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「八丁味噌 名前は誰のもの?」(くらし☆解説)

合瀬 宏毅  解説委員

テーマは「八丁味噌 名前はだれのもの?」です。愛知県の名物、八丁味噌の名前を巡って、老舗メーカーと農林水産省との対立が続いています。担当は合瀬宏毅(おおせひろき)解説委員です。

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Q. 対立しているというのは、どういうことでしょうか?

八丁味噌と言えば、味噌カツや味噌おでんと言った名古屋の食文化には欠かせない愛知県の代表的な味噌ですよね。これを去年12月、農林水産省が「GI 地理的表示」として登録したことから問題が始まった。
そもそもこのGI地理的表示、夕張メロンや市田柿、それに松阪牛といった、日本各地の伝統的な食品や農産物を、地域ブランドとして、その名前を国が登録、保護する仕組みです。現在62の産品が登録され、作り方や生産地域を限定することで、偽造品の流通防止や、輸出の後押しになると期待されています。

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Q.であれば、メーカーにとって良いことではないのでしょうか?

 ところが、「八丁味噌」については、伝統的製法を守る岡崎の老舗メーカー2社の八丁味噌組合と、愛知県の他のメーカーなどが作る愛知県味噌たまり醤油組合の2つが、「八丁味噌」の名前を名乗りたいと申し出、農林水産省は審査の結果、老舗メーカーではなく、県組合の申請を受理し登録した。
 これに老舗メーカーが反発、認定した農林水産省に対して不服申し立てを行い、現在審査中なのです。

Q.そうなのですか。

はい。昨日は、老舗メーカーのある岡崎市の駅前で、国に登録の見直しを求める署名活動が行われていました。
活動を行っているのは、岡崎市内にキャンパスがある4つの大学の学長が、商工会などに呼びかけて作った団体で、岡崎の財産を未来につなごうと署名を始めました。市民の反応は大きく、10日間ほどで1万人以上の署名を集めたとしている。

愛知産業大学・堀越哲美学長
「八丁味噌は地元の誇り。このままでは、岡崎の伝統ブランドの信用は失われ、未来に八丁味噌を伝えることができない。」

Q.それにしてもなぜ、農林水産省は、老舗ではない組合にGIを認めたのか

その前にまず、八丁味噌とはどういう味噌か、見てみたい。
艶のある黒みを帯びた褐色の色、そして渋みや甘み、旨みによる濃厚なコクと特有の香りが特徴です。名古屋の食文化には欠かせない味噌とされています。
もともとこの八丁味噌、徳川家康のお膝元、岡崎城から八丁、800メートルの距離にある八帖町で、江戸時代から造られていたことが名前の由来になっています。しかも、醸造にはいまでも木の桶を使い、天然石の重しを円錐状に積み上げ、中の空気を抜きながら2年あまりにわたってじっくりと味噌を熟成させる製法を守っている。
老舗2社は、ここ八帖町で、この製法で作られた味噌だけが八丁味噌だと主張している。

Q.まさに伝統食品ですよね。

ところが、こうした八丁味噌、実は昭和に入った頃から、岡崎市だけでなく愛知県の他の地域でも作られはじめました。GI登録をした県組合加盟の6社も八丁味噌を造っている。
そうしたメーカーの中には、すでに90年にわたって八丁味噌という名前で製品を販売しており、生産量も組合全体で2社に迫るところにまで増えている。八丁味噌というブランドは生産者全体で作ったものであり、2社だけにGIを認めれば、そうしたメーカーを排除することになる。

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農林水産省では、老舗2社に産地を広げて申請をやり直すように求めたが断られ、結局、産地を愛知県全域としている県組合に、地理的表示を認めざるをえなくなった。

Q.ただ、中身はどうなのか

 実は作り方は大きく違う。

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両者とも、大豆と塩だけを原料とするというところは同じ。しかし大豆をつぶして麹を付着させる味噌玉については、2社はその大きさを握り拳ほどと大きいが、県組合は味噌玉の直径は2センチ、長さ5センチ以上と小さめ。
味噌を仕込む桶も、先ほど見たように2社は木造の仕込み桶で、天然石3トンを円錐状に積み上げるとしているが、県組合では、桶も重石も形状は問わないとしている。

Q.熟成の期間はどうですか?

老舗2社は、2年以上にわたって熟成させるとする一方で、県組合は一夏以上と短く、熟成を早めるための加温も可能だとしている。
このように、双方で作り方が違い、これでは八丁味噌とはいえないと、老舗2社は反発しているのです。

Q.確かにかなり違いますね。

 ただ農林水産省は、醸造の専門家などの意見を聞いた結果、確かに老舗2社が昔ながらの方法で作ってはいるのだが、八丁味噌の特徴としている、艶のある黒みを帯びた色や、濃厚なコクと特有の香りなどの特性は、この方法で無くとも実現できるとした。
 しかも県組合加盟のメーカーは、全てが簡単な方法で味噌を造っている訳ではない。

Q.どういうことですか?

八丁味噌を造る県組合加盟のメーカーを訪ねてみました。
老舗2社と同じように木の樽を使い、1年半以上熟成させるこだわりの製法を守り続けています。それでも組合全体で比較的緩い基準を受け入れたのは、県内の味噌メーカーが年々少なくなり、最盛期の5分の1に減り続けている現状があるからだと言います。

Q.まずはみんなでまとまることが大切だと言うことですか。

はい。県組合は緩い基準ですから、老舗の2社も県組合の基準を受け入れれば、GIのマークをつけることはできる。そうした上で、おたがいに競争して業界全体を活性化しようという考え方なのです。

Q.この問題どうなるのでしょうか?

いずれにせよ、2社が提出した不服申し立てが現在、農林水産省で審議されている。
ただ、国が県組合のような緩い基準を認めるのなら、どういう製法で作っているのか、消費者としてはそれが分かるようにして欲しいと思います。

Q.双方の考えがあるだけに、国も時間をかけて調整する訳にはいかなかったのか?

そうもいかない。実は、日本食ブームの中で、海外で日本産を装った商品が年々増えている実態があるというのです。

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これは去年、農林水産省が海外市場で調査したものだが、たとえば台湾や中国で、海外産の沖縄の黒糖や静岡のマスクメロンが、あたかも日本製のように売られていましたし、インドネシアでは、本来はあり得ない塩が日光の塩として、売られている。そして、その中に「尾張の八丁風味噌」という八丁味噌もどき売られている。

Q.これは大変ですね。

実は地域の名前を巡る対立、八丁味噌だけでなく各地で起こっている。しかしその対立を長引かせれば、海外で日本の地名を名乗る商品がどんどん増えていく。そうしたことを防ぐためにも、GIの判断を急いだと農林水産省は説明している。
日本産食品をGI、地理的表示として保護すれば、外国で偽造品が出てきても、国として取り締まりなどの対応ができる。どの地域もお互いの思いを乗り越えて、うまく調整がつけばいいと思います。

(合瀬 宏毅 解説委員)


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