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「進むか?歴史的建造物のバリアフリー」(くらし☆解説)

竹内 哲哉  解説委員

◇こんにちは。くらし☆解説です。竹内哲哉解説委員とお伝えします。
さて、竹内さん、今日は「進むか?歴史的建造物のバリアフリー」ということですが…?

■はい。最近は「歴史ブーム」ということもあり、夏休みに神社やお寺、お城など、歴史のある建物を訪れる方もいらっしゃるのではないでしょうか。私は車いすに乗っていますが、そういった建造物を訪ねるのが好きで、若いころから、いろいろ見て回っています。
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◇どうですか、いろいろ回ってみて。バリアフリーは進んでいると思いますか?

■実感としては、まだまだかなと感じています。
■特に国宝や重要文化財に指定されているものは、「文化財保護法」によって、保護することが定められています。この法律では、補修をするときでさえ、その建造物の価値を損ねないように十分に検討して、慎重に行うようにとされていますから、現状を変更する、つまり、スロープをつけたり、エレベーターをつけたりというのは容易にはできないわけです。
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◇なるほど。

■ただ一方で、国はそうした国宝や重要文化財をできる限り公開し、文化を伝えていくことが大事だとしています。つまり、障害のある人、高齢者、外国人など、すべての人が、より快適に文化財に親しめるような工夫を進めている問頃もあるんです。
こちらは、文化庁が今年3月にまとめた「文化財の活用のためのバリアフリー化事例集」です。そのなかのいくつかご紹介しましょう。
京都にある国宝・清水寺です。岩渕さんは清水寺には行ったことは?

◇坂や石段だったような記憶が…。

■清水寺は778年に建てられており、もともとはバリアフリーではありません。
でも、いまは誰もが石段の脇にスロープが作られていたり、参道の舗装なども行われ、境内を一周できるようにバリアフリー化がされています。
そして、本堂にも段差があるところには、取り外し可能なスロープを設置していて、参拝できるようになっています。
本堂脇には多機能トイレも設置するなど、様々な取り組みをすることで、かつては少なくとも年間2000人以上の車いす利用者、そして高齢の参拝者が本堂を前に引き返してしまうということがあったそうなんですが、いまでは気軽に参拝できるようにしています。

■もう一つご紹介しましょう。こちらは国の重要文化財に指定されている札幌の豊平館です。北海道の開拓のために置かれた開拓使が建てた本格的洋風建築のホテルで、貴重な開拓使建築です。
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◇きれいな建物ですね。

■そうですね。木造2階建て地下1階建ての建物なんですが、車いすで自由に見学できるようになっています。秘密は2年前に建てられた建物の裏側にある附属棟です。附属棟は豊平館より一回り小さく作られ、景観を損ねないよう正面からは見えないようになっています。建物にはエレベーターがあり、豊平館とそれぞれの階を渡り廊下で結んでいます。1階は、いままであった出入り口を使っていますが、2階は、そういったものがなかったので、必要最小限の扉をつけました。
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◇そういった対応は認められるんですか?

■調整は必要だったそうですが、豊平館を保護していた文化庁は、文化財を積極的に活用するという視点から扉をつけても良いという現状変更の許可を出したんです。
こうした文化財の価値を損なうことなく、バリアフリーを取り入れる取り組みが、全国各地で進んでいます。

◇国宝や重要文化財であってもバリアフリーへの知恵が絞られているんですね。
 ただ歴史的建造物でいうと、先日この番組で名古屋城の話をご紹介したのですが、建て替え・復元を巡ってバリアフリーにするか議論になるようなケースもありますよね?

■そうですね。特にお城を象徴する天守の場合、難しい問題があるんです。日本には大きく分けて姫路城や松本城、彦根城といった江戸時代の姿のまま残っている天守と、それ以外、名古屋城や和歌山城、熊本城など、戦後に建てられた鉄筋コンクリートの天守があります。
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◇鉄筋コンクリートで作られている天守も多いんですね。

■そうなんです。その鉄筋コンクリートの天守なんですが、現在、コンクリートの耐用年数を過ぎてしまい、劣化も進んでいることなどから、地震で倒壊する危険性があると指摘されています。

◇それは、危険ですね。

■そこで、「建て替えましょうか?」という話になってくるんですが、いまのように鉄筋コンクリートで建てれば、バリアフリー化は可能です。たとえば、建て替えではありませんが、熊本城は被災したのを機に耐震化とともに、いままでなかったエレベーターを付けてバリアフリー化を進めています。
ただ、問題は木造による建て替え、つまり「復元」です。

◇どういうことでしょうか?

■木造で史実に沿った復元をしようとするとき、バリアフリー反対派と賛成派の主張がぶつかってしまうんです。

◇名古屋城のようなケースですね。

■ただ、それは名古屋城に限ったことではなく、全国各地であります。反対派は「かつてあったお城のように」ということで、限りなく史実に忠実な復元を望んでいます。史実に忠実となれば、エレベーターはありません。また、天守は軍事要塞の一部であり、敵を防ぐ役割を果たすという一面もあることから、バリアフリーには反対なわけです。

◇なるほど。もともと使いにくいわけですね。

■そうでうね。一方の賛成派ですが、復元であっても、いま求められている天守は観光施設であり公共の場なので、近代技術も取り入れながら、みんなが楽しめるようにすべきだと主張しています。みんなが楽しめるためにはバリアフリー化は外せません。
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◇なかなか平行線の議論ですね。何かいい方法はないんですか?

■一つ、参考になるかもれない事例があります。2004年に建てられた愛媛県にある大洲城の天守です。木造復元されています。大洲城には豊富な資料があったため、それに基いて「史実に忠実」な天守を再現しました。「史実に忠実」ということを重視したので、天守にスロープやエレベーターはありません。しかし、大洲市では多くの人に楽しんでもらいたいと、車いすの人が1階には入れるよう手助けをすることにしています。そして、その1階に展示物を集中する工夫もしています。
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◇今後もバリアフリーのあり方は課題になりますよね?

■そうですね、私は「復元」することは観光の資源になるので有効だと思いますし、それ以上に伝統技術の継承は文化的に意義のあることだと思います。ただ、歴史的建造物とバリアフリーは共存できると思います。
■イギリスでは歴史的建造物のバリアフリーを考えるとき、歴史家、建築家、障害者の3者が議論して決めています。その結果、400年前の構造物の歴史的価値を残しつつ、エレベーターを設置し、バリアフリーを実現した例もあります。

◇みんなで話し合って決めたわけですね。

■それがポイントだと思います。日本は障害者権利条約に批准し、障害のある人の権利の保障を世界に宣言しています。共生社会の原則は平等だと思いますので、「復元」であっても新しく建てる公共施設が、まったくバリアフリーに対応しない、というわけにはいきません。2020年にはパラリンピックも開かれます。世界に恥ずかしくない「おもてなし」ができるよう、“レガシー”、次の時代の財産になるバリアフリーの実現をしてほしいと思います。

(竹内 哲哉 解説委員)


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