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「将棋界 進む世代交代」(くらし☆解説)

高橋 俊雄  解説委員

くらし☆解説、きょうは将棋界の世代交代についてです。

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Q)羽生善治さんが負けてしまったようですが、将棋界の世代交代、なにが起きているのでしょうか?

A)
30歳以下の若手が台頭し、タイトルを次々と奪っているんです。
その象徴となったのが、今月17日に勝敗が決した棋聖戦です。

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棋聖戦はそれまで、羽生善治さんが10連覇していました。今回は、28歳の豊島将之さんが47歳の羽生さんを破って、棋聖のタイトルを獲得しました。
この対局について、豊島さんは会見で、次のように振り返っています。

「羽生先生は自分が将棋を始める前からトップ棋士として活躍してきたので、対局できること自体が信じられず、勝ってタイトルが取れたのは現実ではないようだ」

Q)今、「棋聖」という名前が出ましたが。将棋のタイトルというのは、どんなものなのでしょうか。

A)
ライバルの棋士に勝ち続けてようやく手にすることができる、チャンピオンの証しともいうべきものです。「竜王」や「名人」など、現在は8つあり、棋士にとってはこれを1つでも獲得することが、最大の夢や目標といっても過言ではありません。
タイトルを獲得するには、基本的には予選を突破したうえで、挑戦者を決めるトーナメントを勝ち抜く必要があります。

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例えば今回の棋聖戦の場合、豊島さんは二次予選から登場して6人の中でトップに立ち、強豪がひしめく決勝トーナメントで4連勝して、挑戦者になりました。

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タイトル保持者の羽生さんに挑む戦いは、5回の対局があり、先に3勝したほうが勝者になります。今回はともに2勝2敗で17日の最終局までもつれ込み、豊島さんが勝って、念願のタイトルを手にしたのです。

Q)タイトルを取ったあとはどうなるのですか。
A)
今度は立場が逆転して、挑戦を受けることになります。今後、棋聖のタイトルを自分のものにし続けるには、挑戦者との戦いに、毎年勝っていかなければなりません。

Q)将棋界のタイトルは、これまでは羽生さんが多く持っていましたよね。

A)
羽生さんは平成元年に最初のタイトルを獲得し、これまでに積み上げてきた数は、実に「99」。今回の棋聖戦に勝てば、前人未踏の「100」に達したのですが、持ち越しとなりました。
その強さの絶頂期が、こちら。平成8年です。

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Q)すべてのタイトルが、羽生さんですね。

A)
羽生さんはこの年の2月、当時の七大タイトルをすべて獲得し、史上初となる「七冠独占」を果たしました。七冠の独占はこの年だけですが、羽生さんはその後もタイトル獲得を積み重ね、まさに平成の将棋界をリードしてきました。
そして、去年の7月の状況です。

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Q)羽生さんは3つのタイトルを持っていますね。

A)
減ったとはいえ、王位、王座、棋聖の三冠を維持しています。そして、渡辺明さんが、竜王と棋王の二冠です。

これが1年たってどうなったかといいますと・・・。

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まず「叡王」が新たに加わり、タイトルの数が8つになりました。そしてタイトル保持者の顔ぶれをよく見てください。

Q)全員違いますね。

A)
羽生さんが持っていたタイトルは、この1年の間に、王位は菅井竜也さん、王座は中村太地さんに代わり、今回、棋聖は豊島さんに奪われました。羽生さんは去年12月に竜王になっていますが、「一冠」に後退してしまいました。この結果、複数のタイトルを同時に持つ棋士がいなくなったのです。
このように、すべてのタイトルを別々の棋士が持つのは、昭和62年以来、31年ぶりのことで、将棋界は「群雄割拠」ともいえる状態になっています。

Q)こうした状態が、若手の台頭を表しているということですね。

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A)
はい。タイトル保持者の現在の年齢を見てみますと、佐藤さん、菅井さん、中村さん、豊島さん、高見さんと、5人が30歳以下です。さらにこのうちの4人は、これが初めてのタイトル獲得と、フレッシュな顔ぶれになっています。

Q)若手といえば高校生の藤井聡太さんもいますが、タイトル獲得はまだ先ですか。

A)
藤井さんはきのう誕生日を迎え、16歳になったばかりです。若手のタイトル保持者よりも、さらに若い世代ということになります。
藤井さんは去年、デビュー戦から29連勝と最多連勝記録を更新し、その後も順調に勝ちを重ねていますが、タイトル獲得となると、そう簡単ではありません。
先月から今月にかけて、竜王戦と王座戦の挑戦者を決めるトーナメントで、続けて敗れてしまいました。特に王座戦は、予選から8連勝してベスト4に進み、あと2勝すれば挑戦者になれるというところまで来ていましたが、先輩棋士の壁に阻まれてしまいました。

Q)とはいえ、16歳。まだまだこれからですね。

A)
将棋のタイトル挑戦の最年少記録は17歳10か月ですから、ここまで勝ち進んだだけでも大健闘と言えます。実際、藤井さんはタイトルに向けて、少しずつ自信をつけていることがうかがえます。ことしの年明けに放送した「新春インタビュー」では、タイトル挑戦について、次のように話していました。

「2018年というのは、タイトルという大きな目標に向けてじっくり力をつけていきたいというふうに思っています」

ことしはタイトルを取るよりも、今後の挑戦に向けて力をつける時期だと考えていたわけです。それが、先月の記者会見では、ちょっとニュアンスが変わっています。

「タイトルを目指したいという気持ちは常に強く持っていて、プロになったころは遠い目標でしたが、距離を縮められた部分もあると思っています」

Q)確かに自信をつけてきたという印象ですね。

A)
そう思います。ことしに入って、2月には、タイトル戦ではありませんが、「朝日杯将棋オープン戦」で羽生さんなどを破って優勝しましたし、4か月という短期間に、五段、六段、七段と一気に段位を上げています。4月に高校生になってからも、これまで11勝3敗と、引き続き高い勝率を維持しています。
藤井さんは現在、棋王戦で挑戦者決定トーナメントに駒を進めています。強い棋士を相手にさらに勝ち進まなければなりませんが、今年度内にタイトルに挑戦する可能性が残されています。

Q)藤井さんも含めて、なぜ若手の棋士の台頭が目立っているのでしょうか。

A)
羽生さんが「絶対王者」ではなくなった分、棋士の力関係が接近し、タイトルを取るチャンスが増えているという面はあると思います。
一方で、豊島さんが会見で指摘していたのが、これまでとは違う新しい戦術が、どんどん出てきているという点です。その理由の1つとして挙げられるのが、人工知能=AIを使った将棋ソフトの普及です。将棋界では、AIの実力はすでにトップ棋士を上回っていて、藤井さんをはじめ、多くの棋士が研究に取り入れています。
将棋の研究では、先を読めば読むほど、検討すべき選択肢はどんどん増えていき、人間がその手の善し悪しを1つ1つ考えていくには膨大な時間と労力がかかります。ところがAIはそれを短時間で判断し、棋士にとっては予想外の手を示すことがあるのです。

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Q)それをどう生かしていくか、ということですか。

A)
そうですね。これについてベテランの棋士に聞いたところ、「AIが導き出した手をどこまで受け入れるかというところが、若手棋士とわれわれとの違うところだと思う」と話していました。新しい手をどうやって生み出していくか、そして相手の新しい戦術にどうやって対抗していくか、といった研究がこれまで以上に進んでいることが、若手の台頭と実力の接近につながっていると思います。

Q)一方のベテラン勢ですが、このまま若手の台頭に屈してしまうのでしょうか。

A)
AIを取り入れた研究が進んでいるとはいえ、人間同士の対局では、ミスもあれば心理戦もあります。羽生さんはことし2月に国民栄誉賞を受賞したときの会見で、「将棋の世界は非常に幅広い年代の人がいて、年代が上がっても指せる将棋があります。自分なりの限界に挑戦していきたい」と話していました。

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羽生さんは今回、棋聖のタイトルを失いましたが、まだ竜王を持っています。この秋からの竜王戦に勝てば、タイトルを防衛するだけでなく、「タイトル獲得通算100期」の偉業を達成します。
若手の台頭だけでなく、ベテラン勢の巻き返しによって、将棋界が一層、活性化することを期待したいと思います。

(高橋 俊雄 解説委員)

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