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「放鳥10年 あなたの街にもトキが飛ぶ?」(くらし☆解説)

土屋 敏之  解説委員

◆特別天然記念物のトキは、ひとたび日本の空から姿を消したが、今再び自然の中で見られるようになってきた。

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 トキは、環境省が新潟県に運営を委託する「佐渡トキ保護センター」が中心になって人工繁殖が進められ、2008年9月にトキを再び野に放つ「放鳥」が始まりました。そして、放鳥に頼らず野生で繁殖が続く目安として国が定めた「2020年頃に220羽のトキを定着させる」という目標をこの夏2年前倒しで達成しました。まだ野生で繁殖しているのは佐渡だけですが、そこから飛来したトキは秋田県から福井県まで確認されていますから、そのうち皆さんの暮らす街でもトキが見られるかもしれません。

◆トキはどんな鳥?

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 トキはサギなどに比較的近い種類の鳥で全長75cm程とやや大きめです。成鳥は顔が赤く、くちばしが長く反っており、水田や里山でドジョウや昆虫などを食べる肉食の鳥です。
 かつては東アジアに広く分布していましたが、日本では明治以降羽毛目当ての乱獲で激減し、戦後も開発や農薬の使用などで追い詰められ野生のトキは絶滅しました。現在のトキは中国に残っていたトキを元に人工繁殖が行われてきたものです。“中国のトキ”と言っても遺伝子の解析で日本のトキと同一の種だとわかっています。
 佐渡トキ保護センターでは1999年に人工繁殖でのヒナが生まれ、2008年から放鳥されていますが、長い間試行錯誤を続けてようやく2年前から野生下で生まれたトキ同士がさらに子供を作る、言わば“純野生”のトキも次々誕生するようになりました。

◆どうして最近は順調に増えている?

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 ひとつには飼育繁殖のノウハウが蓄積され、特に「人工育雛」から「自然育雛」に変わってきたことが大きいと専門家は指摘します。トキは産んだ卵を取り除くとまた新たに生む性質があるので、初期は数を増やすために卵を取り上げて孵卵器に入れて孵して、そのヒナは人がエサをやって育てる「人工育雛」が、よく行われてきました。ところが人工育雛で育ったトキは、巣作りや子育ての仕方を親から学んでいないためか、野生に戻した後、繁殖の成功率が低いとわかってきました。それから施設でもなるべく親にヒナを育てさせる「自然育雛」を進めるようになり、こうした言わば“子育て上手”な世代が増えてきたのが大きいそうです。
 野外でトキが暮らせる環境が増えてきたことも見逃せません。まず、トキのエサ場になるような水田の増加です。放鳥開始に先立って、佐渡市は農家と協力して「朱鷺と暮らす郷」というお米の認証制度を作りました。これは、農薬や化学肥料を半分以下に減らし、田んぼの水を抜く時期もドジョウやカエルなどが生きられるような水路を設けるなど、条件を満たす農法で育てたお米に認証マークをつけて、ブランド化をはかったのです。普通よりは高値で取引されるようになったこともあって佐渡の主食用の水田の4分の1にまで広がりました。
 また、ボランティア団体や環境学習として子供たちも大勢参加して「ビオトープ」と呼ばれる湿地の整備が進んでいます。これもトキのエサ場になっています。

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 こうした取り組みの成果はどうでしょうか?こちらは先週、私が撮ってきた映像ですが、佐渡市の新穂地区のたんぼでトキを見かけました。稲刈り後の田んぼで昆虫かミミズを捕っていたようです。この田では4羽、また夕方、街外れの森の木の上には10羽ほどの群れがいるのをみかけました。野生のトキが普通に見られるようになりつつあるのです。
 農薬を控えるなどした米作りをブランド化して希少動物の暮らす環境を広げていく取り組みは、兵庫県豊岡市でコウノトリを野生復帰させる際に行われたのを参考にしたそうです。トキと共生する農業を営む佐渡の里山は、2011年、国連機関から日本初の「世界農業遺産」にも認定されました。

◆私たちがトキを見かけたらどうしたらいい?

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 トキは警戒心が強い鳥なので、見かけたら驚かせないようになるべく100m以上離れた所から静かに見守って下さい。自動車から見かけたら車を止めそのまま車内から、がよいそうです。佐渡以外でトキを目撃した方は、環境省の佐渡自然保護官事務所に連絡するか、佐渡トキ保護センター野生復帰ステーションのHPからも情報を寄せられます。

◆こうしてトキが増えてきたことによって新たな課題も指摘されている

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 昔トキは農家にとって稲の苗を踏んでダメにしてしまう害鳥と見られてきました。それが再び田んぼに現れるようになったことで、農家の一部から「被害を受けた」との声もあがり始めました。現在、新潟大学が実態の研究を進めたり、地域の協議会で対応を話し合っています。
 また、数の上では順調に増えてきたトキですが、元々は中国のわずか5羽のトキを繁殖させたものなので、ほとんどが言わば親戚のような遺伝的な多様性が乏しい集団です。これがなぜ問題かと言うと、遺伝的に似た集団は病気がはやったりすると一気に全滅するようなリスクも高いとされます。こうした中、中国から新たに2羽を譲り受けることになりました。

◆今後はどうなる?

 佐渡市ではトキが野生で見られるほど増えてきた今、観光資源としての期待も高まっています。来月には野生復帰10周年を記念する式典と放鳥式が佐渡で行われます。来年には野生のトキがよく見られる場所に見学施設も出来る予定です。
 トキは特別天然記念物で、国も力を入れて取り組んでいるという特別な事例ではありますが、トキが暮らせる環境を整備することは、トキだけでなく他の多くの生き物もそして人間も安心して暮らせる豊かな自然を保全することだとも言えます。認証米制度のように地域の人たち自身がこうした自然豊かな環境に価値を見いだして守っていく取り組みは、他の地域でも参考になるのではないでしょうか。

(土屋 敏之 解説委員)

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