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「最高裁判決でどうなる賃金格差」(くらし☆解説)

清永 聡  解説委員

●正社員と非正規社員の賃金について、最高裁判所は6月1日、初めての判断を示しました。賃金の格差はどこまで認められるのか。
●最高裁判決のポイントと、これから私たちの賃金にどのように影響するのか。
担当は清永解説委員です。

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【手当って何】
Q:このニュース、大きく報じられました。裁判はどういう内容でしょうか。

A:2つありました。1つは契約社員が起こした裁判。もう1つは定年後の再雇用です。どちらもドライバーで、仕事は同じなのに、正社員との賃金に差があるのはおかしい、と訴えました。
結論として最高裁は、契約社員は正社員との格差の多くを不合理と判断した一方で、定年後の再雇用は一定の格差を容認しています。
このうち契約社員の裁判の争点は賃金に含まれる「手当」でした。会社によっても異なりますが、賃金の「手当」は様々な種類があります。

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Q:こうやって見ると、ずいぶんたくさんの手当がありますね。通勤手当とか、単身赴任手当とか。早朝手当もありますね。

A:手当は、住宅手当や寒冷地手当のように、1つは生活への支援を目的としたもの。あとは作業手当のように仕事に関係するもの。特別な作業とか、業績を上げる努力などに支給されるものです。裁判は、契約社員のドライバーが「一部しか手当をもらえないのはおかしい」と訴えました。

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今回の裁判で会社が支給し、最高裁で争点として受理された手当は、これだけありました。この中で、契約社員が受け取っていたのは、どの手当でしょう。

Q:どれでしょうか。

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A:正解は通勤手当だけでした。しかも裁判を起こした当時は、正社員よりも少ない金額でした。

【契約社員の手当は】
Q:正社員と契約社員で、ずいぶん違いがありますね。

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A:「通勤手当」はこの裁判のケースだと提訴当時正社員は5000円、契約社員は3000円でした。「給食手当」は食事代の補助として3500円。「無事故手当」は1か月無事故の場合に月1万円支給されます。「皆勤手当」が1万円、さらに「住宅手当」が2万円などもあります。通勤手当を除くと契約社員には支給されていませんでした。
今回、最高裁は、通勤手当から皆勤手当まで、契約社員に同じように支給しないのは「不合理」だとしました。最高裁の判断は簡単に言うと仕事に関連する手当は一部を除き「同じ仕事をしていれば、同じように支給を」というものです。

Q:住宅手当はどうして除外されたのですか。

A:正社員には転居を伴う異動があり、契約社員と比べても、住宅費がより多くかかることから、正社員だけに支給しても不合理とは言えないと判断したのです。

【今後の影響は】
Q:こうした手当を取り入れている会社も多いと思います。判決で、全国の契約社員の手当は見直されることになるのでしょうか。

A:影響は大きいと思います。ただ今回の裁判は、正社員も契約社員もドライバーで、仕事の内容には違いがないという点に注意が必要です。
いわゆる事務職などの場合は、正社員と契約社員で仕事の内容や責任の重さが異なることが少なくありません。そうなると、手当の格差が不合理かどうかは個別に判断することになります。

Q:ただ、通勤手当は、仕事の内容が多少違っていたとしても必要なものです。

A:私もそう思います。今回最高裁は、仕事の内容が違う場合でも支給すべき手当があるかどうかという判断はしていませんが、できればそこまで踏み込んでほしかったと思います。
国はすでに通達で、通勤手当などについては、「特別の事情がない限り、異なる扱いをすることは合理的とは認められない」、としています。
ところが厚生労働省が一昨年、事業所を対象に行った調査では、通勤手当は正社員の90、4パーセントに支給していると答えた一方で、正社員以外に支給していると答えたのは、76、4%にとどまります。特に派遣社員では、通勤手当を求めて、今回とは別に裁判になっているケースもあります。こうした手当の格差は、できるだけ是正が進んでほしいと思います。

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【定年後再雇用の「その他の事情」】
Q:同じ非正規社員の格差でもう1つ判決がでていますね。

A:こちらは、定年後の継続雇用、つまり再雇用で嘱託社員となったケースです。やはり仕事は同じドライバーでした。現役の時よりも2割以上給料が下がったことを不当だと訴えました。こちらは反対に一部を除いて格差が容認されました。

Q:非正規という意味では契約社員も再雇用の嘱託社員も同じだと思うのですが、どうして最高裁の結果が異なったのでしょう。

A:定年後、再雇用された人については、最高裁は別の事情を重視しています。それは、すでに定年まで正社員として働いて賃金を受け取ってきたことや、今後は年金を受ける予定であることです。これらを考慮すべき点だとしているんです。
国は5年前に法律で、希望者については65歳まで雇用することを企業に原則として義務づけました。ただ、企業は多くの場合、継続雇用の際に賃金の水準を下げています。独立行政法人「労働政策研究・研修機構」が平成26年に60歳から69歳の5000人を対象に行った調査では、継続雇用された人の8割以上が同じ職種ですが、半数以上は、賃金が2割から5割程度減ったと答えています。

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ただ、働いている側からすると、定年前と同じ仕事をしているのに、と思うのも当然です。今回のケースで最高裁は、会社側が退職金を支給し年金が予定されていることや、組合との交渉を経て賃金体系を定め、年金の支給開始まで「調整給」を支払うことにしていたことなども考慮して、多くの項目で格差を容認しています。
あるベテラン裁判官は「退職金の制度が十分でなかったり、会社が一方的に大幅な引き下げを行ったりした場合、判断は異なるだろう」と話しています。
ですから、会社が一方的に不合理な賃下げを行うことまで判決が容認したというわけではないと思います。
これも契約社員の手当と同じように、仕事の内容が定年後で異なる場合は、また、別の判断になります。ただ、賃金を下げすぎると、定年後に再雇用した人たちの働く意欲が失われてしまいます。

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Q:定年後の再雇用と言っても、現役と同じように働きたい、という人もいれば、休みながらゆっくりでいい、という人もいると思います。

A:定年後の働き方は、人それぞれです。賃金水準にとどまらず、定年そのものをもっと延ばすとか、仕事の内容が同じかどうかで、もっと報酬体系のありかたを見直すといった、多様な議論が必要になってくると思います。
非正規雇用の労働力は、全体の4割近くに上ります。契約社員も再雇用の嘱託社員もなくてはならない働き手です。仕事をする意欲を失うことがないよう、できるかぎり、企業は格差の解消に取り組んでほしいと思います。

(清永 聡 解説委員)

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