは政府主催の記念式典が開かれますし、1年を通じて、各地で展示会やシンポジウムなどが行われています。

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内閣官房の「明治150年」のサイトで各地の催しを調べることができますが、きょうの分だけでも、およそ90件が紹介されています。こちらはその一例です。
北海道から九州までさまざまなイベントがありますが、その内容や目的は地域や施設によって異なり、明治150年をどう捉えるかについても、さまざまな見方があることがうかがえます。

まず、明治150年を肯定的に捉えているのが、維新の原動力となった「薩長土肥」。鹿児島、山口、高知、佐賀の各県です。自分たちの先人が近代国家を築いたという誇りがありますので、PRには力が入っています。

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このうち西郷隆盛や大久保利通を輩出した鹿児島は、ことしは明治150年を記念するカウントダウンで年が明けました。およそ4000人が集まり、西郷のイラストが書かれたかぶり物を身につけて、新年を祝ったということです。
1月には、大河ドラマ「西郷どん」の放送に合わせて「大河ドラマ館」もオープンし、撮影で実際に使われた衣装などが展示されています。
鹿児島県は「かごしま明治維新博」というキャンペーンを官民一体で展開し、博物館での企画展や、維新ゆかりの土地をめぐるツアー、さらには西郷のそっくりさんを探す「西郷1(せごわん)」グランプリなど、さまざまなイベントを企画しています。

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Q)「薩長土肥」のほかの地域でも、同じような催しが行われているのでしょうか。

A)いずれの県も、1年を通してキャンペーンを展開しています。
薩長土肥の出身者は、幕府を倒して明治維新の立役者となっただけでなく、その後さまざまな分野で、近代化を推し進める中核を担ってきました。

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長州は、木戸孝允や伊藤博文などを輩出し、薩摩とともに江戸幕府を倒しましたし、土佐は言わずと知れた坂本龍馬や自由民権運動の板垣退助の出身地です。
肥前からは、内閣総理大臣を2回務めた大隈重信などが出ています。
このように4県は、明治維新に関する展示やイベントのテーマには事欠きませんが、これを機にさらに観光振興を図ろうと、連携を深めています。
名付けて「平成の薩長土肥連合」。今月6日には東京に知事4人が勢ぞろいして、マスコミ関係者などへの情報発信会を開きました。
知事たちは途中で衣装を変えて登場し、西郷隆盛や坂本龍馬など、ゆかりの人物にふんして、おすすめの観光情報などをPRしました。

Q)ずいぶんと力が入っていますね。

A)
幕末・明治の「薩長土肥」は政治の変革や産業の近代化を推し進めましたが、「平成の薩長土肥連合」は、観光プロジェクトです。この「明治150年」を観光振興の絶好のチャンスと捉え、明治維新とは直接関係のない自然や食などもPRしています。歴史だけでなく、今の魅力も発信することで、多くの人に来てもらいたいと考えているわけです。
薩長土肥はいわば「勝ち組」ですので、明治150年を全面的にPRすることができますが、これとは全く異なるとらえ方をしている地域もあります。

Q)大河ドラマ「八重の桜」ですね。

A)
舞台は会津藩、戊辰戦争で戦っているシーンです。戊辰戦争は薩摩や長州などの新政府軍と旧幕府軍が戦った戦争で、幕末に京都の治安維持にあたっていた会津藩は「朝敵」とされ、激しい攻撃を受けました。降伏した会津の人たちはその後、苦難の歴史を歩みました。
今、福島県会津若松市の市街地を歩くと、のぼりや旗を多く見かけます。
PRしているのは、「維新」ではなく「戊辰」です。

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こちら、記念事業のパンフレットですが、ロゴは会津松平家の家紋をあしらった独自のもので、「5」の中に見える動物は、白虎隊の「白虎」をイメージしているそうです。
その下には、「SAMURAI CITY AIZU」という文字もあります。
そして、「会津藩は、大義が見えないこの変革の流れに、最後まで抵抗を続けました」「会津は、自ら信ずるところに従って戦い続けたのです」と、新政府軍と戦った歴史に対する強い思いをつづっています。
150年に合わせてさまざまなイベントを行っているのは、「薩長土肥」の4県などと同じですが、その背景にある歴史観は全く異なっているのです。
こうした歴史を紹介する展示が、会津若松市にある福島県立博物館で今月14日まで開かれていました。
白虎隊の悲劇を描いた「白虎隊自刃の図」。当時使われていた会津藩などの旗やのぼりもあります。およそ200点の資料をもとに戊辰戦争を振り返り、図録が完売するほどの盛況となりました。
この展示、実は福島だけで開かれたのではなく、東日本の3つの博物館が共同で企画しました。あとの2館は、新潟県立歴史博物館と仙台市博物館です。この3館、共通点は何かと言いますと、150年前に戊辰戦争で手を組んだ地域にあるという点です。

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Q)いずれも新政府軍と戦って敗れた側ですね。

A)
戊辰戦争では、東北地方や新潟県の藩が「奥羽越列藩同盟」を結成して、会津藩を助けようとしました。
新潟県立歴史博物館は長岡市にありますが、長岡藩は新政府軍に攻め込まれて城が落ちています。また、仙台藩は同盟を主導する役割を果たしていました。そこで3つの博物館は、戊辰戦争を「敗者の視点」から考えようという展示を、共同で企画したのです。
新潟と福島では展示が終了し、今月26日からは、仙台市博物館で展示が始まります。

Q)「敗者の視点」を知るというのも、大切なことですね。

A)
「薩長土肥」と「奥羽越列藩同盟」を対比する形で、それぞれの取り組みを紹介しましたが、
歴史の「光と影」や「表と裏」といったさまざまな側面に目を向けるということは、とても大切なことだと思います。
さらに、明治維新は全国各地で人々の暮らしに大きな影響を与えたので、ほかの地域でもそれぞれの視点から「明治150年」を考えることができます。

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例えば東京は、「江戸」を「東京」に改めるという詔書が出たのが1868年で、その後、街は大きく姿を変えました。ことしは「東京150年」です。
反対に、京都は明治維新によって都の地位を失いました。ことしは、衰退の危機をいかに乗り越えたかという視点で、シンポジウムなどが開かれています。
北海道は、「蝦夷地」からこの名前に変わり、その後、開拓が進みました。実際に名前がつけられたのは明治2年、1869年ですが、ことしを節目の年として「北海道150年」に関するさまざまな催しが行われています。

Q)1つの歴史にも、地域や立場によってさまざまな見方があるのですね。

A)
明治維新は、日本が近代国家としての歩みを始めた大きな転換点なので、その歴史を振り返ることは、日本のこれからを考えるうえでも非常に重要なことだと思います。さらにことしは各地でさまざまな催しがあるので、教科書で習うような国全体の歴史だけでなく、人々の暮らしのベースとなる、それぞれの地域の出来事を知るいい機会です。
これを機に博物館などに足を運んで、歴史に思いをはせてみてはいかがかでしょうか。

(高橋 俊雄 解説委員)

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